24 / 45
7.波乱の花火大会
1
しおりを挟む
お財布とスマホを入れた巾着の紐をぎゅっと絞ると、玄関に綺麗に揃えられた下駄に片方ずつ足を通す。
玄関に座っていつまでもぎゅーっと下駄の鼻緒に足先を押し付けていると、お母さんが不審げにリビングから顔を覗かせてきた。
「友ちゃん、時間間に合うの?」
「うん、もう出る」
お母さんの声に背中を押されるようにして、立ち上がる。下駄箱の横の大きな姿見の前で無意味に前髪を整えると、深呼吸してから玄関のドアを開けた。
「行ってきます!」
「気を付けてね」
今日は、送り出してくれるお母さんの声が、ひさしぶりに弾んでいたような気がする。
新しい高校に編入してから学校のことをほとんど話さなかった私が突然「友達と花火大会に行くから浴衣を着せてほしい」なんて言い出したから、嬉しかったんだろう。
最初はとても驚いた顔をしたけれど、すぐに満面の笑顔になって、タンスの奥に入れてある浴衣を引っ張り出してくれた。
特に誰に見られているというわけでもないのに、浴衣姿で近所を歩くのが妙に恥ずかしい。
私はずっと下を向いたまま、待ち合わせをしている地元の駅へと向かった。
余裕を持って家を出たから時間は充分間に合うけれど、慣れない格好とひさしぶりの待ち合わせにそわそわする。
数分刻みに何度もスマホで時間を確認しながら待ち合わせの駅前に着くと、既に到着していた村田さんと岸本さんが私に気付いて手を振ってきた。
「友ちゃん」
名前を呼ばれて、私も小さく手を振り返す。
「ミタニンの浴衣、可愛い」
岸本さんが、紺地に牡丹柄の私の浴衣を褒めてくれる。
「髪も。いつもと雰囲気違って見えるね」
村田さんも、私を見てにこにことする。
普段は肩までの髪を自然におろしているか、ひとつに結んでいるだけどなのだが、今日は浴衣だから、とお母さんが張り切って髪の毛をアップにして着物用の髪飾りを付けてくれたのだ。
家を出るときは、普段とは違う自分の見栄えにそれなりに満足していたけど……。私なんかよりも、浴衣姿の村田さんと岸本さんのほうが、いつもの倍増しで可愛い。
「それにしても、男子たち遅いね。何してんだろ」
「憲ちゃんが、三人で遊んでから来るって言ってたよ」
村田さんが岸本さんに答えながらスマホを確認する。
可愛くて、いつもよりキラキラして見えるふたりのそばにいたら、自分が見劣りする気がしてそわそわとした。
誘われたとはいえ、私がこのメンバーの中に入れてもらってよかったのかな。
そんなことを考えながら、浴衣の牡丹の色に合わせて頑張って塗った足の爪に、自信なく視線を落とす。
村田さんから夏休みに地元で行われる花火大会に誘われたのは、一学期の終業式の日のことだった。
てっきり女子三人だけで行くのだと思っていたら、花火大会の前日になって、村田さんから、星野くん、石塚くん、槙野くんの三人も一緒に行くことになったという電話がかかってきた。
花火大会のメンバーに星野くんたちが加わったことを知った私は、電話越しにも動揺を隠せなかった。
男子も混ざったグループでのお出かけに私が混ざるなんて、場違いもいいとこだ。
誘いを断ってしまおうかと迷っていると、村田さんが電話越しに笑いながら、珍しく有無を言わせない口調で言った。
「友ちゃん、今さら行かないっていうのはナシね。あと、明日は絶対浴衣だよ」
村田さんに念押しされて、花火大会の誘いを断ることができなかった。その結果、場違いなことは重々承知で、今ここに立っている。
「あ、憲ちゃんたち来たよ」
村田さんの声に顔を上げると、ちょうど槙野くんたちがこっちに向かって歩いて来るのが見えた。
外で学校の男の子たち……、特に、星野くんと顔を合わすのは初めてのことで、緊張する。
だけど堅くなっているのは私だけで、他のみんなは学校で会うのと変わらない雰囲気だった。
きっと、このメンバーで集まって遊ぶのに慣れてるんだよね。そう思ったら、ますます自分が場違いなところに来てしまったような気持ちになる。
「おー、今日はみんな浴衣? いーじゃん」
石塚くんが岸本さんに近づいていって、彼女の浴衣の袖を軽く摘んでひらひらさせる。
「でしょ? 可愛すぎてナンパされたら助けてね」
「それはねぇわ。てか、自分で言う?」
岸本さんの冗談交じりの言葉を、石塚くんがケラケラと笑い飛ばす。
いや。メイクもして、浴衣で倍増しに可愛くなってる岸本さんは、充分他の男の子に声かけられる可能性があると思うけどな。この三人の中で、一番「それはねぇ」のは私だよね。
「深谷、いくぞ。電車来る」
自信なく足元を見ていたら、星野くんに声をかけられた。はっとして顔を上げると、村田さんと岸本さんは既に槙野くんや石塚くんたちと並んで歩き始めている。
星野くんも少し離れた場所で立ち止まっていて、ぼんやりしている私のことを呆れ顔で見ていた。
「ご、ごめん」
慌てて走って追いつくと、星野くんが呆れたように笑いかけてくる。
「深谷、花火大会行ったことある?」
「ずーっと昔に家族で」
「そっか。なら知ってるかもだけど、花火大会の会場、毎年すげぇ人なんだよ。今みたいにぼーっとしてたら、すぐ迷子になるからな」
「ごめん、気を付ける」
子どもみたいに注意されて、シュンとなる。
少し項垂れながら星野くんについて駅の改札を抜けると、ホームには普段よりもたくさんの人がいた。
浴衣姿の人たちも多く、ほとんどの人が私たちと同じように花火大会に向かうらしい。
「友ちゃん、カナくん。こっちだよ」
先にホームに入っていた村田さんたちが、私と星野くんに手招きする。星野くんと一緒に村田さんたちに合流すると、私たちは次に来た電車に全員で乗り込んだ。
玄関に座っていつまでもぎゅーっと下駄の鼻緒に足先を押し付けていると、お母さんが不審げにリビングから顔を覗かせてきた。
「友ちゃん、時間間に合うの?」
「うん、もう出る」
お母さんの声に背中を押されるようにして、立ち上がる。下駄箱の横の大きな姿見の前で無意味に前髪を整えると、深呼吸してから玄関のドアを開けた。
「行ってきます!」
「気を付けてね」
今日は、送り出してくれるお母さんの声が、ひさしぶりに弾んでいたような気がする。
新しい高校に編入してから学校のことをほとんど話さなかった私が突然「友達と花火大会に行くから浴衣を着せてほしい」なんて言い出したから、嬉しかったんだろう。
最初はとても驚いた顔をしたけれど、すぐに満面の笑顔になって、タンスの奥に入れてある浴衣を引っ張り出してくれた。
特に誰に見られているというわけでもないのに、浴衣姿で近所を歩くのが妙に恥ずかしい。
私はずっと下を向いたまま、待ち合わせをしている地元の駅へと向かった。
余裕を持って家を出たから時間は充分間に合うけれど、慣れない格好とひさしぶりの待ち合わせにそわそわする。
数分刻みに何度もスマホで時間を確認しながら待ち合わせの駅前に着くと、既に到着していた村田さんと岸本さんが私に気付いて手を振ってきた。
「友ちゃん」
名前を呼ばれて、私も小さく手を振り返す。
「ミタニンの浴衣、可愛い」
岸本さんが、紺地に牡丹柄の私の浴衣を褒めてくれる。
「髪も。いつもと雰囲気違って見えるね」
村田さんも、私を見てにこにことする。
普段は肩までの髪を自然におろしているか、ひとつに結んでいるだけどなのだが、今日は浴衣だから、とお母さんが張り切って髪の毛をアップにして着物用の髪飾りを付けてくれたのだ。
家を出るときは、普段とは違う自分の見栄えにそれなりに満足していたけど……。私なんかよりも、浴衣姿の村田さんと岸本さんのほうが、いつもの倍増しで可愛い。
「それにしても、男子たち遅いね。何してんだろ」
「憲ちゃんが、三人で遊んでから来るって言ってたよ」
村田さんが岸本さんに答えながらスマホを確認する。
可愛くて、いつもよりキラキラして見えるふたりのそばにいたら、自分が見劣りする気がしてそわそわとした。
誘われたとはいえ、私がこのメンバーの中に入れてもらってよかったのかな。
そんなことを考えながら、浴衣の牡丹の色に合わせて頑張って塗った足の爪に、自信なく視線を落とす。
村田さんから夏休みに地元で行われる花火大会に誘われたのは、一学期の終業式の日のことだった。
てっきり女子三人だけで行くのだと思っていたら、花火大会の前日になって、村田さんから、星野くん、石塚くん、槙野くんの三人も一緒に行くことになったという電話がかかってきた。
花火大会のメンバーに星野くんたちが加わったことを知った私は、電話越しにも動揺を隠せなかった。
男子も混ざったグループでのお出かけに私が混ざるなんて、場違いもいいとこだ。
誘いを断ってしまおうかと迷っていると、村田さんが電話越しに笑いながら、珍しく有無を言わせない口調で言った。
「友ちゃん、今さら行かないっていうのはナシね。あと、明日は絶対浴衣だよ」
村田さんに念押しされて、花火大会の誘いを断ることができなかった。その結果、場違いなことは重々承知で、今ここに立っている。
「あ、憲ちゃんたち来たよ」
村田さんの声に顔を上げると、ちょうど槙野くんたちがこっちに向かって歩いて来るのが見えた。
外で学校の男の子たち……、特に、星野くんと顔を合わすのは初めてのことで、緊張する。
だけど堅くなっているのは私だけで、他のみんなは学校で会うのと変わらない雰囲気だった。
きっと、このメンバーで集まって遊ぶのに慣れてるんだよね。そう思ったら、ますます自分が場違いなところに来てしまったような気持ちになる。
「おー、今日はみんな浴衣? いーじゃん」
石塚くんが岸本さんに近づいていって、彼女の浴衣の袖を軽く摘んでひらひらさせる。
「でしょ? 可愛すぎてナンパされたら助けてね」
「それはねぇわ。てか、自分で言う?」
岸本さんの冗談交じりの言葉を、石塚くんがケラケラと笑い飛ばす。
いや。メイクもして、浴衣で倍増しに可愛くなってる岸本さんは、充分他の男の子に声かけられる可能性があると思うけどな。この三人の中で、一番「それはねぇ」のは私だよね。
「深谷、いくぞ。電車来る」
自信なく足元を見ていたら、星野くんに声をかけられた。はっとして顔を上げると、村田さんと岸本さんは既に槙野くんや石塚くんたちと並んで歩き始めている。
星野くんも少し離れた場所で立ち止まっていて、ぼんやりしている私のことを呆れ顔で見ていた。
「ご、ごめん」
慌てて走って追いつくと、星野くんが呆れたように笑いかけてくる。
「深谷、花火大会行ったことある?」
「ずーっと昔に家族で」
「そっか。なら知ってるかもだけど、花火大会の会場、毎年すげぇ人なんだよ。今みたいにぼーっとしてたら、すぐ迷子になるからな」
「ごめん、気を付ける」
子どもみたいに注意されて、シュンとなる。
少し項垂れながら星野くんについて駅の改札を抜けると、ホームには普段よりもたくさんの人がいた。
浴衣姿の人たちも多く、ほとんどの人が私たちと同じように花火大会に向かうらしい。
「友ちゃん、カナくん。こっちだよ」
先にホームに入っていた村田さんたちが、私と星野くんに手招きする。星野くんと一緒に村田さんたちに合流すると、私たちは次に来た電車に全員で乗り込んだ。
応援ありがとうございます!
3
お気に入りに追加
5
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる