70 / 1,309
魔術学院2年目
069 星暦550年 緑の月 12日 早すぎ・・・(アレク2)
しおりを挟む
「僕って騙されやすいと思われているみたい」
そりゃそうだろう。
◆◆◆
ウィルがさりげなく姿を消した。
父が盗賊ギルドに話を通したことにする為にも、父に連絡をした方がいいだろう。
だがその前に、パニックになっているであろう少年を眠らせた方がいいかもしれない。
盗賊ギルドの人間の顔を見てしまっては不味いだろうし、金庫室を開けるのにどれだけ時間がかかるのか分からないから出来るだけ無駄に空気を使わせない方がいい。
「シャルロ。中の少年に眠りの術をかけられる?」
施錠の術と固定化の術を何重にもかけた金庫室の中に入っている見知らぬ少年に術をかけるのは容易なことではない。だが、ウィルに『すげーぞ』と言わせた精霊の加護があるシャルロならば中の少年に術を届けさせることが出来るだろう。
・・・いざとなれば水精霊に頼んで金庫室の中で実体化して少年を殴って気を失わせてもらってもいいし。
「うん、分かった」
シャルロがそちらに専念している間に店長補佐から紙を貰い、父へ子供が閉じ込められて命が危ないので盗賊ギルドに金庫破りを依頼する件を伝え、それが父経由で依頼されたことにしておいて欲しい旨を記した。
一度破られた金庫って施錠の術をかけ直す必要があるのだろうか?
というか、金庫が無理やり開けられた場合って施錠の術は残っているのか?
・・・後で詳しい報告をする際に父に確認しておこう。
紙を折り畳み、式化の術をかけて父へ飛ばす。
「盗賊ギルドの人ならこれ開けられるって?」
シャルロが後ろから静かに囁いてきた。
「うん?」
主語をつけてくれよ、主語を。ウィルが盗賊ギルドの人間だったって知っているのか、シャルロは?
今それを知ったとしてもシャルロのウィルに対する態度が変わるとは思えないが、これはウィルの秘密だ。私の為に一肌脱いでくれるというのに勝手に秘密を暴く訳にはいかない。
「ウィルだよ。さっき出て行ったじゃない」
「・・・知っていたのか」
シャルロが小さく肩をすくめた。
「僕の家族って過保護なんだよねぇ。ウィルと仲良くなった時に下町のギルド全部に聞き込みしたらしい」
「全部とは・・・凄いな」
貧しく、熾烈な競争があるからこそ下町にはギルドが多い。それ全部に聞き込みをするとは・・・いかにシャルロが大切にされているか、改めて思い知らされた気分だ。
「僕って騙されやすいと思われているみたい。ちゃんと人を見る目はあるのに」
いやいやいや。そのノンビリさでは、見ていて不安を感じる家族の気持ちも十分共感出来るぞ。
「まあ、ウィルも精霊に選ばれたんだ、シャルロの家族もそれで安心したんじゃないか?」
「まあね。でもさ、精霊は自分に正直で屈折していない人が好きなんだ。別に自分に正直だからって他人に優しいとか誠実であるとは限らないんだよね」
ちょっと不満げにシャルロが答えた。
・・・自分に正直に、人のモノが欲しいから奪ったり殺したりする人間も精霊に好かれると言う訳か?
ちょっとショックかも。
「ま、苦労しただろうにウィルは普通にいい奴だよな」
シャルロが返事をする前に、父のところにストックしておいた私の元へ来るように設定されていた式化の紙が飛んできた。
『分かった』
相変わらず、言葉の少ない人だ。話す時にはあれだけ饒舌なくせに、何だってモノを書かせるとこうも文字を惜しむのか、不思議だ。
とりあえず、これで部屋の皆を追い出せる。
「父が盗賊ギルドの伝手を使って専門家をよこしてくれるとのことだ。
ここに人がいては困るとのことなので、皆はいったん帰ってくれ。ダーンズ、アルガンの奥さんに息子さんがちょっと帰るのが遅くなると伝えておいてくれ。息子さんを無事救出してから私が直接説明しに行くから、余計なことは言わないように。何も出来ない状態で中途半端に教えても心配する心労が増えるだけだからな」
幸いダーンズは無口なほうだ。余計なことをペラペラ話したりはしないだろう。
「いくら盗賊ギルドの人間でも、下準備もなしにこの金庫室を開けるのは難しいです。もしもの時の為に私が残りましょう」
ウォルドが進み出てきた。
「ありがとう。だが、施錠の術も固定化の術も、解除に1日はかかるのでしょう?もしもギルドの人間が開けられないようでしたら、危険はありますが力技でこちらの彼の守護精霊に金庫を破ってもらいますから大丈夫です」
だからさっさと帰れ。
ウォルドだけでなくフェニスも残りたげな顔をしていたが、無言で見つめていたら諦めて帰った。
「上のキッチンでお茶でも飲んでいるか」
誰もいなくなった部屋を見回しているシャルロを誘い、上のキッチンへ向かった。
施錠の術が終わった後に食べるつもりだったのか、クッキーが置いてある。
誰のか知らないが、ありがたく頂いておこう。
「で、盗賊ギルドはウィルのことを何と言っていたんだ?」
お茶を淹れながらついでにシャルロに尋ねる。
「『友情も親愛の情も分かる、常識的な善悪の感覚を持った人間です』だって。変な返事だよね?」
ぱくり!と音がしそうな勢いでシャルロがクッキーを口に入れる。
そう言えば、夕食がまだだったっけ。私もお腹が空いたぞ。
「下手に『あなたの子供を裏切りません』なんて言ってもしものことがあっても困ると思ったんだろうね」
「裏切りも詐欺も、下町の専売特許と言う訳では無いんだがな」
突然、後ろから声がした。
「クッキーいる?」
シャルロがウィルに向かってクッキーののったお皿を差し出した。
「ありがと。ガキんちょは寝ているようだが、起こすか?」
クッキーをつまみながらウィルが指したソファに、子供が寝ていた。
「・・・もう終わったのか?!」
最新式なのに?!?!
ウィルが小さく肩をすくめて更にクッキーを取る。
「開けた奴の話だと、以前の型の方が実は開くのに時間がかかったらしいぜ。何でも昔のよりも無駄のない構造になって開けやすくなったんだってさ。
ま、本当に盗まれたくないモノっていうのは『持っている』事実を人に知られないようにするのが一番だ。本当に資金価値のあるものは金庫に入れていたらいつかは盗まれるに決まっているんだ、あまり過信しないことだな」
そのアドバイスは参考にさせてもらうよ・・・。
そりゃそうだろう。
◆◆◆
ウィルがさりげなく姿を消した。
父が盗賊ギルドに話を通したことにする為にも、父に連絡をした方がいいだろう。
だがその前に、パニックになっているであろう少年を眠らせた方がいいかもしれない。
盗賊ギルドの人間の顔を見てしまっては不味いだろうし、金庫室を開けるのにどれだけ時間がかかるのか分からないから出来るだけ無駄に空気を使わせない方がいい。
「シャルロ。中の少年に眠りの術をかけられる?」
施錠の術と固定化の術を何重にもかけた金庫室の中に入っている見知らぬ少年に術をかけるのは容易なことではない。だが、ウィルに『すげーぞ』と言わせた精霊の加護があるシャルロならば中の少年に術を届けさせることが出来るだろう。
・・・いざとなれば水精霊に頼んで金庫室の中で実体化して少年を殴って気を失わせてもらってもいいし。
「うん、分かった」
シャルロがそちらに専念している間に店長補佐から紙を貰い、父へ子供が閉じ込められて命が危ないので盗賊ギルドに金庫破りを依頼する件を伝え、それが父経由で依頼されたことにしておいて欲しい旨を記した。
一度破られた金庫って施錠の術をかけ直す必要があるのだろうか?
というか、金庫が無理やり開けられた場合って施錠の術は残っているのか?
・・・後で詳しい報告をする際に父に確認しておこう。
紙を折り畳み、式化の術をかけて父へ飛ばす。
「盗賊ギルドの人ならこれ開けられるって?」
シャルロが後ろから静かに囁いてきた。
「うん?」
主語をつけてくれよ、主語を。ウィルが盗賊ギルドの人間だったって知っているのか、シャルロは?
今それを知ったとしてもシャルロのウィルに対する態度が変わるとは思えないが、これはウィルの秘密だ。私の為に一肌脱いでくれるというのに勝手に秘密を暴く訳にはいかない。
「ウィルだよ。さっき出て行ったじゃない」
「・・・知っていたのか」
シャルロが小さく肩をすくめた。
「僕の家族って過保護なんだよねぇ。ウィルと仲良くなった時に下町のギルド全部に聞き込みしたらしい」
「全部とは・・・凄いな」
貧しく、熾烈な競争があるからこそ下町にはギルドが多い。それ全部に聞き込みをするとは・・・いかにシャルロが大切にされているか、改めて思い知らされた気分だ。
「僕って騙されやすいと思われているみたい。ちゃんと人を見る目はあるのに」
いやいやいや。そのノンビリさでは、見ていて不安を感じる家族の気持ちも十分共感出来るぞ。
「まあ、ウィルも精霊に選ばれたんだ、シャルロの家族もそれで安心したんじゃないか?」
「まあね。でもさ、精霊は自分に正直で屈折していない人が好きなんだ。別に自分に正直だからって他人に優しいとか誠実であるとは限らないんだよね」
ちょっと不満げにシャルロが答えた。
・・・自分に正直に、人のモノが欲しいから奪ったり殺したりする人間も精霊に好かれると言う訳か?
ちょっとショックかも。
「ま、苦労しただろうにウィルは普通にいい奴だよな」
シャルロが返事をする前に、父のところにストックしておいた私の元へ来るように設定されていた式化の紙が飛んできた。
『分かった』
相変わらず、言葉の少ない人だ。話す時にはあれだけ饒舌なくせに、何だってモノを書かせるとこうも文字を惜しむのか、不思議だ。
とりあえず、これで部屋の皆を追い出せる。
「父が盗賊ギルドの伝手を使って専門家をよこしてくれるとのことだ。
ここに人がいては困るとのことなので、皆はいったん帰ってくれ。ダーンズ、アルガンの奥さんに息子さんがちょっと帰るのが遅くなると伝えておいてくれ。息子さんを無事救出してから私が直接説明しに行くから、余計なことは言わないように。何も出来ない状態で中途半端に教えても心配する心労が増えるだけだからな」
幸いダーンズは無口なほうだ。余計なことをペラペラ話したりはしないだろう。
「いくら盗賊ギルドの人間でも、下準備もなしにこの金庫室を開けるのは難しいです。もしもの時の為に私が残りましょう」
ウォルドが進み出てきた。
「ありがとう。だが、施錠の術も固定化の術も、解除に1日はかかるのでしょう?もしもギルドの人間が開けられないようでしたら、危険はありますが力技でこちらの彼の守護精霊に金庫を破ってもらいますから大丈夫です」
だからさっさと帰れ。
ウォルドだけでなくフェニスも残りたげな顔をしていたが、無言で見つめていたら諦めて帰った。
「上のキッチンでお茶でも飲んでいるか」
誰もいなくなった部屋を見回しているシャルロを誘い、上のキッチンへ向かった。
施錠の術が終わった後に食べるつもりだったのか、クッキーが置いてある。
誰のか知らないが、ありがたく頂いておこう。
「で、盗賊ギルドはウィルのことを何と言っていたんだ?」
お茶を淹れながらついでにシャルロに尋ねる。
「『友情も親愛の情も分かる、常識的な善悪の感覚を持った人間です』だって。変な返事だよね?」
ぱくり!と音がしそうな勢いでシャルロがクッキーを口に入れる。
そう言えば、夕食がまだだったっけ。私もお腹が空いたぞ。
「下手に『あなたの子供を裏切りません』なんて言ってもしものことがあっても困ると思ったんだろうね」
「裏切りも詐欺も、下町の専売特許と言う訳では無いんだがな」
突然、後ろから声がした。
「クッキーいる?」
シャルロがウィルに向かってクッキーののったお皿を差し出した。
「ありがと。ガキんちょは寝ているようだが、起こすか?」
クッキーをつまみながらウィルが指したソファに、子供が寝ていた。
「・・・もう終わったのか?!」
最新式なのに?!?!
ウィルが小さく肩をすくめて更にクッキーを取る。
「開けた奴の話だと、以前の型の方が実は開くのに時間がかかったらしいぜ。何でも昔のよりも無駄のない構造になって開けやすくなったんだってさ。
ま、本当に盗まれたくないモノっていうのは『持っている』事実を人に知られないようにするのが一番だ。本当に資金価値のあるものは金庫に入れていたらいつかは盗まれるに決まっているんだ、あまり過信しないことだな」
そのアドバイスは参考にさせてもらうよ・・・。
1
あなたにおすすめの小説
病弱少年が怪我した小鳥を偶然テイムして、冒険者ギルドの採取系クエストをやらせていたら、知らないうちにLV99になってました。
もう書かないって言ったよね?
ファンタジー
ベッドで寝たきりだった少年が、ある日、家の外で怪我している青い小鳥『ピーちゃん』を助けたことから二人の大冒険の日々が始まった。
死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜
のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、
偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。
水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは――
古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。
村を立て直し、仲間と絆を築きながら、
やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。
辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、
静かに進む策略と復讐の物語。
悪役令嬢が処刑されたあとの世界で
重田いの
ファンタジー
悪役令嬢が処刑されたあとの世界で、人々の間に静かな困惑が広がる。
魔術師は事態を把握するため使用人に聞き取りを始める。
案外、普段踏まれている側の人々の方が真実を理解しているものである。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
【毒僧】毒漬け僧侶の俺が出会ったのは最後の精霊術士でした
朝月なつき
ファンタジー
※完結済み※
落ち着かないのでやっぱり旧タイトルに戻しました。
■ ■ ■
毒の森に住み、日銭を稼ぐだけの根無し草の男。
男は気付けば“毒漬け僧侶”と通り名をつけられていた。
ある日に出会ったのは、故郷の復讐心を燃やす少女・ミリアだった。
男は精霊術士だと名乗るミリアを初めは疑いの目で見ていたが、日課を手伝われ、渋々面倒を見ることに。
接するうちに熱に触れるように、次第に心惹かれていく。
ミリアの力を狙う組織に立ち向かうため、男は戦う力を手にし決意する。
たとえこの身が滅びようとも、必ずミリアを救い出す――。
孤独な男が大切な少女を救うために立ち上がる、バトルダークファンタジー。
■ ■ ■
一章までの完結作品を長編化したものになります。
死、残酷描写あり。
↓pixivに登場人物の立ち絵、舞台裏ギャグ漫画あり。
本編破壊のすっごくギャグ&がっつりネタバレなのでご注意…。
https://www.pixiv.net/users/656961
A級パーティから追放された俺はギルド職員になって安定した生活を手に入れる
国光
ファンタジー
A級パーティの裏方として全てを支えてきたリオン・アルディス。しかし、リーダーで幼馴染のカイルに「お荷物」として追放されてしまう。失意の中で再会したギルド受付嬢・エリナ・ランフォードに導かれ、リオンはギルド職員として新たな道を歩み始める。
持ち前の数字感覚と管理能力で次々と問題を解決し、ギルド内で頭角を現していくリオン。一方、彼を失った元パーティは内部崩壊の道を辿っていく――。
これは、支えることに誇りを持った男が、自らの価値を証明し、安定した未来を掴み取る物語。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる