16 / 99
ルシフェルside
しおりを挟む
千里眼。
あらゆるものを見通し、見ることができる能力。
それは、人の心ですらも例外ではないーー。
私はそんな千里眼の能力を持って、第二王子として生まれ落ちた。
この能力が発覚したのは五歳の頃。
鬱陶しさ、苛立ち、やかましさ………それらを全て包み隠した笑顔。
一気に感情の波が直撃し、あまりの恐ろしさに気絶したのを覚えている。
王宮というのは、互いを化かし合う場所のようなものだ。
取り繕うのが苦手な奴ほどつけいられ、失脚していく。
人々の足の引っ張り合い、剥き出しになった感情を、幼い頃からずっと眺めてきた。
そこから私は、酷く冷めてしまった。
子供らしくない子供である。
周囲の人々は私の能力と態度を不気味に思い、一切近づいてはこなかった。
ちょうど良い。
面倒なものに絡まれるのは、ごめんだったから。
だが、成長すれば婚約者を持たねばならなくなった。
私は誰とも結婚などしたくない。
しかし王子というだけで、結婚は強いられることとなる。
候補として何人かの縁談を受けることとなったが、気になったのが国の端付近の領地の娘である、ユリアという女性であった。
王子の婚約者として名が上がるほど有名な美人でもなく、聡明であるわけではない。
どうやらその地で作られる上質な果物が縁談に関係しているらしく、確かに果物は我が国の名物というくらいには売れていた。
そのユリアに会う前に何人かの女性と縁談をしたが、全く心に響かなかった。
「ルシフェル殿下とこうしてお話しできるなんて、光栄ですわ」
「わたくし、ルシフェル殿下のことが……」
そう言い寄ってくる女性達の心の中が、私には透けて見える。
彼女達の心に巣食っていたのは、めっぽう強い欲だけであった。
そして私は、ユリアと会った。
正確にはーーユリアのふりをした、女性と出会った。
一目見ただけで気づいた。
この人はきっと、ユリアではないのだろうと。
この人は美しすぎる。
外見はもちろんのこと、心が澄んでいた。
純白というわけではない。
彼女の心には辛いことを体験した、という思いが根強く残っていたし、この婚約に乗り気ではないということは感じ取れた。
それに、彼女が貴族ではないことも理解できた。
だが私は、このチャンスを逃したくなかった。
「いつまで演技を続けるんだい?」
そう尋ねれば、わかりやすく彼女は目を見開いてみせる。
私は彼女に嘘をいくつか並べてみせた。
そもそも初対面であること。
ユリア嬢はとても性格の悪い女であること。
ユリア嬢には申し訳なく思うが、彼女は案外簡単に引っかかってくれた。
昔に一度会ったことがあるのは事実だし、性格は悪女とまではいかなくとも地味。
それが、ユリア嬢への私の評価。
そこまで並べてみせれば、彼女はとうとう抵抗することをやめた。
無駄なことだと理解したのだろう。
彼女が何者だろうが、私には関係がない。
こんなに惹かれる心の色をしているのだ。
悪人であるはずがない。
千里眼を持つ私だからこそ言えたことであった。
彼女に求婚をすると、彼女は戸惑い私を見つめ返した。
「あの、失礼ですが、なぜ私などを……?」
「君に一目惚れしたんだ。何より、君の心の美しさに」
私が千里眼を持っていることを説明すれば、彼女はそのことを理解した上でこう続けた。
「私には、旦那様がいました。世界一の魔術師の旦那様です。あの人のことを愛そうと決めていたはずだったのですけど……上手くいきませんでした。あの人は、私を愛してくれませんでした」
知っているとも。
あなたの心にいる男が、あなたを未だに苦しめていることを。
「それで私、新しい恋を探そうと家を出たんです。王子様の求婚は、とても名誉なことでございます。けれど……ごめんなさい。お断りするのはとても失礼なことだとわかっています。あなたが命令すれば、私なんてあっという間に王宮に連れ去られてしまうことも、理解しております。その上でのお願いです。どうか、今はそっとしておいてはくれませんか」
彼女はひたすらに頭を下げた。
肩は小さく震えていた。
彼女の言うことに嘘はない。
これほど素晴らしい女性である彼女を手放した魔術師とやらに殺意が沸くし、八つ裂きにしてやりたいとも思う。
彼女は怯えていた。
新しい恋をして、また捨てられることに。
こんな怯えの色の心を持つ彼女をまだ誘えるほど、私の心は図太くはない。
「わかりました。……ただ、あなたを諦めることはできません。ですから、デートをしてくれませんか?」
「デート、ですか?」
「そうです。それで、私の婚約を受けるか決めてください」
「……わかりました」
ひとまずチャンスは手に入れた。
後は彼女をどう落とすかである。
私は初めて手に入れたいと思った存在を前にして、目を輝かせてみせた。
あらゆるものを見通し、見ることができる能力。
それは、人の心ですらも例外ではないーー。
私はそんな千里眼の能力を持って、第二王子として生まれ落ちた。
この能力が発覚したのは五歳の頃。
鬱陶しさ、苛立ち、やかましさ………それらを全て包み隠した笑顔。
一気に感情の波が直撃し、あまりの恐ろしさに気絶したのを覚えている。
王宮というのは、互いを化かし合う場所のようなものだ。
取り繕うのが苦手な奴ほどつけいられ、失脚していく。
人々の足の引っ張り合い、剥き出しになった感情を、幼い頃からずっと眺めてきた。
そこから私は、酷く冷めてしまった。
子供らしくない子供である。
周囲の人々は私の能力と態度を不気味に思い、一切近づいてはこなかった。
ちょうど良い。
面倒なものに絡まれるのは、ごめんだったから。
だが、成長すれば婚約者を持たねばならなくなった。
私は誰とも結婚などしたくない。
しかし王子というだけで、結婚は強いられることとなる。
候補として何人かの縁談を受けることとなったが、気になったのが国の端付近の領地の娘である、ユリアという女性であった。
王子の婚約者として名が上がるほど有名な美人でもなく、聡明であるわけではない。
どうやらその地で作られる上質な果物が縁談に関係しているらしく、確かに果物は我が国の名物というくらいには売れていた。
そのユリアに会う前に何人かの女性と縁談をしたが、全く心に響かなかった。
「ルシフェル殿下とこうしてお話しできるなんて、光栄ですわ」
「わたくし、ルシフェル殿下のことが……」
そう言い寄ってくる女性達の心の中が、私には透けて見える。
彼女達の心に巣食っていたのは、めっぽう強い欲だけであった。
そして私は、ユリアと会った。
正確にはーーユリアのふりをした、女性と出会った。
一目見ただけで気づいた。
この人はきっと、ユリアではないのだろうと。
この人は美しすぎる。
外見はもちろんのこと、心が澄んでいた。
純白というわけではない。
彼女の心には辛いことを体験した、という思いが根強く残っていたし、この婚約に乗り気ではないということは感じ取れた。
それに、彼女が貴族ではないことも理解できた。
だが私は、このチャンスを逃したくなかった。
「いつまで演技を続けるんだい?」
そう尋ねれば、わかりやすく彼女は目を見開いてみせる。
私は彼女に嘘をいくつか並べてみせた。
そもそも初対面であること。
ユリア嬢はとても性格の悪い女であること。
ユリア嬢には申し訳なく思うが、彼女は案外簡単に引っかかってくれた。
昔に一度会ったことがあるのは事実だし、性格は悪女とまではいかなくとも地味。
それが、ユリア嬢への私の評価。
そこまで並べてみせれば、彼女はとうとう抵抗することをやめた。
無駄なことだと理解したのだろう。
彼女が何者だろうが、私には関係がない。
こんなに惹かれる心の色をしているのだ。
悪人であるはずがない。
千里眼を持つ私だからこそ言えたことであった。
彼女に求婚をすると、彼女は戸惑い私を見つめ返した。
「あの、失礼ですが、なぜ私などを……?」
「君に一目惚れしたんだ。何より、君の心の美しさに」
私が千里眼を持っていることを説明すれば、彼女はそのことを理解した上でこう続けた。
「私には、旦那様がいました。世界一の魔術師の旦那様です。あの人のことを愛そうと決めていたはずだったのですけど……上手くいきませんでした。あの人は、私を愛してくれませんでした」
知っているとも。
あなたの心にいる男が、あなたを未だに苦しめていることを。
「それで私、新しい恋を探そうと家を出たんです。王子様の求婚は、とても名誉なことでございます。けれど……ごめんなさい。お断りするのはとても失礼なことだとわかっています。あなたが命令すれば、私なんてあっという間に王宮に連れ去られてしまうことも、理解しております。その上でのお願いです。どうか、今はそっとしておいてはくれませんか」
彼女はひたすらに頭を下げた。
肩は小さく震えていた。
彼女の言うことに嘘はない。
これほど素晴らしい女性である彼女を手放した魔術師とやらに殺意が沸くし、八つ裂きにしてやりたいとも思う。
彼女は怯えていた。
新しい恋をして、また捨てられることに。
こんな怯えの色の心を持つ彼女をまだ誘えるほど、私の心は図太くはない。
「わかりました。……ただ、あなたを諦めることはできません。ですから、デートをしてくれませんか?」
「デート、ですか?」
「そうです。それで、私の婚約を受けるか決めてください」
「……わかりました」
ひとまずチャンスは手に入れた。
後は彼女をどう落とすかである。
私は初めて手に入れたいと思った存在を前にして、目を輝かせてみせた。
737
あなたにおすすめの小説
【完結】「お前とは結婚できない」と言われたので出奔したら、なぜか追いかけられています
22時完結
恋愛
「すまない、リディア。お前とは結婚できない」
そう告げたのは、長年婚約者だった王太子エドワード殿下。
理由は、「本当に愛する女性ができたから」――つまり、私以外に好きな人ができたということ。
(まあ、そんな気はしてました)
社交界では目立たない私は、王太子にとってただの「義務」でしかなかったのだろう。
未練もないし、王宮に居続ける理由もない。
だから、婚約破棄されたその日に領地に引きこもるため出奔した。
これからは自由に静かに暮らそう!
そう思っていたのに――
「……なぜ、殿下がここに?」
「お前がいなくなって、ようやく気づいた。リディア、お前が必要だ」
婚約破棄を言い渡した本人が、なぜか私を追いかけてきた!?
さらに、冷酷な王国宰相や腹黒な公爵まで現れて、次々に私を手に入れようとしてくる。
「お前は王妃になるべき女性だ。逃がすわけがない」
「いいや、俺の妻になるべきだろう?」
「……私、ただ田舎で静かに暮らしたいだけなんですけど!!」
結婚して5年、冷たい夫に離縁を申し立てたらみんなに止められています。
真田どんぐり
恋愛
ー5年前、ストレイ伯爵家の美しい令嬢、アルヴィラ・ストレイはアレンベル侯爵家の侯爵、ダリウス・アレンベルと結婚してアルヴィラ・アレンベルへとなった。
親同士に決められた政略結婚だったが、アルヴィラは旦那様とちゃんと愛し合ってやっていこうと決意していたのに……。
そんな決意を打ち砕くかのように旦那様の態度はずっと冷たかった。
(しかも私にだけ!!)
社交界に行っても、使用人の前でもどんな時でも冷たい態度を取られた私は周りの噂の恰好の的。
最初こそ我慢していたが、ある日、偶然旦那様とその幼馴染の不倫疑惑を耳にする。
(((こんな仕打ち、あんまりよーー!!)))
旦那様の態度にとうとう耐えられなくなった私は、ついに離縁を決意したーーーー。
【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
1度だけだ。これ以上、閨をともにするつもりは無いと旦那さまに告げられました。
尾道小町
恋愛
登場人物紹介
ヴィヴィアン・ジュード伯爵令嬢
17歳、長女で爵位はシェーンより低が、ジュード伯爵家には莫大な資産があった。
ドン・ジュード伯爵令息15歳姉であるヴィヴィアンが大好きだ。
シェーン・ロングベルク公爵 25歳
結婚しろと回りは五月蝿いので大富豪、伯爵令嬢と結婚した。
ユリシリーズ・グレープ補佐官23歳
優秀でシェーンに、こき使われている。
コクロイ・ルビーブル伯爵令息18歳
ヴィヴィアンの幼馴染み。
アンジェイ・ドルバン伯爵令息18歳
シェーンの元婚約者。
ルーク・ダルシュール侯爵25歳
嫁の父親が行方不明でシェーン公爵に相談する。
ミランダ・ダルシュール侯爵夫人20歳、父親が行方不明。
ダン・ドリンク侯爵37歳行方不明。
この国のデビット王太子殿下23歳、婚約者ジュリアン・スチール公爵令嬢が居るのにヴィヴィアンの従妹に興味があるようだ。
ジュリエット・スチール公爵令嬢18歳
ロミオ王太子殿下の婚約者。
ヴィヴィアンの従兄弟ヨシアン・スプラット伯爵令息19歳
私と旦那様は婚約前1度お会いしただけで、結婚式は私と旦那様と出席者は無しで式は10分程で終わり今は2人の寝室?のベッドに座っております、旦那様が仰いました。
一度だけだ其れ以上閨を共にするつもりは無いと旦那様に宣言されました。
正直まだ愛情とか、ありませんが旦那様である、この方の言い分は最低ですよね?
三回目の人生も「君を愛することはない」と言われたので、今度は私も拒否します
冬野月子
恋愛
「君を愛することは、決してない」
結婚式を挙げたその夜、夫は私にそう告げた。
私には過去二回、別の人生を生きた記憶がある。
そうして毎回同じように言われてきた。
逃げた一回目、我慢した二回目。いずれも上手くいかなかった。
だから今回は。
本日、貴方を愛するのをやめます~王妃と不倫した貴方が悪いのですよ?~
なか
恋愛
私は本日、貴方と離婚します。
愛するのは、終わりだ。
◇◇◇
アーシアの夫––レジェスは王妃の護衛騎士の任についた途端、妻である彼女を冷遇する。
初めは優しくしてくれていた彼の変貌ぶりに、アーシアは戸惑いつつも、再び振り向いてもらうため献身的に尽くした。
しかし、玄関先に置かれていた見知らぬ本に、謎の日本語が書かれているのを見つける。
それを読んだ瞬間、前世の記憶を思い出し……彼女は知った。
この世界が、前世の記憶で読んだ小説であること。
レジェスとの結婚は、彼が愛する王妃と密通を交わすためのものであり……アーシアは王妃暗殺を目論んだ悪女というキャラで、このままでは断罪される宿命にあると。
全てを思い出したアーシアは覚悟を決める。
彼と離婚するため三年間の準備を整えて、断罪の未来から逃れてみせると……
この物語は、彼女の決意から三年が経ち。
離婚する日から始まっていく
戻ってこいと言われても、彼女に戻る気はなかった。
◇◇◇
設定は甘めです。
読んでくださると嬉しいです。
三年の想いは小瓶の中に
月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。
※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。
婚姻契約には愛情は含まれていません。 旦那様には愛人がいるのですから十分でしょう?
すもも
恋愛
伯爵令嬢エーファの最も嫌いなものは善人……そう思っていた。
人を救う事に生き甲斐を感じていた両親が、陥った罠によって借金まみれとなった我が家。
これでは領民が冬を越せない!!
善良で善人で、人に尽くすのが好きな両親は何の迷いもなくこう言った。
『エーファ、君の結婚が決まったんだよ!! 君が嫁ぐなら、お金をくれるそうだ!! 領民のために尽くすのは領主として当然の事。 多くの命が救えるなんて最高の幸福だろう。 それに公爵家に嫁げばお前も幸福になるに違いない。 これは全員が幸福になれる機会なんだ、当然嫁いでくれるよな?』
と……。
そして、夫となる男の屋敷にいたのは……三人の愛人だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる