シーフな魔術師

極楽とんぼ

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卒業後

1284 星暦558年 橙の月 24日 保存(5)

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 シャルロとアレクを先に歩かせて、俺がさりげなく数歩遅れたところを他人のふりをして歩く。
 シャルロはお坊ちゃん丸出しだし、アレクもそれなりに良い商家の人間っぽいから、スリを誘き寄せるには最適なんだよね。見知らぬ街の道案内をさっさとゲットするのに、向いている。
 そこに俺が一緒に居ると警戒されるのか、狙われる確率がぐっと下がるんだよね。
 どちらにせよ、後ろから歩いている方が狙ってきたガキを捕まえやすいし。

 という事で二人があちこちの店を覗き込みながら歩いていたら、2件目の店を出たところでどうやら狙いを付けられたっぽい感触があった。
 右側の裏通りの出口からこっそり熱心にかつ別の方向を見ているふりをしながら貧しそうな格好のガキが、二人の様子を伺っている。

 うん、まだそこそこ若くてすれてなさそうだから、あれで良いかな。
 元々、スリっていうのは夜にふらふら歩いている連中をぶん殴ってひったくりや強盗が出来ない小柄なガキが育つまでの間にやる仕事に近い。
 大人になったのにスリになっているようなのは腕がいい上に色々とコネがありすぎて下手に関りを持つと危険な罠に誘い込まれかねないし、こちらを向こうの都合がいい様に誘導しようとする。
 ガキの方がある程度は用心深くて情報を集めているにしても、金を貰えたらそれに応じて情報を出す単純な取引で満足するから安全なんだよな。どうせ儲けすぎてもその大半を縄張りで幅を利かせている大人に奪われるし。
 大人になると欲をかいて大金を手に入れてもそれを奪われない自信があるから、欲張りになる。
 まあ、そのせいであっさりナイフを背中(もしくは正面から)刺されて道に転がることになるスラムの人間は多いんだけどな。

 俺がスラムにいた時期だって、金が足りなくて餓死や凍死したガキは多かったし、金を持っているせいで大人に目を付けられ、奪われるのをうっかり抵抗して殺される子供もうんざりする程いたが、ナイフで刺されて殺されるのは大人の方が多かった。
 それでもスラムで成人できるガキは少ないけど。
 そう考えると、ジルダスやケッパッサのスラムから少年を少しずつパストン島に連れて行っているのって、善行だよなぁ。

 まあ、それはさておき。
 さりげなくシャルロに近寄ってポケットに手を伸ばしたガキの腕をつかむ。
「こらこら、何をやっている。
 人の財布に手を伸ばすのは危険な行為だと教わらなかったのか?」
 ぎょっと一瞬身を竦めて逃げようとしたガキの腕をしっかり握ったまま軽く曲げることで振り払えないようにしながら声を掛ける。
「離せ!
 ちょっとぶつかりそうになっただけだろう!」
 ガキがわめく。

「いや、ぶつかりそうになっても手をポケットに延ばさんだろう。
 ぶつかるのはわざとらしくてダメだが、手の伸ばし方がちょっと目立ったぞ。
 まあ、それはさておき。
 俺たちはこの町に馴染みがないんだ。
 俺たちが求めるような品揃えと値段が良心的な良い店を紹介してくれたら、警吏に突き出さない上に昼食を買ってやるし、最後に銅貨3枚出してやるぞ」
 ガキに提案する。

 銀貨1枚出したって別に大した出費じゃないし、良い店を教えてくれたらボーナスを出してもいいのだが、それほど腕の良くないスラムのガキが銀貨1枚を貰っても碌なことにはならない。
「……本当か?」
 ガキが暴れるのを止めて俺を疑わしそうに睨んだ。
「お昼は屋台だけどね~。
 美味しい屋台を教えてくれたら、君の分も買ってあげるよ?
 色んな商品を良心的な値段で置いている良い店を教えてくれたら、夕方に解散する前に売れ残りがある屋台で追加でちょっとオマケを買い上げて渡してあげてもいいかも?」
 シャルロがニコニコしながら付け足す。
 こう云う時ってアレクよりもシャルロの方が交渉が上手くいくんだよな。
 やっぱおっとり大らかなお坊ちゃんな様子に安心感があるんだろう。

「分かった。
 手を放せよ」
 じろっと俺を見ながらガキが要求する。

「ちなみに俺たちは魔術師だ。
 未遂のスリ程度を根に持つつもりはないが、合意した交渉を破られるのは腹が立つからな。
 案内が終わったら、その髪の毛の色を元に戻してやろう」
 擬態《イルズ》の術の変型版でガキの髪の毛を物凄く目を引く赤に変えてから、手を放す。
 ぼさぼさな前髪が視界に入ったのが、ガキがびっくりしたようにそれを指で引っ張ってみた。

「なんだこれ?!」
「お前が逃げないための保険さ。
 俺たちを案内する分には目立つ髪の色でも構わないだろ?」
 この色じゃあ記憶に残りすぎて絶対にスリとしては働けないが。

 分かれるときにちゃんと術を解除すると言ってあるから、これで途中で逃げようとしなくなるだろう。
 逃げても10日程で術が勝手に解けるけど、そんなことは知らない筈。


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