26 / 39
運命ってヤツはとことん皮肉だねぇ
しおりを挟む連日この格好で東宮を訪れるのは如何なものだろうか。
そう疑問に感じるが、前を颯爽と歩く芳馨に物申せないまま、香月は東宮の正門近くの部屋に通された。
そこまで広くない室内には壁一面に書棚が誂えてあり、執務机には何冊か読本が積み重ねられている。これが後宮管理官の執務室かと、思わずキョロキョロ見回す。が、はしたないと芳馨に窘められた。
「そういえば聞いたわよ、明日に決まったみたい、姜子豪との密談」
「え…そうなんですね」
さらりと情報共有されたが、香月は驚く。
香月が約束の商人に言伝を頼んだのは今朝、日も高くなる前であったのだが、それからまだ二刻と経っていない。そんなにも早く話がまとまるとは思ってもみなかった。
「俊熙からは香月に言うなって言われてたんだけど、まぁ知ってた方が安全なこともあるから」
「…ん?それってつまり危険な場合もあるってことですか?」
「あらそうね、物は言いようね」
なんだか微妙に誤魔化されたが、芳馨なりの気遣いなんだろうなとわかる。
「…俊熙さまはなんで言うなって仰ったんでしょう」
「さぁ?気になるなら聞いてみれば?ワタシが漏らしたってのも別に言っていいし」
俊熙と芳馨の関係性がなんとなく掴めないが、思ったよりも心理的安全性が確保された関係なんだろうなということがわかった。
「…仲良いんですね」
「……ん?誰が?」
「俊熙さまと、芳馨さま。……というか、みなさま?」
年齢もそれぞれ、役職もそれぞれ違うが、昨日集まっていた人は気心知れた仲のように見えた。
「磊飛さまや雲嵐さまも、とても仲良しだなぁ、って」
「仲良しィ?」
芳馨は執務机の書籍をいくつか物色しながら、素っ頓狂な声をあげて反論する。
「別に仲良しなんかじゃないわよ。目的ががっちり一致してるだけ」
「目的?」
「そ。その目的がぶれない限りはお互い裏切ることはないかなって、信頼はしてるわね」
俊熙、芳馨、磊飛、雲嵐。
香月は四人の様子をもう一度思い浮かべて、なんだかいいなぁとぼんやり思う。
目的を同じくした、いわば同志というものだろうか。いつか、俊熙のことをまるで同志のように感じたことがあるが、きっと芳馨が言っているのはそんな上辺だけの感覚ではなく、もっと信念の奥深くにあるものなのだろうと思われた。であれば香月にとってそれは、恐れ多いが水晶のような存在なのかもしれない。
「なんだか羨ましいです」
ぽつりと言うと、変なものを見る目で芳馨が視線を合わせてくる。
「何言ってんのアナタ、もう片足突っ込んでるじゃない」
「…へ」
「アナタも俊熙の目的に賛同したんじゃないの?ワタシ達はそう聞いてるけど」
「……目的、って」
香月の脳裏に浮かぶのは、あの時廊下で見せた、俊熙の真摯な瞳だった。
『……恩に着る』
『あの方を救うことを選んでくれて』
俊熙は、何よりも太耀を守りたいと願って、香月に依頼をしてきたのだ。きっと目的はそこにある。つまり、芳馨たちも遠からず同じ方向性の目的があるということだ。
「太耀担…」
「ん?」
「いえなんでもないです」
役職に関して言えば恐れ多い、手の届かない存在の人達ではあるが、香月はとてつもない親近感を覚えて嬉しくなった。
「お役に立てるように、私も頑張らないと」
「あら、いい心掛けじゃない。なら、今から始まる特訓も、耐えられるわよね?」
「うっ、……ハイ、努力します」
「よろしい。じゃあ…」
バサリと手に持っていた書物を机に置くと、芳馨は爆弾を投げてきたのだった。
「とりあえず、それ脱いでもらえるかしら?」
*
「ねぇ~俊熙ィ」
雲嵐は天井からぶら下がりながら、執務机で書類仕事をする俊熙に話しかける。
「なんだ雲嵐、私は忙しいんだが」
「わかってるって、明日の密談の為に必死で時間空けようとしてんでしょ?」
「わかってるなら邪魔をするな」
「邪魔じゃないって、結構大事だと思うんだけど」
雲嵐がそう言うと、俊熙は手を動かしたまま口を止めた。続きを言えと、そう言っている。
「現状明らかにしないといけないことって、まず香月の誘拐に加担した人間を全て洗い出して参入禁止にすることと、あとは桔梗殿に居た例の女官の身分と足取りを掴むこと、だよね?」
「……まぁそうなるな」
「たぶん前者は明日の密談で突き止められるじゃん?でも後者って、なんか手考えてんの?」
俊熙はしばらく無言のまま印を書類に押していたが、一段落つくと抽斗から書類の束を取り出し、雲嵐へと掲げた。
スタリと着地した雲嵐がそれを手に取り、無言でめくる。読み進めると、その眉間に皺ができていく。
「マジ?」
「ああ、昨晩芳馨が仕入れてきた」
「……なるほど、お師匠のネタなら確実か」
雲嵐はざっと資料を見終わると俊熙へと戻す。
「夏家って、蝋梅殿の淑妃の生家だっけ?」
「ああ、そして反第二皇子派の筆頭格だな」
「これってそんな誤魔化せるもんなの?参内試験ってガバガバ?」
その言葉に、俊熙は持っていた書類を丸めてぽこんと雲嵐の頭をはたいた。
「滅多なこと言うなよ、雲嵐。宗正寺卿を敵に回す気か」
雲嵐は舌をぺろりと出しておどけて返す。
「ジョーダンだよ冗談」
まぁ半分本気だったけど。
言葉を呑み込んでから、雲嵐は再び口を開く。
「淑妃にはそんな様子なかったから、後宮に影響は無いもんだと安心したのにねぇ~。まさかそんな斜め上の方向から、アタリが出るなんて」
「ああ。しかも夏家は郭家と姻戚関係にある。つまり郭将軍が冬胡と関わりを持とうとしている件とも、夏家が繋がっている可能性が高いな」
「…予定以上に、香月の存在価値が高まってきてる気ィすんね」
「……」
無言になる俊熙を、雲嵐は面白そうに見遣った。
今まで、こんな風に罪悪感でいっぱいの俊熙の表情を見たことがない。初手から服毒事件で香月を可哀想な目に遭わせてきた負い目があるらしいが、そうは言ってもこれまでの俊熙からは考えられないほどの配慮だと思う。結局は香月も女官であり、皇族に遣える身であることは間違いない。その辺りいつも割り切っている俊熙の、『らしさ』が無いなと感じるのである。
「ねぇ、ホントに香月のこと何とも思ってないの?」
軽く問うてみたが、俊熙は不機嫌そうに眉を寄せて雲嵐を睨みつけてきた。
「まだ言ってるのか」
「だってサ~、みんな言ってんじゃん、珍しいって」
「…作戦に女官を入れたことから既に例外なんだ、仕方ないだろう」
まぁそれもわからなくもない。なんだかんだ言って俊熙は優しいし、情に厚い男なのである。
「それに、私は誰かを娶る気も添い遂げる気もない」
目を伏せ、当たり前のことのように言う俊熙に、雲嵐は可哀想だなと素直に思った。幸せになるべき人物なのに、生まれや経歴のせいでそれが『普通』に出来ない男。
ハナから自由な雲嵐と違って、成し遂げるべきことや背負ったものの重さを一身に受け止めて向き合っている俊熙に、改めて尊敬の念を抱いた。
「でもサ、太耀サマが即位して俊熙が自由になれば、妻を迎えることだって出来るわけじゃん?願うのは自由…」
「雲嵐」
強い口調で止められて、雲嵐は口ごもる。
俊熙の瞳には強い光が宿っていた。
「太耀様が即位されれば、そこからまた新しい使命の始まりだ。終わることはない」
それは本気の言葉だとわかる。わかるからこそ、雲嵐はやるせない気持ちになる。
俊熙がぽいと机上に置いた書類に、視線をやる。
香月はきっと、俊熙に惹かれているんだろう。そんなの見ればわかる(わかっていないのは多分俊熙と筋肉馬鹿の磊飛だけだ)。
そもそもが身分違いではあるのだが、こんなに俊熙が心の割合を割く女は香月が初めてだった。
雲嵐は、俊熙に大きな恩がある。
幸せになって欲しいとも思う。
だからこそ、香月には期待している部分があるのだが。
「運命ってヤツはとことん皮肉だねぇ」
雲嵐は独り言のように、そうぽつりと呟いた。
目線の先、書類の一番上には、『反第二皇子派一覧』という文字と、『夏水晶』という文字が踊っていた。
0
あなたにおすすめの小説
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
冷たい王妃の生活
柴田はつみ
恋愛
大国セイラン王国と公爵領ファルネーゼ家の同盟のため、21歳の令嬢リディアは冷徹と噂される若き国王アレクシスと政略結婚する。
三年間、王妃として宮廷に仕えるも、愛されている実感は一度もなかった。
王の傍らには、いつも美貌の女魔導師ミレーネの姿があり、宮廷中では「王の愛妾」と囁かれていた。
孤独と誤解に耐え切れなくなったリディアは、ついに離縁を願い出る。
「わかった」――王は一言だけ告げ、三年の婚姻生活はあっけなく幕を閉じた。
自由の身となったリディアは、旅先で騎士や魔導師と交流し、少しずつ自分の世界を広げていくが、心の奥底で忘れられないのは初恋の相手であるアレクシス。
やがて王都で再会した二人は、宮廷の陰謀と誤解に再び翻弄される。
嫉妬、すれ違い、噂――三年越しの愛は果たして誓いとなるのか。
皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜
百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。
「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」
ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!?
ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……?
サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います!
※他サイト様にも掲載
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる