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四章 花嫁

54 そっくりさんの作り方

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 ひみことアレックスの婚約は、まだ二人だけの約束だったはず。
 それが研究センターを訪ねてみれば、いきなり「おめでとうございます」と歓迎を受ける。
 しかもその情報は、あっという間に日本中や世界の日本ファンに知れ渡ってしまった。

「リーク? どうして?」

 少女は婚約者の秘書を問い詰めた。

「私もアレックスから聞かされただけですが、研究センターのスタッフがダヤル本社とやり取りするうちに、漏れたのかもしれませんね」

「大丈夫なんですか? そうだ! 私の代わりに、ロボットたちがイベント出てるんですよね」

 ひみこはもう一つの用事を思い出す。自分がプレゼンコンテストで泣き出したため、いわゆる芸能活動をロボットに代行させていた。スタッフに迷惑をかけたお詫びをしたい。

「フィッシャーさん、今更なんですが、大事なコンテストを台無しにして、みんなに迷惑をかけて、ごめんなさい」

「そのことでしたら気になさらず。ロボット・パーラは上手く対応していますから、ほら」

 フィッシャーが打ち合わせ室のモニターに顔を向けると、途端、ひみこの一部を転送したロボット・パーラが、どこかの会議室で初心者向けの日本語講座を開いている。三十席ほど椅子が、すべて埋まっている。大人向けの講座なのか、三十~四十代ぐらいの男女が多い。

「すごいなあ」

 ひみこは素直に感心する。ロボットはユーモアを交え、的確に日本語のポイントを説明している。ひみこ自身は日本語のネイティブではあるが、教える能力となると、また別だ。
 講座が終わった途端、ロボットの周りに生徒たちが殺到した。

「みんな、熱心に勉強しているんだね」

 が、彼らの質問は、日本語講座とは全く関係なかった。

『鈴木ひみこさん、アレックス・ダヤル氏との結婚は本当ですか?』
『どのような気持ちですか?』
『プロポーズのことばは?』
『プレゼンコンテストのゲスト出演では、ご両親と会いたいと言ってましたがその後どうです?』
『すでに一緒に暮らしていると聞いてますが』

「え! なにこれ!」

 彼らは日本語を学びに来たのではなく、アイドル鈴木ひみこのスキャンダルを追求しに来たのだ。
 ロボット・パーラは笑顔を絶やさない。

『みなさん、ありがとうございます。アレックスに出会って、私は愛を覚えました。私は親から離れ悲しい気持ちになりましたが、もう寂しくありません。私には彼がいます。今、一緒に暮らして愛され、幸せでいっぱいです』

 ロボットの頬がほんのり赤く染まる。首を傾げ俯き目を伏せた。
 恋する乙女の恥じらいと、ミステリアスな妖艶さを、ものの見事演じている。本物のひみこよりはるかに女の色香が漂っていた。


「やだ、気持ち悪い! そんなんじゃない! 消して!」

 ひみこは、手を振り回して、フィッシャーに掴みかかる。

「こんなの私じゃない! 私とアレックスは違うの! こういうんじゃないの!」

(これじゃ、あたしとアレックス……毎日、ホテルでエッチしてるみたいじゃない! 気持ち悪い!)

「いえひみこさん、リークされたら事実を話すのが一番いいんです。あなたとアレックスが婚約したのは事実です。いずれ公にするなら、好意的に話した方がいいでしょう?」

「違う、事実じゃない! 婚約したのは事実だけど、でも……」

 その先でひみこは口をつぐむ。実は……親に会いたいがための偽装結婚だなんて、言えやしない。

「愛し愛されたから結婚しますと言うのが、一番、好感度が上がるんです。アレックスの財産が目当てです、なんて言ったら、クレームが殺到しますよ」

「で、でも……ねえ! せめて、なるべく私の動きを再現するように、ロボットを設定できないんですか? ほら、私が遠いところのイベントに出るとき、向こうのロボットは私と同じ動きしてくれるでしょ? そういう感じにしてもらえませんか?」

「では、ひみこさん、婚約についてスタッフから質問するので答えてください。あなたの行動データを収集し転送用のプログラムを作ります」

「お願いします! あ、そうだ。私も操作を勉強します。それとロボットに転送して再現するかどうか、確認したいんです」


 フィッシャーに召集されたスタッフは、ひみこに次々とアレックスとの結婚について質問を浴びせる。
 スタッフの中には、想定問答というより、純粋な好奇心から質問する者もいる。
 ひみこの回答だけではなく、彼女の仕草に声のトーン、全てを、スタッフ自身の目と耳を通したウシャスで記録する。人の目だけではなく、壁と天井に埋め込まれた千個のセンサーが彼女を記録する。

「アレックスは私が将来困らないように、結婚を申し込んでくれました。私は、彼のおかげで言葉や日本の文化、歴史を学びました。本当に感謝してます。だから、結婚を受け入れました」

 ひみこは俯き加減でポツポツと語る。

「つまりダヤルさんの財産目当てということですか?」

「ち! 違います! 確かにアレックスはびっくりするほどのお金持ちです。でも、財産とかそういうことではないんです」

「財産ではないなら、どこに魅力を感じたのでしょうか?」

「あ、え、えーと……上手く言えませんが……何かできることをしてあげたいって思いました」

 アレックスの魅力? ひみこはわからない。そもそも魅力を感じての結婚ではない。

「プレゼンコンテストでは、ご両親に会いたいと訴えていましたが、その後いかがですか?」

「あ、えーと、確かに会いたいのですが……親は病院にいるし、私がその……落ち着かないので、まだ会えません」

 自分が捨てられたとは言えず、公式発表のままに答える。

「もうダヤルさんと一緒に暮らしているそうですね。さぞ甘い新婚生活なんでしょうね」

 ひみこの頭にカっと血が上った。

「やめてください! 私とアレックスはそういう関係ではありません! 彼は私が困っているから助けてくれたんです!」

「でも、結婚されるんですよね?」

「あ、えーとだから、私たちの結婚は……そう、助け合いなんです!」

 様子を見守っていたフィッシャーは「この辺りで止めましょう」と宣言した。


 ひみこはスタッフから、自分自身をロボット・パーラに転送する操作を教えてもらう。掌のスキンデバイスからサーバーの転送プログラムを呼び出して操作する。掌だけでは狭く操作が難しいので、スキンから空中にディスプレイを表示させ、画面を拡大させると便利だ、と説明を受ける。

「ウシャスが使えれば、もっと簡単なんですけどね」

 札幌に移ってから、何度聞いただろう、その言葉。
 とにかくモサモサと言われるまま、空中ディスプレイを操作する。
 茶色いスーツケースがパカッと開き、ゴム膜がムクムク膨らみ色づく。鈴木ひみこのコピーが現れた。
 コピーは、完全にひみこを再現した。俯いて口ごもる様子も、ムキになるところも。
 ひみこは何か気恥ずかしくなった。自分自身の完全なコピーを見たのは初めてだった。

「ひみこさん、本当に次回のイベントから、この『彼女』を派遣しますか?」

「はい……これが本当の私ですから」

 ひみこは、このおぼつかないやり取りを公開していいのか、自分で言っておきながら戸惑う。

「ひみこさん、念のためアレックスに確認を取ります」

 フィッシャーはまたロボットに戻ってしまった。
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