遠い昔からの物語

佐倉 蘭

文字の大きさ
41 / 46
第三部「いつか」

第二十三話

しおりを挟む

   わたしは寬仁ともひとをやさしく抱きしめた。

「非国民ね。入営を拒否して逃亡するつもりなの。憲兵さんに知られたら、たいへんよ」

   わたしだって、あなたをかせたくない。
ずっとずっと、そばにいてほしい。
   明日の今頃、あなたがいなくなっているなんて、考えられない。

   そう考えただけで——気が違ってしまいそうだ。

「男に生まれてくればよかったわ。そうすれば、寬仁さんと一緒にどんな戦地にも征けてよ」
   わたしは茶目っ気を出して、明るく云った。でも、語尾は震えていた。

莫迦ばか云え。男相手に、こんなことしたかないよ」
   寬仁はわたしの頬に軽く接吻して、屈託なく笑った。わたしの大好きな、悪戯いたずらっ子で腕白坊主の顔だ。


   先刻さっきまでわんわん鳴っていたサイレンは、すっかり止んでいた。
   いつの間にか、警報解除のサイレンが鳴ったのだろう。今日も被害はほとんどないように思われた。

「どういうわけか、今のところ、ここは空襲の被害がほとんどないからいいけれど、明日からは僕のためだと思って、どんなに怖くても防空壕に入ってくれよ」
   寬仁はそればかりが気がかりだ、と云いたげだった。

   わたしは肯いた。そう思えば、なんだか入れそうな気がした。

「だけど、ここは軍都だからおっかなくて狙われないんでしょう。町の人がそう云っているわ」

   廣島城の地下には陸軍の大本営の大規模な基地があるそうだ。一応、軍事機密ということになっているらしいが、近隣の女学生たちが電話交換手など徴用で取られているので、みんな知っていた。

「……ねぇ、この先、戦争はどうなるのかしら」
   思い切って、わたしは寬仁に訊ねてみた。ずっと知りたかったが、憲兵さんの耳に入ったら恐ろしいことになるので、だれにも聞けなかった。

   だけど東京では、三月のものすごい空襲後くらいから、ちらほらと「今度の戦争では日本は勝てないんじゃないか」という噂が出ていた。

「帝都やほかの大都市があんな状況だからね。戦況は、かなり厳しいだろうと思うよ」
   寬仁は声を潜めてそう云い、ため息を吐いた。

「もし、もしもよ……この国が負けるようなことがあったらどうなるの」
   わたしは世にも恐ろしいことを口にした。

   寬仁はしばらく考えてから、
「……沖縄や台湾、朝鮮のようになるだろう。土地を追われ、言葉も奪われる」
   そう答えて肩をすくめた。

「この国が今までにしてきたことを、今度はされる側になる、ということだ」

   わたしは恐ろしさで身震いした。
   やはり、行けるところまで行かないといけないのかもしれない。
   最近、新聞やラジオでさかんに「本土決戦」「一億玉砕」と云っていたのは、こういうことだったのだ。

——子どもの頃から聞かされている、この国を救ってくれるという「神風」は、いつ吹いてくれるのだろう。

   すると、寬仁は怖がるわたしを抱き寄せ、髪をやさしく撫でた。

「大丈夫だよ。なんとか、喰い止めてくるさ。……そのために、征くんだから」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

徳川慶勝、黒船を討つ

克全
歴史・時代
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 尾張徳川家(尾張藩)の第14代・第17代当主の徳川慶勝が、美濃高須藩主・松平義建の次男・秀之助ではなく、夭折した長男・源之助が継いでおり、彼が攘夷派の名君となっていた場合の仮想戦記を書いてみました。夭折した兄弟が活躍します。尾張徳川家15代藩主・徳川茂徳、会津藩主・松平容保、桑名藩主・松平定敬、特に会津藩主・松平容保と会津藩士にリベンジしてもらいます。 もしかしたら、消去するかもしれません。

古書館に眠る手記

猫戸針子
歴史・時代
革命前夜、帝室図書館の地下で、一人の官僚は“禁書”を守ろうとしていた。 十九世紀オーストリア、静寂を破ったのは一冊の古手記。 そこに記されたのは、遠い宮廷と一人の王女の物語。 寓話のように綴られたその記録は、やがて現実の思想へとつながってゆく。 “読む者の想像が物語を完成させる”記録文学。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

天竜川で逢いましょう 〜日本史教師が石田三成とか無理なので平和な世界を目指します〜

岩 大志
歴史・時代
ごくありふれた高校教師津久見裕太は、ひょんなことから頭を打ち、気を失う。 けたたましい轟音に気付き目を覚ますと多数の軍旗。 髭もじゃの男に「いよいよですな。」と、言われ混乱する津久見。 戦国時代の大きな分かれ道のド真ん中に転生した津久見はどうするのか!!??? そもそも現代人が生首とか無理なので、平和な世の中を目指そうと思います。

【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記

糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。 それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。 かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。 ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。 ※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)

三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。 佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。 幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。 ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。 又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。 海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。 一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。 事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。 果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。 シロの鼻が真実を追い詰める! 別サイトで発表した作品のR15版です。

処理中です...