探さないでください。旦那様は私がお嫌いでしょう?

雪塚 ゆず

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どうかお返事を。

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「……お腹が空かないかい?」
「え?」

はたと道で足を止め、王子様がそう言い出しました。
確かにお腹が減りましたね。
気づけばもう昼頃です。

「お腹、すきましたね」
「! だったら、スープを飲まないかい?」

王子様が提案したのは、スープの出店でした。
フォルテ特有のスープがたくさん並んでいる様を見て、私はコクリと頷きます。
王子様は嬉しそうに、私と列に並び出しました。

「いやあ、王宮ではこういうのが食べられなくてね」
「スープが出ないんですか?」
「そういうわけじゃないんだけどね。こういう、食べ歩きの簡易なスープが出ないんだ。実はこれが大好きでね」

順番が来たので、お金を払ってスープを受け取ります。
店の周りでお客さん達が、楽しそうに話しながらスープを飲んでいます。
私達もそこに加われば、王子様は感想を聞いてきます。

「どう?」
「とっても美味しいです」
「! そうか」

王子様もスープを飲み出しました。
何だか王子様が幼い子供のように見えて、私はフフ、と笑ってしまいました。
口の端にもスープがついています。
ポケットに入れたハンカチを取り出すと、王子様の口元を拭いました。

「え……」
「ついてましたよ」
「………」
「王子様?」

王子様はピシリと固まってしまいました。
うんともすんとも言わない王子様の様子を見ていると、王子様が私から顔を逸らして小さな声で言います。

「その……恥ずかしい」
「!」
「あなたにこうしてもらえたことは嬉しいけど、情けないところを見せてしまった……」

そう言う王子様は耳まで真っ赤になっています。
私に惚れたというのは、本気だったんですね。
感心するやらうっとりするやらで、私の心は忙しいものです。
でも、この方に気持ちは傾かない。

「……ごめんね。ちょっと、人のいないところに行こう」

王子様が手を差し出したので、私はそれを取りました。
王子様はとても繊細そうなお方だと思っていたのですが、手は男らしくがっしりしてらっしゃるのね。
王子様に連れられて来たのは広場の隅の方で、そこにつくと王子様はとても残念そうに口を開きます。

「実はもうここまでなんだ。時間がない」
「そうなんですか。残念です」
「……私と一緒に来てくれるかい?」
「ごめんなさい。私は、あなたのお誘いを受けることができません」

腰を折ってそう伝えれば、王子様は顔を緩めました。

「知ってたよ。君が来てくれないことなんて」
「え」
「ただ未練がましく、今日付き合ってもらっただけ。どうしても、諦めきれなくて」

王子様が照れ臭そうにすると、真剣な表情で私に向き直りました。

「実は、ルシフェルとは本当の名前じゃないんだ」
「そう……なんですか?」
「王族は誰でも、真名というものを持っている。真名を握られれば、動けなくなってしまう魔術があるくらいだからね。……この真名は、自分が信じたいと思った人にのみ伝えるんだ。私は、君に伝えたいと思う」
「待ってください」

王子様を止めると、驚いた王子様が目を見開きます。

「それなら、私の名前から。私は、ユリアお嬢様じゃありませんから。私の名前は、ラティアンカ・マルシムといいます」
「ラティアンカ……マルシム」
「……あ、いえ。忘れてください。マルシムは、旦那様と結婚していた時の家名です」
「世界一の魔術師って……アルジェルド・マルシムのことだったのか」
「ご存知なのですか」
「有名人だからね。そうか、アルジェルド・マルシムが……そんな大物が、君の夫だったのか」

どこか不満げにそう繰り返すと、切なげな表情となり続けます。

「それなら私に勝ち目はない。元とはいえ、そんな人が夫だったのなら、一国の王子であるだけでは足りないだろう」
「そんなことはごさいません。彼は、私を愛してくださいませんでしたから」
「……そうだったな。じゃあ、私の真名を伝えよう。私の真名を王宮の兵士に伝えれば、いつでも力になる」

王族の真名とはとても大切なものなのでしょう。
ゴクリと唾を飲み込むと、彼は本当の名前を言ってくれました。

「私の真名は、アレンディア・ハトルド・フォルテ。どうかアレンと」
「……アレン様。私、あなたに会えたことは忘れません」
「ああ。何かあったら、会いにくるといい。きっと私はあなたを助けてみせる」
「頼りにしております」

穏やかに微笑むと、どこからか馬車がやってきます。

「ルシフェル殿下。お時間です」
「ああ。彼女をひとまず、お家へ帰してやろう」
「承知しました」

馬車の運転手さんが了承すると、私は馬車に揺られて領主様のお屋敷へと戻りました。
馬車にいる間、王子様と他愛のない話をしましたが、やっぱりこの方は素敵な人です。
そんな人に恋されて靡けないなんて、本当に私は自分の新しい旦那様を見つけることができるんでしょうか。
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