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Chapter 17
雨降って、地固まってます ④
しおりを挟む「……法務部で、リーガルチェックの解釈の違いとかで、やりあってるそうじゃないですか?」
わたしは、ふふふ…と笑った。
島村さんの目が少し見開く。
「最近、新たに加わった顧問弁護士の方と……」
ずっとTOMITAの顧問弁護士をしている進藤法律事務所の、所長のお嬢さんらしい。
進藤総合法律事務所は、あさひJPNフィナンシャルグループも昔から顧問弁護士をお願いしている、大企業御用達の法律事務所だ。
冷静沈着で思慮深い島村さんは、決して他人の気に障るような言葉は口にしないはずなのに、このうら若き女性弁護士さんに対してはかなり皮肉めいた辛辣なことを言うのだそうだ。
しかも、相手もさすが弁護士、まったくヘコむことなく、返す刀でさらにブリザードなことを言うらしい。
おかげで最近の法務部は、シベリアの極寒地並みの室温だという。
そんな吹雪の法務部で「抑留」されながらも、事務処理という「強制労働」をさせられる部員たちの中に同期がいる、グループ秘書の七海ちゃん情報である。
゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜
わたしはその週の土曜日、尾山台のマンションに残った荷物を取りに行った。
——海洋が、必ずいるに違いない時間帯に。
将吾が車を出してくれた。めずらしく自社製のワンボックスだ。ただ、わたしの荷物が出し入れしやすいからだが。
彼がマンションの部屋の前で止まった。
「ここからは、一人でカタをつけて来い」
わたしは肯いた。そして、ドアの方へ振り向こうとしたら、肩を掴まれた。
将吾のくちびるが降ってくる。軽く、ちゅっ、と音がしてすぐに離れた。
遠ざかるカフェ・オ・レ色の瞳を、しっかりと目に焼きつけてから、わたしは解錠してドアを開けた。
廊下の突き当たりまで進んで、リビングに入る。
——海洋が、そこにいた。
ダイニングのテーブルでノートPCを操り、仕事をしていたようだ。
わたしに気づいて、顔を上げる。
黒縁のボスリントンの眼鏡をすっ、と外した。今日は、コンタクトレンズじゃないようだ。
しばらく、わたしの顔を見つめている。
わたしも、海洋の顔を見つめ返した。
海洋がダイニングの椅子から立ち上がって、こちらに歩いてくる。
「……突然、出て行くな。あんな時間に」
目の前まで来て、ふわり、とわたしを抱きしめた。
「心配するだろ。……彩」
わたしのためにかけまくっていた電話での海洋は、普段の無愛想なまでの冷静沈着な姿からは想像もつかないほどテンパっていたと、だれもが口を揃えて言っていた。
「……ごめん、海洋」
わたしは顔を上げ、彼の漆黒の目を見て謝った。
すると、海洋の顔が近づいてきて、わたしのくちびるを捉えた。
つい先刻——将吾が重ねてきたくちびるだ。
びくっ、とした拍子に、ふわっとくちびるが開いた。すかさず、海洋の舌が潜り込む。
たちまち……お互いの舌が絡んでいく。
海洋が教えてくれた、キス。
——最期の、キス。
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