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第三部「いつか」
第二十三話
しおりを挟むわたしは寬仁をやさしく抱きしめた。
「非国民ね。入営を拒否して逃亡するつもりなの。憲兵さんに知られたら、たいへんよ」
わたしだって、あなたを征かせたくない。
ずっとずっと、傍にいてほしい。
明日の今頃、あなたがいなくなっているなんて、考えられない。
そう考えただけで——気が違ってしまいそうだ。
「男に生まれてくればよかったわ。そうすれば、寬仁さんと一緒にどんな戦地にも征けてよ」
わたしは茶目っ気を出して、明るく云った。でも、語尾は震えていた。
「莫迦云え。男相手に、こんなことしたかないよ」
寬仁はわたしの頬に軽く接吻して、屈託なく笑った。わたしの大好きな、悪戯っ子で腕白坊主の顔だ。
先刻までわんわん鳴っていたサイレンは、すっかり止んでいた。
いつの間にか、警報解除のサイレンが鳴ったのだろう。今日も被害はほとんどないように思われた。
「どういうわけか、今のところ、ここは空襲の被害がほとんどないからいいけれど、明日からは僕のためだと思って、どんなに怖くても防空壕に入ってくれよ」
寬仁はそればかりが気がかりだ、と云いたげだった。
わたしは肯いた。そう思えば、なんだか入れそうな気がした。
「だけど、ここは軍都だからおっかなくて狙われないんでしょう。町の人がそう云っているわ」
廣島城の地下には陸軍の大本営の大規模な基地があるそうだ。一応、軍事機密ということになっているらしいが、近隣の女学生たちが電話交換手など徴用で取られているので、みんな知っていた。
「……ねぇ、この先、戦争はどうなるのかしら」
思い切って、わたしは寬仁に訊ねてみた。ずっと知りたかったが、憲兵さんの耳に入ったら恐ろしいことになるので、だれにも聞けなかった。
だけど東京では、三月のものすごい空襲後くらいから、ちらほらと「今度の戦争では日本は勝てないんじゃないか」という噂が出ていた。
「帝都やほかの大都市があんな状況だからね。戦況は、かなり厳しいだろうと思うよ」
寬仁は声を潜めてそう云い、ため息を吐いた。
「もし、もしもよ……この国が負けるようなことがあったらどうなるの」
わたしは世にも恐ろしいことを口にした。
寬仁はしばらく考えてから、
「……沖縄や台湾、朝鮮のようになるだろう。土地を追われ、言葉も奪われる」
そう答えて肩を竦めた。
「この国が今までにしてきたことを、今度はされる側になる、ということだ」
わたしは恐ろしさで身震いした。
やはり、行けるところまで行かないといけないのかもしれない。
最近、新聞やラジオでさかんに「本土決戦」「一億玉砕」と云っていたのは、こういうことだったのだ。
——子どもの頃から聞かされている、この国を救ってくれるという「神風」は、いつ吹いてくれるのだろう。
すると、寬仁は怖がるわたしを抱き寄せ、髪をやさしく撫でた。
「大丈夫だよ。なんとか、喰い止めてくるさ。……そのために、征くんだから」
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