青春ヒロイズム

碧月あめり

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7.波乱の花火大会

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「ナルー、どうしたの?」
「まさか、こんなところで会うなんて思わなかったよ」

 呼びかけてくる友達の声を無視して、彼女が少しも笑っていない目で口角だけを引き上げる。


「友が私たちに何の挨拶もなしに急に学校辞めちゃったから、どうしたのかなーって思ってたんだよ。ね、森ちゃん?」

 彼女はそう言うと、わざとらしく、ゆっくり後ろを振り返った。

 森、ちゃん──?

 まさかと思いながら彼女の視線の先を追うと、足を止めた数人の中によく知ったあの子の姿が見えた

 どうして、ナルと一緒に森ちゃんが……?

 愕然とする私と目が合うと、森ちゃんが気まずそうに目を逸らす。私が視線を森ちゃんから目の前の彼女に視線を戻すと、彼女が愉快げにクスリと笑った。


「森ちゃんね、新学期からちゃんと学校にも来れるようになったんだよ。友のおかげかもね。今日はみんなで花火大会に来たんだけど……。友は彼氏と?」

 森ちゃんが私の目から逃れるように他の子の陰に身を隠すのを見て、彼女がニヤリと勝ち誇ったような笑みを浮かべる。

 それから、まだ星野くんと繋いだままの私の手を見ると、わざとらしく小首を傾げた。

「自分のしたことはすっかり忘れて、編入先の学校ではちゃっかりオトコ作ってるんだ? 楽しそうで、よかったねー」
「違……」

 口元にだけ笑みを称えた彼女の言葉には、明らかな敵意が込められていた。

 まさかの彼女との再会と、彼女と一緒にいる森ちゃんの姿に頭が混乱しているけど。私の事情に、星野くんは巻き込めない。

 手を振り解こうとしたら、星野くんが私の手をきつく握り直した。


「誰だか知らないけど、今日こいつとここに来てるのは俺だから。行こう、深谷」

 私たちの不穏な空気が伝わったのか、星野くんが低い声で彼女を牽制して私を連れて去ろうとする。


「星野くん……」

「え? 待って。星野って、もしかして星野奏樹?」

 私を引っ張り去ろうとしていた星野くんが、彼女に訊ねられて怪訝そうに眉を寄せた。


「どうして俺の名前知ってんだよ」

 低い声で警戒心をあらわにする星野くんに、彼女が愛想よくにっこりと笑いかける。


「だって、私たち小学校の同級生じゃん。覚えてない? 私、今西いまにし成美なるみ

「今西?」

 星野くんが怪訝な顔で、確認するように私のことを見る。

「そうだよ。私とナル、小学校を卒業したあと中高一貫の私立に入ってて、つい最近まで同じ学校だったんだ……」

「そっか。暗くて顔がよく見えなかったけど、そう言われたらなんか面影あるかも……?」

 私が頷くと、星野くんが、警戒心とともに、きつく握り締めていた手の力を少し緩めた。

 さっきは自ら振り解こうとしたのに、彼女を……、ナルを前にしているせいか、途端にものすごく心許ない気持ちになる。

 つい縋るように星野くんに視線を向けると、ナルが私の心のうちに気付いたかのように意地悪く笑んだ。


「まさか友が星野くんと一緒にいるとは思わなかったよ。もしかして、今同じ学校なの?」

「そう、だけど……」

「へぇ、そっか。友の編入先ってどこなの?」

「地元の、公立……」

「へぇー。それで星野くんと再会できたんだ? よかったね、友」

「べ、つに……」

 そういえばナルは、私が小学生のときに星野くんに片想いしていたことを知っていたかもしれない。

 彼の前で余計なことを言わないといいけど。

 不安に思っていると、案の定、ナルが意味ありげに唇の両端をつりあげた。

「でもさ、星野くんは友が前の学校を辞めた理由を知ってるのかな?」

 ナルがそう言ったとき、まだ軽く星野くんと繋がっていた手から力が抜けた。


「深谷?」

 みるみる青ざめていく私を、星野くんが気遣わしげに見てくる。その様子を見つめるナルの瞳は、心底愉しそうに意地悪く輝いていた。


「やっぱり、知らないんだ。言えるわけないよね。その理由が──」
「やめて!」


 前の学校を辞めた理由。そんなこと、星野くんに知られたくない。

 焦った私は、気が付くと、ナルの肩を強い力でつかんでいた。

 乱暴に肩を揺さぶられたナルは、驚くことも怒ることもせずに冷静な顔で私を見ている。


「友、いいの? また傷害事件起こしちゃったら、今の学校にもいられなくなっちゃうよ?」

 ナルが口端を引き上げて、頭を少し傾ける。


「や、めて」

「それはこっちのセリフだよ。それに、もう星野くんもわかっちゃったんじゃないかな? 友が前の学校を辞めた理由」

 恐々振り向くと、星野くんが私たちを見て大きく目を見開いている。

「星野くん、気を付けたほうがいいよ? この子、キレたら今みたいに何してくるかわかんないから」

 ナルが顔を顰めて、煩わしそうに私の手を振り払う。それから、星野くんに蔑むような視線を向けた。


「星野くんだって、小学生のときにあんなことされたのに、よく友と付き合えるよね。神経図太い同士で案外お似合──」
「付き合ってないし、星野くんは私とは無関係だから」

 ナルの言葉を遮ると、目の前に立ちはだかる彼女を押し退ける。

 星野くんには絶対に知られたくなかったのに。

 ナルの話を聞いて驚いている星野くんを見てしまったら、もう後ろを振り向けない。彼の顔が見られない。

 そう思った私は、衝動的に駆け出していた。

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