遠い昔からの物語

佐倉 蘭

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第三部「いつか」

第二十二話

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「……くそっ」
   突然、彼が舌打ちをした。

「……先刻さっきまで、あがぁに元気じゃったっちゅうんに」
  彼は口惜しそうに吐き捨てるように云った。

「どうしたの」
   わたしは、自分に覆いかぶさる彼の顔を見上げた。

「どこに挿れたらいいのかわからなくて、ちょっと焦ったら、急に萎えてしまった……まいったな……」
   彼は途方に暮れていた。どうやら、彼も、このようなことをするのは初めてらしい。

   わたしは、思わずふっくらと微笑んだ。

「せっかく、安藝子あきこを妻にできるっていうときに……わしゃぁ一体、なにをやっとるんじゃ……」
   彼は全身の力が一気に抜けたみたいだった。

   そんな彼を、わたしはやさしく抱きしめた。

「わたしは、もう……寛仁ともひとさんの妻よ」
   彼……寬仁の耳元でそっと囁いた。


「……義彦兄貴が生きていたら、いろいろ教えてもらえてたかもしれないのになぁ」
   隣で身を横たわらせた寬仁は、わたしに腕枕をしながら云った。
「彦兄、玄人相手にかなり浮名を流していたからね」

「えっ、そうなの」
   わたしはびっくりして寬仁を見た。海軍士官の軍服に身を包んだ、遺影の中の廣子の夫は、清廉そうな印象だったのに……

「結婚する前のことだけど、廣子さんには内緒だぜ」
   寬仁は悪戯いたずらっ子の顔をした。

「おふくろなんか、このまま放っといたら何処どこの芸者を嫁に連れてくるかしれやしないから、って云って、早く見合いして身を固めさせようと、躍起になってさ」

「上のお兄さんには教えてもらえなかったの」
   わたしが不思議に思ってそう訊くと、寬仁は首を振った。

正信まさのぶ兄貴……信兄は生まれついての堅物だからね。県庁の上司のお嬢さんだった徳子とくこさんと一緒になったけど、たぶんほかの女は知らないと思うな」

「あら、寬仁さんはほかの女性がお知りになりたいの」
   わたしはすかさず彼に問うた。知らず識らず目が険しくなっていた。

「なに云ってるんだ。僕には安藝子以外は考えられないよ」
   寬仁はあわててそう云った。それから、わたしを抱き寄せ、くちびるを求めてきた。

「もう、どこまで信じていいのかしら……」
   そう云いながらも、寬仁の首の後ろに手を回したわたしは、彼のくちづけに応えていた。

   ひとしきり、口の中で、互いの舌と舌を絡め合わせる。


「……また、元気を取り戻してきたよ」
   くちびるを離した寬仁が、わたしの耳元でそっと囁いた。

   そのとき、また警戒警報のサイレンが鳴り響いてきた。ラジオの情報を得なければならないと思ったわたしは、起き上がろうとした。

   ところが、寬仁はそうはさせなかった。また、あの怖い顔になっていた。

「……駄目よ……空襲警報に変わるかもしれないから……」
   わたしがそう云っても、寬仁は聞かなかった。

   弾んだ息で、わたしの乳房をまさぐり、その突起して固くなった先端を舐めまわすのを、決してやめなかった。

   わたしの身体からだの芯に——また火が放たれる。

「……どうせ、空襲警報になったとしても、防空壕へは入れないだろう」
   寬仁は低い声でそう呟いて、わたしの開いた脚の間に入ってきた。

   指の代わりに、今度は勢いよく突っ勃った固いもの・・が、わたしの濡れたそこ・・に触れた。

   その直後、寬仁は、ぐっと腰を前に押し出した。


   空襲警報のサイレンが鳴り響く中、わたしたちは激しく交わった。
   けたたましいサイレンの音が、寬仁を……わたしを……獣のように狂わせた。

   寬仁の力強くそそり勃ったものは、今や、わたしの胎内なかにすっぽり収まり、猛々しく暴れまくっている。

   真夏なのに、防空のために窓を締め切っているので、暑くて熱くて、わたしたちの汗は蒲団の上へ滝のように流れ落ちていた。

   わたしは初めて味わう、身を裂くようなこらえがたい強烈な痛みに、ひたすら耐えた。
   でも、その一方で、寬仁を満足させているという陶酔感にも浸っていた。

   やがて、寬仁はわたしの胎内に、すべてを吐き出した。


   すっかり全身の力が抜けた彼が、大きな身体からだでわたしを包み込む。

   そして、哀しい目で、静かに呟いた。

「……安藝子を残して、きたくない……」

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