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Chapter 1
突然の辞令で彼の会社へ出向します ⑤
しおりを挟むそのとき、ドアをノックする音がした。副社長が返事をするとガチャッとドアが開いて、島村さんが入ってきた。
「……副社長、そろそろ社を出ませんと」
副社長は島村さんを見て、ソファから立ち上がった。
「おう、わかった」
そして、わたしの方に向き直り、
「とにかく、副社長付きの秘書ということに変更はない。グループ秘書にはしない」
そう言い切って、さっさと部屋を出て行こうとするので、
「あの……わたしはどうしたら?」
おずおずと尋ねると、島村さんが答えた。
「前室のあなたのデスクに、今日のあなたの仕事をまとめたものがあります」
——あぁ、よかった。
「その派手な髪色じゃ、商談先へは連れて行けないからな」
副社長はわたしのオリーブブラウンの髪を見て言った。基本はオリーブブラウンなのだが、光を通すとかなり明るめのオリーブベージュになってしまう。
「カラーリングしてるわけじゃなくて、地毛なんですけど」
わたしは弁解した。女子校時代の校則を思い出してうんざりする。
「おれは本当はこの瞳の色と同じ髪色だ。母方のじいさんがスウェーデン人だからな。チャラチャラして見られるのがイヤだから、ダークブラウンに染めてる」
副社長の地毛はカフェ・オ・レ色なのか。
「……わたしもカラーリングした方がいいですかね?」
副社長はギョッとした。島村さんの眉間にも一瞬でシワが寄った。
「早まるなっ、絶対に染めるなよっ!」
——副社長がしてるから、わたしもしないといけないのかな、って思っただけなのに。
「……副社長、お時間が」
島村さんが時計を見せて促す。I◯Cのポートフィノ・クロノグラフのブラックフェイスで黒革ベルトだ。かなり時間が迫っていたようだ。
あわただしく、二人は副社長室を出て行った。
゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜
副社長室の前室に戻ると、小さな方のデスクの上にファイルが置いてあった。
手に取ると、一枚目は今日やるべき仕事内容が記されてあったが、二枚目以降は業務全般のマニュアルだった。パラパラ…と捲りながら読み進めると、どうやら本来ならグループ秘書に回す業務のようだ。
——これなら、もうグループ秘書に副社長関連の仕事を振ることもなくなるはず。水野さんの負担が軽減できそうだ。
さらに、パラパラ…と捲っていくと、
——なにかしら、これ?「プライベートルームの整備」?島村さんが帰ってきたら、訊いてみよう。
それにしても……
『この先、あんたがおれのなにを見たって……』
『絶対に婚約破棄させねえからな』
って、どういう意味だろう?
結局、大橋さんと抱き合ってたことについては、なにも言わなかった。やっぱり、彼女は副社長のオンナだったのかな?
たぶん「政略結婚」だから……女性関係には口を出させない、好きにさせてもらう、っていうことだろう。
——きっと、そうに違いない。
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