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Last Chapter
土下座で愛の言葉を叫んでます ③
しおりを挟むその週の土曜日、松濤のおじいさまのアポが取れた。
将吾は自分一人でカタをつけるつもりだったのに……
松濤のおじいさまは「彩乃と二人で来れば会ってやる」と宣った。
仕方がないので、わたしも行くことになった。
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まるで、江戸幕府の最後の公方(将軍)様である徳川慶喜公が、諸藩の大名を集めて大政奉還を行なった、二条城の二の丸御殿の大広間「一の間」のような広々とした座敷に、将吾とわたしは通された。
将吾は重要な商談のときに着用する、オーダーしたヒュ◯ゴ・ボスのダークグレーのスリーピースを着ていた。
わたしは、将吾とのお見合いや結納の折にまとった、菖蒲色の地に花薬玉や御所車などの吉祥文様が大胆に施された大振袖だ。
給仕された玉露のお茶を飲んで待っていると、しばらくしたら、松濤のおじいさまが姿を現した。
いつにも増して、不機嫌などころか忿懣やる方なし、の仏頂面でのご登場である。
この年代の人ではかなりの長身だ。さすがに歳を経て肉は落ちてはいるが、なかなか立派な体躯であることには変わりない。
——とても齢八十を超えているとは思えない。圧倒的な威圧感だった。
床の間を背にして大きな座椅子にどかっ、と座した。
わたしも将吾も思わず、座布団を外して脇にやり、きっちりと正座をしなおして、ははーっと平伏する。
——これじゃあ、まるで「公方様の御目見」じゃん。
だけど、わたしたちのような「若造」が雰囲気に呑まれるのも無理はない。
この人の前では……この国の歴代の内閣総理大臣だって、冷や汗たらたらでご機嫌を取るのだから……
「TOMITAホールディングス副社長の富多 将吾と申します。朝比奈会長には、お忙しいところお時間をいただきまして、ありがとうございます」
平伏したまま、将吾が口上を述べた。もちろん、わたしも彼に倣って頭を下げたままだ。
「この度は、私と彩乃さんの件でご心配をおかけし、誠に申し訳ありませんでした」
将吾もわたしも、さらに頭を下げる。もう、土下座状態だ。
「……富多君、面をあげなさい」
公方様——じゃなくて、松濤のおじいさまが厳かに告げた。
「『世界のTOMITA』の御曹司に平身低頭させるとは……それだけで、彩乃は富多家の嫁として失格だな」
松濤のおじいさまの言葉に、わたしは唇を噛み締める。
「いえ、今回の件に関しましては、そもそも彩乃さんがうちを出る羽目になったのが私の不徳の致すところなので、彼女に非はありません」
顔をあげた将吾が、松濤のおじいさまをまっすぐに見据えて言う。
「……なるほど。うちの上の兄貴が見込むだけのことがある面構えだな」
松濤のおじいさまが目を細めた。
「それに、グランドセ◯コーか。……毛唐の血が入ってるわりには殊勝な心がけだな」
わたしが婚約指輪のお返しに贈ったドレスウォッチだ。今や、将吾にとっての「ビジネスパートナー」である。
年配のお偉方との会話の糸口になり、必ずと言っていいほど感心されるから、手放せないようだ。
「どうだ、彩乃なんて、キズモノにされた海洋にくれてやって、新品の女を嫁にしないか?……いくらでも、条件に合う女を見繕ってやるが」
松濤のおじいさまはそう言って肘置きに左腕を置き、ぐっと身体を預けた。
「むしろ……彩乃をキズモノにしたのは……」
改まっていた将吾の口調が、急にぞんざいな普段の物言いに変わる。
「……おれですよ」
——ちょ、ちょっとっ!二人だけのときならいざ知らず、こんなとこでなに言ってんのよっ!?
「古いお方なら『毎晩、同衾している』と言った方がわかりやすいですかね?」
将吾は表情をまったく変えずにしれっと言った。
「今さら、ほかのカラダでは満足できません。おれだけじゃなく……こいつもですよ」
——やーめーてえぇーーーっ!
「顔から火を噴く」っていうのはこういうことでございます、という見本のように、わたしの顔は真っ赤っかになった。
あぁ、もう一生、松濤のお屋敷の敷居は跨げない。松濤のお屋敷の敷居がチョモランマになってしまった。
「毛唐の血が入ってますので、人前であろうと躊躇いなんかありません。この際……本人にはっきりと言わせてもらいます」
将吾はおもむろに、くるりとわたしの方を向いて正座し直したあと、姿勢を正した。
そして——
「彩乃……愛してる。このクソじじいがなんと言おうが、おれの妻はおまえだけだ」
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