公爵令嬢として生まれた私は待望された聖女でした。聖女としての才能がなくて見捨てられましたが、武の極みに至る才能はあったみたいです。

HATI

文字の大きさ
2 / 13

過去の私、未来の私。選ぶのは、私。

しおりを挟む
 しとしとと降る雨の音で私は目が覚めた。
 いつの間にか、私は部屋に戻ってきて寝てしまったのだろう。

 はっきりしない意識のまま私は用意された水で顔を洗う。
 冷たい水がぼんやりとした私の意識をはっきりさせた。

 絹布の手ぬぐいで顔をぬぐって鏡を見る。

「ひどい顔ね……」

 泣き腫らした後がまだ残っている。顔も生気がなく、誰がこの女を見て聖女だと思うのか。自然とため息がでた。
 聖女……昨日の事を思い出す。あれは夢だったのだろうか? それにしてはあまりにもはっきりと記憶がある。
 私にはろくに聖女の力が備わっていないこと。そして信じられないが、武の神様は私に武の才能があるという。

 私はついに狂ってしまったのかしら。

 それでもいいと思う。もう私の未来は八方塞がりでしかない。今の状況を考えれば公爵令嬢でなければ私はとっくに死んでいたかもしれないのだ。

 あまりに感傷的かもしれないが、しかしその考えは多分あっている自信がある。
 私自身がそう考えてしまった程だから。
 ジワリと目頭がまた熱くなる。もう一度水で顔を洗った。冷たい水が心地いい。

 私は死にたくない。今死ねば私の人生は何だったのか。

 道具入れから私ははさみを取り出した。
 そして、腰まで伸ばしていた髪を肩の部分で切る。

 私にとってこの髪は数少ない自慢だった。両親も好きだと言ってくれた。
 王子殿下もかつては褒めてくれたことがある。

 だから今の自分と決別するにはこれしかない。

 切った髪は床に落ちて、頭が随分と軽くなってしまった。
 鏡を見ると横に切ってしまったので、随分と不格好になってしまっている。

 どうしようかな、と思ったが素直にベルを鳴らした。
 控えているメイドがノックの後、すぐに私の部屋に入ってくる。

「ティアナお嬢様、御用でしょうか?」

 メイドは頭を下げ、私を見ると驚きの顔で口に両手を当てた。

「お嬢様!? これは一体どうなさったのですか!」

 その様子に少し申し訳なく思う。いきなりこんな光景を見たら驚くわよね。

「驚かせてごめんなさい、レイ。髪を切ったのだけど不格好になってしまって。整えてくれるかしら」

 メイドのレイは私の足元に散らばった髪と、随分と短くなってしまった私の髪型をみて困惑するものの、すぐに気を取り戻した。

「あれほど大切にしておられたのに……、分かりました。こちらへ」

 レイは私を鏡の前に連れてくると、瞬く間に私の髪を整えてくれた。
 随分と不格好だったのに、短くても私に似合うように。

「ありがとう、レイ。流石ね。本当に手先が器用だわ」

 私はお礼の言葉を言う。

「短い髪形も大変お似合いですよ、ティアナお嬢様。切った髪は処分してよろしいですか?」

 レイの言葉に床に無残に散らばった私の髪を見る。

「ええ。掃除しておいて頂戴。私にはもう不要だわ」

 レイは手際よく部屋を掃除してくれ、朝食の用意も間もなく整うと伝えて部屋を去った。
 私をまた鏡を見る。
 ずっと長い髪だったから随分と別人に感じてしまう。でもその方が私の心は軽くなった。

 後は……武を収める? 武を収めるって何をすればいいのかしら。
 朝食の席で、お父様に是非とも相談せねば。でもこの髪以上に驚かれるかもしれない。

そして朝食の場にて。

 私を見た両親はなんと言葉をかければいいのかわからない様子だった。それでも最後には受け入れてくれたのだから、やはり私は愛されているのだと思う。

「それでお父様」
「なんだい、私の可愛いティアナ。何か欲しい物でもあるのかい」
「私、えっと……武術を習いたいの」

 私の言葉はやっぱり予想外だったのだろう。真意を測りかねていた。

「武術かい。なぜ? ティアナの安全には気を配っているつもりだよ」

 お父様は私が誰かの悪意で害されないように気を配っているのは知っていた。
 気を使ってか私に言わないけれど、昨日神殿に行ったことも知っているだろう。

 あの出来事を説明するのは難しい。
 頭が変になったと思われても、話すべきか。

 ……話すのはやめた。お父様にこれ以上心理的負担をかけたくない。
 わがままで通した方がまだ良いだろう。

「お願いお父様。難しいようだったらすぐに辞めるから」
「思えばティアナのお願いは随分と久しぶりだ……分かった。まずは警護の使用人に話を聞いてみなさい」

 このところ元気のなかった私がわがままを言ったのが、少しうれしかったのかもしれない。お父様は快諾してくれた。

 お母様は嫁入り前の体なのだからケガだけはしないように、と念押しした。

 そういえば私の結婚はどうなるのかしら……あれ、引き取り手の殿方っていないのでは? 
 私は嫌なことに気づき、またショックを受けた。お家の危機だわ。







しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます

七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。 「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」 そう言われて、ミュゼは城を追い出された。 しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。 そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

婚約破棄……そちらの方が新しい聖女……ですか。ところで殿下、その方は聖女検定をお持ちで?

Ryo-k
ファンタジー
「アイリス・フローリア! 貴様との婚約を破棄する!」 私の婚約者のレオナルド・シュワルツ王太子殿下から、突然婚約破棄されてしまいました。 さらには隣の男爵令嬢が新しい聖女……ですか。 ところでその男爵令嬢……聖女検定はお持ちで?

(完結)お荷物聖女と言われ追放されましたが、真のお荷物は追放した王太子達だったようです

しまうま弁当
恋愛
伯爵令嬢のアニア・パルシスは婚約者であるバイル王太子に突然婚約破棄を宣言されてしまうのでした。 さらにはアニアの心の拠り所である、聖女の地位まで奪われてしまうのでした。 訳が分からないアニアはバイルに婚約破棄の理由を尋ねましたが、ひどい言葉を浴びせつけられるのでした。 「アニア!お前が聖女だから仕方なく婚約してただけだ。そうでなけりゃ誰がお前みたいな年増女と婚約なんかするか!!」と。 アニアの弁明を一切聞かずに、バイル王太子はアニアをお荷物聖女と決めつけて婚約破棄と追放をさっさと決めてしまうのでした。 挙句の果てにリゼラとのイチャイチャぶりをアニアに見せつけるのでした。 アニアは妹のリゼラに助けを求めましたが、リゼラからはとんでもない言葉が返ってきたのでした。 リゼラこそがアニアの追放を企てた首謀者だったのでした。 アニアはリゼラの自分への悪意を目の当たりにして愕然しますが、リゼラは大喜びでアニアの追放を見送るのでした。 信じていた人達に裏切られたアニアは、絶望して当てもなく宿屋生活を始めるのでした。 そんな時運命を変える人物に再会するのでした。 それはかつて同じクラスで一緒に学んでいた学友のクライン・ユーゲントでした。 一方のバイル王太子達はアニアの追放を喜んでいましたが、すぐにアニアがどれほどの貢献をしていたかを目の当たりにして自分達こそがお荷物であることを思い知らされるのでした。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 全25話執筆済み 完結しました

ゴースト聖女は今日までです〜お父様お義母さま、そして偽聖女の妹様、さようなら。私は魔神の妻になります〜

嘉神かろ
恋愛
 魔神を封じる一族の娘として幸せに暮していたアリシアの生活は、母が死に、継母が妹を産んだことで一変する。  妹は聖女と呼ばれ、もてはやされる一方で、アリシアは周囲に気付かれないよう、妹の影となって魔神の眷属を屠りつづける。  これから先も続くと思われたこの、妹に功績を譲る生活は、魔神の封印を補強する封魔の神儀をきっかけに思いもよらなかった方へ動き出す。

捨てられた聖女、自棄になって誘拐されてみたら、なぜか皇太子に溺愛されています

h.h
恋愛
「偽物の聖女であるお前に用はない!」婚約者である王子は、隣に新しい聖女だという女を侍らせてリゼットを睨みつけた。呆然として何も言えず、着の身着のまま放り出されたリゼットは、その夜、謎の男に誘拐される。 自棄なって自ら誘拐犯の青年についていくことを決めたリゼットだったが。連れて行かれたのは、隣国の帝国だった。 しかもなぜか誘拐犯はやけに慕われていて、そのまま皇帝の元へ連れて行かれ━━? 「おかえりなさいませ、皇太子殿下」 「は? 皇太子? 誰が?」 「俺と婚約してほしいんだが」 「はい?」 なぜか皇太子に溺愛されることなったリゼットの運命は……。

私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜

AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。 そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。 さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。 しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。 それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。 だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。 そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。

悪女と呼ばれた聖女が、聖女と呼ばれた悪女になるまで

渡里あずま
恋愛
アデライトは婚約者である王太子に無実の罪を着せられ、婚約破棄の後に断頭台へと送られた。 ……だが、気づけば彼女は七歳に巻き戻っていた。そしてアデライトの傍らには、彼女以外には見えない神がいた。 「見たくなったんだ。悪を知った君が、どう生きるかを。もっとも、今後はほとんど干渉出来ないけどね」 「……十分です。神よ、感謝します。彼らを滅ぼす機会を与えてくれて」 ※※※ 冤罪で父と共に殺された少女が、巻き戻った先で復讐を果たす物語(大団円に非ず) ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

処理中です...