シーフな魔術師

極楽とんぼ

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卒業後

471 星暦554年 黄の月 6日 転移箱(4)

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ウィルの視点に戻りました。

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「試作品を探すのはまあ良いとして、魔術回路の写しは相手がとんでもなく馬鹿で試作品と一緒に保管していない限り、絶対に見つからないぜ?
魔術回路があれば魔道具を作るのは比較的簡単なんだから、諦めた方が良くないか?」

前回ジェルデ号で諜報員から情報を受け取りに行った際に一緒になった軍の情報部の男と一緒に15隻目の船を降りながら思わず率直な疑問を投げかけた。

結局、今回の騒動はアレクでもびっくりするほどの補償金が『アイディアの無断流用』に関して払われることになった。
そして港で足止めしている船の中での試作品探しだけでもやってくれないかという学院長からのお願いは、成功報酬金貨400枚で請けることになった。
ちなみに、見つからなくても金貨300枚は貰えることになっている。
なんかもう、金に関する感覚が麻痺しそうだぜ・・・。
俺がそんだけよこせと請求した訳じゃあ無い。
俺は別に400枚なんて大それた金額でなくても良かったのだが、1隻金貨10枚と言うことで学院長が王宮にふっかけ、それで合意されたらしい。

まあ、実際に船を隅から隅まで虱潰しに探そうとしたらそれなりの人員と時間がかかるから、軍部にとっては総合的なコストはあまり変わらないのかも知れないが。

お陰で昨日の夕方に前金半分を受け取ってから、ひたすら船を見て回っている。

意外なことに小さめな船でも魔道具が使われているため、思っていたほど早くは作業が進んでいない。
ついでにサービスとして隠し引き出し等に書類が入っているのが視えたらそれも教えていたら、そちらの書類を確認する為に更に情報部(多分?)から人が追加投入されていた。
お陰で俺の調査が終わったのに足止め喰らっている船が多くて、港の混雑は全く解消されていない。

最初に学院長が1隻金貨10枚と提案した時には『良いんかよ???』と驚き、学院長が余程今回の件について怒っているんだなぁと思っていたのだが、やり始めてみたら思っていたよりも大変だ。

大きめの船には建造時に保護や防水、固定化の術が掛けられている為に魔道具を探すのにもちょっと集中する必要があるし。
探しやすいように船の上を歩き回っているお陰で、いい加減足も痛くなってきた。

「盗まれた魔術回路にはまだ試作品を作った際の工夫や修正を反映していなかったとのことだから、試作品を回収出来れば開発をそれなりに遅らせられるというのが魔術院の開発者の見解だ。
だからせめて試作品だけでも見つけなくちゃならないんだが・・・船で持ち出そうとしているかどうかも分からないからなぁ」
ため息をつきながら男が答えた。

王都の港が直ぐ封鎖される可能性を考えて、盗んだ奴も馬で別の港町へ行ってそこから船に乗ったんじゃ無いのかね?
流石にアファル王国から陸伝いで逃げようとしたら時間が掛りすぎるかも知れないが、王都から馬鹿正直に船を出さない可能性は高い気がする。

まあ、俺の契約は船を1隻ずつ調べていくことだ。
出来れば見つかってくれる方がちゃんと仕事をしたと証明しやすいんで助かるんだがねぇ。
失敗したら残りの報酬が半減するし。

昨晩は眠くて頭がクラクラしてくるまで働き、今朝も碌に朝食も食べずに日の出から働き続けているのでいい加減疲れた。

しかも。
家まで戻る時間が勿体なかったので港にある宿屋で休んだのだが・・・どうもノミがいたらしくてあちこちが痒い。

起きてからは虫除けの術を使ってノミを排除したが、寝る前に虫除けの術を部屋に掛けなかったのは失敗だった。
疲れていたし、見た目はそこそこ清潔そうだったから・・・油断した。

「ちょっと腹が減ったから、休ませてくれ。
心眼《サイト》の使いすぎで頭も痛くなってきたし。
パンにハムを挟んだだけの朝食じゃあ足りないから、何か屋台の物でも食わせてくれ」
心眼《サイト》だって多少なりとも魔力を使うので、エネルギーの補充が必要なんだ。
たたき起こされた料理人が寝ぼけなまこで切った前日のパンにハムを挟んだだけの朝食じゃあ足りねえ・・・。

「そうだな。
何か顔色も悪くなってきてる気がするし、ちょっと休もう」
軍部の男が俺の顔を覗き込んで、合意した。

え~?
もしかして、そんなに俺の顔色って悪い??
急いで船の中の隠し場所や魔道具を探しまくっているから、心眼《サイト》に集中して使い続けてかなり疲れてきたが、見た目で分かるほど疲労しているとは思わなかったが。

まあ良い。
文句を言われずに休めるなら助かる。

「ほらよ」
ぼ~と適当に積んであった箱に座って休んでいた俺の前に、薄切りした肉と細かくちぎった野菜(多分)を包んだガレットが差し出された。

「お、ありがと」
今回のは早朝の朝食と違って暖かい。
しかも美味しいし。
情報部っていうのは港近辺の美味しい屋台とかも知っているんかね?
まあ、それなりに人が並んで居る所を選べば極端に外れはないのかもしれないが。
何にせよ、有り難い。

「しっかしさぁ。
幾ら試作品を回収出来たとして、そして盗んだ奴らが滅茶苦茶馬鹿で魔術回路を一緒に保管していたからそれも回収出来たとしても、それこそ完成した魔術回路を魔術院から写し取れば魔道具なんて簡単に模倣できるの、分かってるんだよな?
ここまでやるのって無駄じゃね?」
最後の一切れを飲み込み、水を出して手を洗いながら軍部の男に尋ねた。

魔術回路を盗んで勝手に魔道具を作って売り出したら後で色々面倒なことになるから、俺達は正規の方法で魔術回路を調べて入手している。だが、魔術院の防犯の仕組みなんて俺じゃ無くても盗賊《シーフ》ギルドの中堅どころな奴だったら大して苦労せずに突破できる。

他国の諜報員が狙っているのだとしたら、そいつらが盗賊《シーフ》ギルドの見習い以上の人間よりも腕が劣るとは考えにくいし・・・腕が悪いとしても金さえあれば、盗賊《シーフ》ギルドに依頼して模写させれば良いだけの話だ。

今回は模写せずに盗んだ人間が馬鹿だったが、この失敗に懲りて次回以降は盗まずに模写だけすれば、情報を盗まれたことすら分からないだろう。

「まあ、魔術院や技術院の防犯取り組みは見直させる予定だが・・・少なくとも我が王国よりも先に他国で完成させないことに意義はある」
小さく肩を竦めながら軍部の男が答えた。

ふ~ん。
まあ、良いけどね。
どうやら必死に探したいが為にアレクのアイディアを流用したことを認めて補償してくれるようだから、『無駄じゃね?』と俺が密かに思っているにしても俺達にとっては損は無い話だし。

そんじゃあまあ、次の船にとり掛りますか。


【後書き】
金貨1枚=6万円相当なので、1隻調べるのに60万円。
40隻で2400万円。中古の家なら買えちゃいそうですね~。

まあでも、人海戦略だったら大きな船を調べようと虱潰しに調べようとしたら1隻でもかなりの人数が必要になる上に時間もかかるので、時間との費用効果も兼ね合えて考えれば王宮の方はぼったくられているとは思っていないのであっさり合意しました。

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