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Chapter 7
私のお部屋に引っ張り込まれてます ③
しおりを挟む「はぁ!? なに言ってんの、あんた」
わたしは危うくケトルを落としそうになる。
「おかしいと思ったんだよな。あっという間に婚約するし……そういうことなんだろ?」
裕太が一人でしきりに、うん、うん、と肯いている。
わたしは冷蔵庫から、裕太が母屋からおすそ分けされて持ってきたテリーヌ・オ・ショコラの箱を取り出した。
「バッカじゃないの!?そんなドラマやケータイ小説みたいな胸キュンな展開、実際にあるわけないでしょ!」
——それに……なんで、将吾さんが『元カレ』なわけ?
「もおっ、変なこと言わないでよねっ。あのときが正真正銘の初対面で、わたしたちは政略結婚なんだからっ」
わたしは淹れたコーヒーのうちの一つのカップをリビングのローテーブルにガチャン、と置いた。
「なんか、お互い気兼ねなく言いたいこと言えてるみたいだからさ」
裕太は口の中で、もごもごと言った。
「……フツーに付き合って、フツーに婚約したように見えたんだよ」
゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜
コーヒー二つと、わたしの分のテリーヌ・オ・ショコラをトレイに乗せて部屋に戻った。
将吾さんはカウチソファには座らず、対面の無◯のクッションソファに座って、わたしが買ってローテーブルに置いていたゼクシィをめくっていた。
「……このでっかいクッション、ヤバいな。座り心地が良すぎて、動けなくなる」
——そうでしょうとも。
わたしは、将吾さんが脱いでカウチソファに掛けてあったヒュ◯ゴ・ボスのオーダーのジャケットをハンガーに掛けながら言う。
「そのクッションソファは『人をダメにするソファ』って言われてるのよ」
将吾さんは、げっ、という顔をした。
「……おれの部屋にも置こうかと思ったけど、どうするかな?」
わたしはふふっ、と笑いながら、カウチソファに座って、将吾さんの手土産のテリーヌ・オ・ショコラを一口食べた。口の中で、丹波栗がほくっとして、チョコレートがふわっと溶けていった。
——美味しーい。
わたしが世にも幸せな顔をして食べている姿を、将吾さんはコーヒーを飲みながら見ていた。
「……おまえ、そんなに美味そうに食えるんだな」
先刻の会席料理も、たいへん美味しくいただきましたけど?それに、クリスマスのときの将吾さんちのケータリングも。
それとも、今は自分の部屋でリラックスして食べてるからかなぁ。
「見合いのとき、ほとんどなにも手をつけてなかったからな。せっかくつくってくれたものを粗末に扱う、とんでもねぇ『お嬢さま』だと思ったよ」
将吾さんは苦笑する。
——そんなふうに思った女とでも、政略結婚のためには一回会っただけで婚約をしたのか。
わたしはそんな話を聞いても、美味しくテリーヌ・オ・ショコラを最後まで堪能した。
次はいつ、だれにもらえるか、わからないし。
「前にそれを得意先からもらったことがあって、うちに持って帰ったら……」
将吾さんはそこでコーヒーを一口飲んだ。
「……わかばがすごく気に入ってな。あいつは管理栄養士を目指してるくらいだから、身体に良くなさそうなのは滅多に食わないんだけど、それは美味しいって食うからさ」
——あれ?おかしいぞ。
それまでチョコレートの甘さしか感じなかった口の中に、突然、カカオの苦味が襲ってきた。
——なんでだろう?
わたしはあわてて、コーヒーのカップを持ち上げて飲もうとする。
「……ああ、待て。まだコーヒーは飲むな」
なぜか将吾さんに制される。
「甘いものがほしくなった」
わたしは眉を顰める。
「わたしが食べてるのを見て、テリーヌ・オ・ショコラを食べたくなったんでしょ?」
——子どもじゃないんだから。
「わかったわよ。取ってくるから、ちょっと待ってて」
わたしはカウチソファから立ち上がった……と同時に、クッションソファから立ち上がった将吾さんが長い脚でローテーブルを跨いで——なんてお行儀が悪いのかしら——こちら側にやってきた。
いつもとは違うスパイシーなオリエンタルな香りがふわっときた。
——この香水がバ◯ードの1996か。
「……彩乃で味わうから、取りに行かなくていい」
え!?……と思う間もなく、もうわたしのくちびるは彼のくちびるに塞がれていた。
彼の舌が、まだチョコレートの余韻が残るわたしのくちびるを舐める。本当に「味わわれて」いるようなキスだ。
わたしはもう、くちびるを開かずにはいられない。とたんに彼から、芳ばしいけれど苦いコーヒーの風味が入り込んできた。
わたしの淹れたマンデリンフレンチは、カ◯ディの中では酸味よりも苦味が優るものだった。
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