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Chapter 4
①
しおりを挟む週明けの麻琴は、なんとなく浮かんだイメージが、なかなか形にできないでいた。
——まいったな。完全に行き詰まっちゃったわぁー。
ただクロッキーブックの白いページが、なんの脈絡もなく雑然と埋められていくだけだ。
——「北欧」に拘るのがダメなのかしら?
そのままやるのであれば、上林が言うように確かに「本場」には敵わない。
だが、なにかプラスアルファが必要なのはわかるけれども、それがなかなか思い浮かばないのだ。
「……すんげぇ、困ってるなー、麻琴」
守永が外回りからMD課のオフィスに戻っていた。また隣にどかっと座ってきて、麻琴の手元を覗き込んでいる。
「あ、守永さん、無事でしたか?」
「なにが?」
麻琴の言葉に、守永はきょとんとした顔をしている。
「……無事なら、いいです」
守永まで「事情聴取」することなく「内々で解決」したということだろう。
そういえば、週明けに社食で会った稍は長袖のタートルネックにパンツルックだった。青山の稍への「事情聴取」がどんなものであったかは、推して知るべし、だ。
「デスクに噛りついてても、このままでは埒が開かないだろう?」
——それはそうですけど……
「気分転換に呑みに行くぞ」
「えっ、ちょっと……今夜は……」
今日は松波の出勤日であった。あの日以来、彼とは退社後に数回、食事に行っていた。
今、時刻は定時を少し過ぎたところだ。彼がすでに、いつもの待ち合わせのカフェに向かっているかもしれない。
麻琴はスマホを取り出して、L◯NEのトークを開く。
「……あれ……?」
松波に急用が入ったそうで、今夜の食事をキャンセルしてほしいとメッセージが入っていた。
「おい、早くしろ。行くぜ」
守永がト◯ミのブリーフケースを持って立ち上がった。
つられて麻琴もバルパライソを引き寄せ、帰り支度をする羽目になった。
゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚
——守永さんと一緒なら、てっきり居酒屋だと思っていたのに。
「麻琴の行きつけの店でいいよ」というので、Viscumにやってきた。
見慣れない男を連れて入ってきた麻琴を見ても「いらっしゃいませ、渡辺さま」と、顔色一つ変えずに出迎えてくれた杉山は、いつもの「通常営業」だ。
「あ、あの……会社の上司なのよ。守永さんって言うの」
それでも、一応言っておく。
そして、守永をカウンターのハイストールに促した。
「守永さま、ようこそお越しくださいました。杉山と申します」
杉山はそう言いながら、カウンターの向こうからおしぼりを差し出す。
「麻琴がいつも厄介になってるらしいね。こいつ、酒は強いけどさ。ほどほどのところで切り上げさせて、うちへ帰らせてやってくれよな」
片手でおしぼりを受け取った守永は、もう片方の手で麻琴の頭を、ぽんぽん、とした。
——ひいいぃっ、なんてことするのよっ!
「守永課長、セクハラです。それと、呼び捨てはやめてください」
麻琴はぎろり、と睨んだ。
だが、守永は一向に意に返さず、杉山から渡されたドリンクリストを見て、
「へぇ、沖縄に行かなくても呑めるのか」
とつぶやいて、オリ◯ンドラフトを頼む。
麻琴は彼を睨んだまま、サッポロのヱ◯ス・プレミアムエールをオーダーした。
こんなにマイペースで営業職が務まるのか、と麻琴はいつも不思議に思うが、どういうわけか守永の営業成績は大阪支社の時代からトップクラスだった。
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