シーフな魔術師

極楽とんぼ

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卒業後

1302 星暦558年 橙の月 30日 保存(23)

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「酢やチーズや酒の発酵を魔具で早めるのって需要があるかなぁ?」
 シェイラが先日東大陸から持って帰ってきた海賊船をまた調べたいと言っていたので、今日はヴァルージャに迎えにきて朝食後に王都へ向かう予定だ。
 魔術院の支局の傍の喫茶店でノンビリ朝食を楽しんでから王都に戻るのはどう?と提案したのだが、宿でささっと終わらせてさっさと王都で海賊船を調べたいと言われたので、いつもの宿で卵焼きとソーセージを食べている。

「発酵を早める魔具?」
 パンに蜂蜜バターを塗りながらシェイラがちょっと目を丸くして聞き返してきた。
 シャルロほど甘い物が好きって訳じゃあないんだが、シェイラも蜂蜜バターは好きなんだよなぁ。
 どこかで見かけたらお土産にいいかも?
 基本的に休息日にしか会わないので食い物を土産にしようという考えはなかったが、蜂蜜バターならば適度に冷やしておけば悪くならないだろう。多分。
 ……一度、宿のおかみさんにでも確認するべきかも?

「アファル王国の船の士官や魔術師とか役人があっちで暫く拘束されたって話をさらっとしただろ?
 そん時に使われていた魔具が、眠らせた人の時間を遅らせるのか、食事なしで2日ぐらい眠らせておいても栄養失調にならないぐらいな効果があるんだ。
 これに関しては国の研究所が調べるから研究所に入る気があるんじゃない限り手を出すなってそれとなく釘を刺されたんだが、対象の時間の流れか何かを遅らせる効果がある魔具なら、食材とか薬とかの保存にも使えるかな?と思って幾つか似たような機能を持った魔具やそれの故障品らしきものをこないだ東大陸で入手して、実験したんだ。
 そうしたら故障していたっぽいのを治して作った試作品の一つが何故か腐敗を遅らせるのではなく早める効果があるのが出来てね」
 ちなみに腐敗が遅れる効果があるかも?と思われるのは生肉や桃を入れ直し、保存庫《フリッジ》と比べてどの程度違いが出るかを時間をかけてテスト中だ。
 取り敢えずまだ昨日の夕方の時点では保存庫《フリッジ》と大して違いは出ていない。

「ふうん?
 保存庫《フリッジ》よりも魔力消費量が減るとか、効果が強いならば腐敗を遅らせる方が早めるよりは需要が多そうだけど、早めるっていうのも珍しいと言えば珍しいわね?」
 シェイラが蜂蜜バターを塗ったパンを一口サイズに千切りながら言った。
 パンを口に放り込んで暫く考え込んでいる。
 口の中に食料が入った状態で話すのは品がないって魔術学院で教わったし、シェイラもそう教わって育ったのか口の中の物を飲み込むまで話さないんだよなぁ。
 見た目はその方が良いっていうのは分かるんだが、お陰で食事中の会話が遅くってちょっとまどろっこしい。

 かと言って食事中に何も会話をしなかったら沈黙が微妙だ。
 さっさと色々と話したいことを始めちゃいたいし。
 中々難しい。
 シェイラとも、清早とみたいに念じるだけで話し合えたら楽なんだけどなぁ。
 まあ、周囲から見たらむっつり黙り込んだ男女が黙々と食事を食べているのってあまり仲良くしているように見えなくて変な誤解を招きかねないが。

「それって発酵を早めて美味しく出来上がるの?
 美味しい酒が熟成の時間を掛けずに元になる葡萄なりその他の食材を収穫して短時間で酒になるなら喜ぶ人は多いとは思うけど、単に早く出来るだけで味が微妙っていうんだったら態々高額な魔具を使って作っても買い叩かれて、ダメなんじゃないかしら?」
 シェイラが指摘した。

 確かアレクも似たようなことを言っていたよなぁ。
「どっかの醸造工房にでも貸し出して、美味しく使える方法を見つけられるか、実験してもらうかな?
 そこに技術を秘匿されたら買ってくれるところが無くて意味がないかもだが」
 俺たちが実験に関わる費用を出して、最初から発見した使用法は魔具の購入者に公開するって契約しておけば良いだろうか。
「簡単に牛乳とかをチーズみたいな出荷しやすい形に加工できるっていうのだったら喜ぶ農家がいるかも?
 じっくり熟成させたチーズは美味しいし高額で売れるけど、毎日牛から絞った乳を保管するのは場所的にも大変でしょうから、余って捨て値で売る羽目になる牛乳を一部を安いチーズとしてちょっと離れた町で売れるようにするぐらいだったら喜ぶ農家や領主もいる可能性はあるんじゃないかしら」
 シェイラが提案した。

 なるほど。
 農家だったらオレファーニ侯爵家の領地とかで実験したらいいかも?
 シャルロに親父さんや兄貴さんに試用を押し付けられないか、話してみるか。

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