One-sided

碧月あめり

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彼女になれないわたしの恋のおわり

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***

「改札出たところで待ってます」

 花火大会当日。約束の十分前に待ち合わせ場所に着いたわたしは、梁井先輩にラインを送った。メッセージはすぐに既読になって、「もうすぐ着く」と梁井先輩からもラインが届く。

 もうすぐってことは、次の電車かな。

 改札の向こうにあるホームに続く階段を見つめながら、ドキドキと胸を高鳴らせる。

 今日の待ち合わせは、いつもより少し緊張する。浴衣を着てきたわたしに、梁井先輩がどんな反応を示してくれるか気になるからだ。

 好きになってもらえなくてもいいから、少しくらいは可愛いと思ってもらえればいいな。

 緊張を紛らわすために前髪を何度も撫でていると、電車がホームに入ってくる音が聞こえてきた。キキーッとブレーキの軋む音がして、ホームのほうがざわざわと騒がしくなる。しばらくするとベルの音が鳴って、階段から人がたくさん降りてきた。

 普段は人の乗り降りがまばらな駅だが、今日は花火大会なので人が多い。階段を降りてくる人の半分くらいは浴衣姿だ。

 改札の端に寄って待っていると、梁井先輩が出てくる。

「梁井先ぱ――」

 手を振ろうとした瞬間、梁井先輩の後ろから改札を出てくる人の姿に思わず顔が引き攣った。顔の横に手を上げたまま固まっていると、梁井先輩よりも先にわたしに気付いたその人が、にこにこ笑いながら手を振ってくる。

「アイちゃん。南さん、いるよ」

 そう言って、梁井先輩の後ろからひょこっと顔を覗かせたのは、みなみ先輩だった。

「アイちゃん、どこ見てるの。あっちだよ」

 みなみ先輩が、わたしの居場所に気付かず別の方向を見ている梁井先輩の腕を引っ張って近付いてくる。

 胸がずきっとした。

 どうして梁井先輩はみなみ先輩と一緒なの……? どうしてみなみ先輩は、あたりまえみたいに梁井先輩の手を引いてるの……? 
 
 いろんなことに頭がついていかない。

 しかも最悪なことに、みなみ先輩の浴衣はわたしと同じ水色だった。示し合わせたわけでもないのに、まさかの色被り。紫のアサガオ柄の浴衣はみなみ先輩にとてもよく似合っていて、金魚の柄の浴衣を着たわたしよりも随分と大人っぽく見える。


「こんにちは、南さん。浴衣、可愛いー」

 ほとんど話したこともないのに、みなみ先輩が親しげに声をかけてくる。

 わたしの浴衣が可愛いなんて、お世辞か本音かわからないことを言うみなみ先輩を前に、ヒクリと右目の周りの筋肉が痙攣した。みなみ先輩に褒めてもらったって、少しも嬉しくない。せっかくの浴衣も、みなみ先輩の前では色褪せて、その価値を失う。

 みなみ先輩好きなひとの浴衣姿を見たあとでわたし浴衣なんか見たって、梁井先輩の心はときめかないだろうから。

「みなみ先輩も一緒だったんですね……」

 声を強張らせるわたしに、みなみ先輩がにこにこ笑いかけてくる。

「うん、そう。家出たところでアイちゃんに会ったから、ここまで一緒に来ちゃった」
「家出たところ……?」
「うん、あたしとアイちゃん、同じマンションの同じフロアなの」
「そう、なんですね……」
「アイちゃんと南さんも、この駅で待ち合わせなんて偶然だよね。あたしはここからちょっと行ったところにあるコンビニ前で彼氏と待ち合わせなんだ」
「そうですか……」

 笑顔で話すみなみ先輩を前に、わたしのテンションが徐々に下がっていく。

 家を出たときに会ったってことは、梁井先輩はここに来るまでずっと浴衣のみなみ先輩と一緒だったんだ……。きっと、楽しかったんだろうな。

 チラッと視線を向けると、案の定、梁井先輩はみなみの横顔をじっと見ている。その眼差しに、わたしの胸中で嫉妬の炎が渦巻いた。

 仮にも彼女であるわたしを前にして、他の女の子の浴衣姿に堂々と見惚れるなんて。梁井先輩はひどい。それに、彼氏とのデートの前に他の男の子に浴衣姿見せちゃうみなみ先輩だって無神経過ぎる。


「主会場のほうは人が多いけど、反対岸は比較的空いてるからいいよね。屋台はないけど、手売りでピザとか飲み物とか売りにきてくれるし。花火メインなら、こっち側で見るのが絶対おすすめ」
「そう、ですね……」

 笑顔で続けるみなみ先輩の話には、そっくりそのまま聞き覚えがあって。わたしのテンションが最底辺まで下がる。

 花火大会に行く約束をしたとき、主会場より反対岸のほうが空いていると教えてくれたのは梁井先輩だ。その話を聞いたとき、珍しくわたしとのデートに乗り気になってくれているのかと思って嬉しかったけど、そうじゃなかった。

 反対岸で花火を見るのがおすすめだと知っていたのは、みなみ先輩で。梁井先輩は、みなみ先輩から聞いた情報をただわたしに横流しにしてきただけだったんだ……。

 巾着の紐を持つ左手を強く握り締めて、うつむく。

 きっと今のわたしは、梁井先輩にもみなみ先輩にも見せられないくらい嫉妬で歪んだひどい顔をしてるだろう。

 心を落ち着かせるために鼻で浅く呼吸を繰り返していると、ピリリッとみなみ先輩のスマホが鳴った。

「あ、昌也もう着いたんだ。ごめん、あたし行くね。アイちゃんたちも花火楽しんで」

 スマホを素早くタップしてラインを返すと、みなみ先輩が下駄を鳴らして慌ただしく去って行く。強張ったままの顔を上げると、紫色のリボン型の作り帯を揺らす、みなみ先輩の後ろ姿が見えた。

 梁井先輩は、出会ってからまだ一度もわたしを見てくれない。目の前のわたしではなく、遠ざかっていくみなみ先輩の後ろ姿をぼんやりと見送っている。憂いを帯びた、切なげな眼差しで。

 梁井先輩が視界に留めておきたいのは、水色の浴衣を着たみなみ先輩。わたしと見る花火なんて、きっとどうでもいいんだろう。

 最低だ。最低すぎて、吐き出すため息すら息苦しい。


 わたしは何日も前から梁井先輩と花火大会に行くのを楽しみにしていたのに。こんな日も、梁井先輩の世界はみなみ先輩で回っている。

 耳に蘇ってくるのは「花火楽しんで」という、みなみ先輩の無神経な言葉。悪気はないとわかっているけど、だからこそ、みなみ先輩の言葉は残酷だ。

 梁井先輩が見ているのは今日もみなみ先輩なのに。花火なんて、楽しめるはずがない。

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