シーフな魔術師

極楽とんぼ

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卒業後

1307 星暦558年 桃の月 8日 保存(28)

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「やっぱ保存機能に関しては瘴気が出ないように改造した魔術回路じゃダメっぽいね~?」
 元気に動き回って胡桃を齧っているネズミを見て、シャルロが溜息を吐いた。
 何度か条件を変えて繰り返し実験してみたのだが、元々ちゃんと(?)機能していた呪器の魔術回路から瘴気が出る部分を抜いた奴はネズミを眠らせて入れても多少起きる時間が遅れるかな?という程度で、しかも実験を繰り返すうちに耐性を得るのか効果がどんどん減ってしまった。
 まあ、もしかしたらしょっちゅう寝させる実験をやっているせいで睡眠過多で直ぐに起きるようになってしまっているだけかもだが。

 どちらにせよ、生き物用の呪器は手を出しちゃいけないって話だったのだ。こっそり結果を知りたかった実験も、ある意味失敗したことで惜しいと思わなくて済んで良かった。

「レバー肉や桃に関しても、多少は腐敗が遅れるようだが保存庫《フリッジ》の方が費用対効果が良かったから、更に研究してよりいい物を作り上げられるかはかなり怪しいから、諦める方が良いだろう」
 アレクが溜息を吐きながら合意した。
 そう。
 何重にも強化したがっつりと魔力を使う魔術回路だったら一応保存庫フリッジより効果が多少は高いのも作れたんだけど、魔力消費量が保存庫《フリッジ》の倍ぐらいになったからね。
 それだったら保存庫《フリッジ》の魔術回路そのものを改善して魔力の消費量を減らす方が多分お得な魔具が作れるだろう。
 今でも最初にあれを開発したクリタス・ヴァルトの孫かひ孫?が保存庫《フリッジ》の魔術回路を改善してより使用者の要望に適してしかも魔力消費量が少ない物を作ろうと頑張っているらしいし。

 これは俺も知らなかった事だが、色々と試作品を作っている間にアレクがシェフィート商会の方から情報を仕入れてきた。
 まあ、クリタス・ヴァルトの子孫の連中にも創業者ほどの鬼才は居ないのか、最初の保存庫《フリッジ》ほど画期的な機能のある改造版は作れていないらしいが。

「そういえば、王立研究所のお偉いさんと研究者が闇の神ルシャーナの神殿に瘴気のことに関して相談に行ったらしいぜ。
 やっぱあっちでも、瘴気を出ないようにしたうえで元の呪器並みの効果は出せなかったようだな」
 学院長と話した後、王立研究所がどうするのかちょっと気になったので、先日盗賊シーフギルドの長に東大陸の土産話を持っていくついでに彼の知り合いの副神殿長経由ででも、王立研究所が神殿に東大陸の呪器に関して相談しに行っていないか、聞いてもらったのだ。

 盗賊《シーフ》ギルドは誘拐や人身売買にはかかわらないから、長期期間にわたって食事や水を与えなくても生きたまま眠らせておける呪器の存在は利用価値がある物ではない。
 というか、下手にそんなものを盗むように依頼されて渡した後に悪用されたら却って問題になりかねない。という事で、有用な情報を与えた報酬として神殿の方の話を集めるのも無料でやって貰えた。

「へぇぇ?
 ちなみに魔獣化しちゃった生き物を精霊では元に戻せないって研究所の人たちも分かっているよね?
 もしくは神殿から教えてもらえたか」
 シャルロが少し首を傾げながら言った。

「おや?
 蒼流でもダメなんだ?
 王都を洗い流したみたいな感じで、ざぶざぶ水垢離させたらなんとかなるのかも?とも思っていたんだが」
 アレクがちょっと興味を惹かれたように尋ねる。

 あのヤバい薪が出回った時に魔獣化したのは小さな動物ばかりだったからな。
 水垢離なんぞしようにも溺れ死んじまうことが多すぎて、ちゃんとした実験は出来なかったと聞く。
 というか、特に誰もそれほど本気で魔獣化した動物を元に戻そうとは実験しなかったんじゃないかな?
 ネズミ程度、どうせ殺すんだしという事で危険だから見つけ次第処分したのが殆どだったから、数少ない生け捕りで来たのを精霊の出した水につけてみても気付いたら死んでいた程度の話だった筈。

「前回みたいな丸洗いを王都研究所から頼まれるかな~と思って蒼流に一応聞いてみたら、水洗いで穢れがほぼ抜ける建物や道具と生き物は違うんだって。ちょっと精神的に瘴気に当てられて変になっていた程度なら治るけど、肉体に変異が起きるぐらい瘴気まみれになった場合は精霊の水で洗い流そうとしても苦しんでのたうちまくった挙句に死ぬだけなんだって」
 シャルロがあっさり教えてくれた。

 そっかぁ。
 じゃあ、水垢離しようとして死んでいた魔獣化したネズミたちって、普通にうっかり溺れたのではなく、精霊の清める水が劇薬的な効果があって死んだ訳なんだな。
 安易に誰かが人体実験して、シャルロや俺に泣き付いてくる前に分かって良かった。

「闇の神ルシャーナ様から、『瘴気は利用すべからず。あれに侵された上での変異は不可逆である』という神託を神殿長が受けたらしい」
 要は蒼流と同じことを言った感じだな。

「そっか。
 じゃあ、あっちもあの呪器を使って人間を眠らせて体内の時間を遅らせるのは諦めるかな?
 まあ、諦めないにしても瘴気は除くようにするだろうから、安心だね」
 シャルロが言った。

「俺たちは、取り敢えず保存庫《フリッジ》モドキの制作は諦めて、醸造や発酵に使えないかあちこちに試作品をばら撒くか」
 役に立つかどうか、結果が出るのに数週間から数か月はかかりそうなのが困ったところだが。

「もうすぐ年末だし、試用を頼んだ後は適当に各種報告書とか書類の整理でもやって、あとは遊べばいいんじゃないか?
 きっと実験を頼んだ農家とか醸造工房の人たちも、年末に向けた時期にそれ程熱心に実験はしてくれないと思うし」
 アレクが指摘する。

 あ~。
 報告書とか書類の整理かぁ。
 それがあったんだっけ。



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