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二章 僕は彼女を離さない
26 ある男への依頼
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あの男に電話をかけた。LINEで済ませたいところだが、相手は情報弱者の年寄りだから仕方がない。
「どうした? 金がなくなったか?」
電話の第一声がこれだ。彼は不動産会社の社長だが、基本の電話マナーを知らない。僕がこの男に金の無心をした覚えはないのに。
「雅春です。お父さん、ご無沙汰しています。お金は足りてます。ご存知かと」
「口座に五百万円か。つまらん使い方だ。今どき定期はねーだろ。投資に回したらどーだ?」
小遣いとお年玉は節約して口座に貯めている。それを「つまらん」と切り捨てられた。
「今はネットで投資シミュレーションしているんです。生半可な知識で投資したら火傷しますから」
「投資は多少痛い目に遭わないと覚えられんぞ」
「そんなことより、マンションのことでお願いです」
「……お前が俺を呼び出すのは『お願い』の時だけだな」
当たり前だ。家に帰らない父親に、用事以外で連絡する必要はない。
「インターフォンにモニターを付けてください。今どきあり得ませんよ」
電話の目的にたどり着くまで、時間がかかってしまった。
気のせいかもしれないが、僕があいらといる時に鳴るチャイム。訪問者の正体をモニターで確認しておきたい。
「前も言っただろ。古いマンションに設備投資など無駄だ」
「それなら僕の部屋だけお願いします。十万円もしませんよね? 僕が払います」
「オーナーの息子の部屋だけ、設備を増やすわけいかねーだろ」
息子の小さな頼みすら、この男は叶えるつもりはないのだ。親としての心がないから当たり前か。元から大して期待していない。訪問者は大体見当がついている。僕はそれほど落ち込まなかった。
「じゃ、それなら……」
通話を終わらせようとしたら、向こうが切り出してきた。
「お前の前期試験の成績、見せてもらったぞ」
何だって!? なぜ、この男が僕の成績を知っている? 落ち着け。入学時に説明があったじゃないか。大学の成績は、保護者に通知されるのだ。
ともあれ、みっともない成績をこの男に知られてしまったわけだ。
「80点と70点が多いな」
なぜ今になって僕の点数を評価する!! 今まで僕が通知表を9と10で埋め尽くしても、何の反応も見せなかったくせに!
この男には親の心がない。僕の転落が楽しくて仕方ないのだ。僕がこの世に出現したため、母はピアニストの夢を諦め、この男は望まない結婚を押し付けられたのだから。
「……てめーに何がわかるんだよ……」
この恐ろしいほど低い声は、どこから出ている? 僕の声か? いや僕の声ではない。まるで昔のヤンキーだ。
「おい、雅春?」
「実験、週三! 演習は週二! 全部、毎週レポート! ガキの作文で単位取れるてめーのFラン大学とは、レベルが違うんだよ!!」
誰だ? 誰が父に怒鳴り散らしている? 僕は一度も父に逆らったことはないのに。
「落ち着け。レポート大変なら、会社若手の工業大OBを紹介してやる。手伝ってもらえ」
「みっともねーことすんじゃねー!!」
通話終了をタップした。呼び出し音が鳴ったが無視する。
しばらくするとチャイムに変わった。あの父が、珍しいことにLINEのトークを送りつけてきた。
『えいに帰れ。おあかさんご心配してる』
あの男、よく社長できるな。こんな短い文なのに誤字だらけだ。
『家に帰れ。お母さんが心配してる』と打ちたかったのだろう。
メールやWebの社長あいさつも、メチャクチャに違いない。あいつが社長で、うちの会社大丈夫か? 大体、あいつに社長が務まるわけがない。
母と結婚しただけで社長になった無能男。聞いたこともない大学を出た男。熱力学第二法則すら理解できない男。
「家に帰れ? ざけんな! てめーにそんなことほざく資格ねーだろ!」
僕ではない誰かが怒鳴り散らし、スマホをベッドに叩きつける。ポスンと鈍い音がした。
「どうした? 金がなくなったか?」
電話の第一声がこれだ。彼は不動産会社の社長だが、基本の電話マナーを知らない。僕がこの男に金の無心をした覚えはないのに。
「雅春です。お父さん、ご無沙汰しています。お金は足りてます。ご存知かと」
「口座に五百万円か。つまらん使い方だ。今どき定期はねーだろ。投資に回したらどーだ?」
小遣いとお年玉は節約して口座に貯めている。それを「つまらん」と切り捨てられた。
「今はネットで投資シミュレーションしているんです。生半可な知識で投資したら火傷しますから」
「投資は多少痛い目に遭わないと覚えられんぞ」
「そんなことより、マンションのことでお願いです」
「……お前が俺を呼び出すのは『お願い』の時だけだな」
当たり前だ。家に帰らない父親に、用事以外で連絡する必要はない。
「インターフォンにモニターを付けてください。今どきあり得ませんよ」
電話の目的にたどり着くまで、時間がかかってしまった。
気のせいかもしれないが、僕があいらといる時に鳴るチャイム。訪問者の正体をモニターで確認しておきたい。
「前も言っただろ。古いマンションに設備投資など無駄だ」
「それなら僕の部屋だけお願いします。十万円もしませんよね? 僕が払います」
「オーナーの息子の部屋だけ、設備を増やすわけいかねーだろ」
息子の小さな頼みすら、この男は叶えるつもりはないのだ。親としての心がないから当たり前か。元から大して期待していない。訪問者は大体見当がついている。僕はそれほど落ち込まなかった。
「じゃ、それなら……」
通話を終わらせようとしたら、向こうが切り出してきた。
「お前の前期試験の成績、見せてもらったぞ」
何だって!? なぜ、この男が僕の成績を知っている? 落ち着け。入学時に説明があったじゃないか。大学の成績は、保護者に通知されるのだ。
ともあれ、みっともない成績をこの男に知られてしまったわけだ。
「80点と70点が多いな」
なぜ今になって僕の点数を評価する!! 今まで僕が通知表を9と10で埋め尽くしても、何の反応も見せなかったくせに!
この男には親の心がない。僕の転落が楽しくて仕方ないのだ。僕がこの世に出現したため、母はピアニストの夢を諦め、この男は望まない結婚を押し付けられたのだから。
「……てめーに何がわかるんだよ……」
この恐ろしいほど低い声は、どこから出ている? 僕の声か? いや僕の声ではない。まるで昔のヤンキーだ。
「おい、雅春?」
「実験、週三! 演習は週二! 全部、毎週レポート! ガキの作文で単位取れるてめーのFラン大学とは、レベルが違うんだよ!!」
誰だ? 誰が父に怒鳴り散らしている? 僕は一度も父に逆らったことはないのに。
「落ち着け。レポート大変なら、会社若手の工業大OBを紹介してやる。手伝ってもらえ」
「みっともねーことすんじゃねー!!」
通話終了をタップした。呼び出し音が鳴ったが無視する。
しばらくするとチャイムに変わった。あの父が、珍しいことにLINEのトークを送りつけてきた。
『えいに帰れ。おあかさんご心配してる』
あの男、よく社長できるな。こんな短い文なのに誤字だらけだ。
『家に帰れ。お母さんが心配してる』と打ちたかったのだろう。
メールやWebの社長あいさつも、メチャクチャに違いない。あいつが社長で、うちの会社大丈夫か? 大体、あいつに社長が務まるわけがない。
母と結婚しただけで社長になった無能男。聞いたこともない大学を出た男。熱力学第二法則すら理解できない男。
「家に帰れ? ざけんな! てめーにそんなことほざく資格ねーだろ!」
僕ではない誰かが怒鳴り散らし、スマホをベッドに叩きつける。ポスンと鈍い音がした。
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