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二章

「町と砂漠と女盗賊」その⑤

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「だ、誰だお前たちは。最近このダンジョンを改造してる奴らの仲間か。それとも私を捕まえにきた冒険者か」

 そう言ったのは女子高生ぐらいの女の子だ。絨毯の上に座って大きなビーフジャーキーを食べている最中だった。

「そうにゃ、悪い盗賊を退治しにきたにゃ。大英雄のご主人様とその奴隷、参上なのにゃ」

 このニャンコロ、調子に乗ってポーズとってんじゃねぇよ。釣られて俺まで中二なポーズとってしまっただろ。

「くっ、ここまで辿り着く奴がいるなんて……抜け道は知らないはず、いったいどうやってあの罠の数々をクリアしたんだ」

 どうやっても何も、次から次にトラップ全部発動させて奇跡的にクリアしてきたんですよ。役立たず一匹を助けながら、ホンとよく死ななかったと思う。自分を褒めてやりたいぜ。
 しかしこんな若い子が盗賊だったとは。情報通り半獣人で、頭の垂れ下がった耳とお尻のふわふわな大きな尻尾、こいつ犬系だな。見た感じゴールデンレトリバーっぽい耳と尻尾だ。
 身長は160センチぐらいで、切れ長の大きな瞳は水色、肌は色白で髪は淡いブラウンのロングヘアー、そして見事に育て上げた巨乳、といった精悍な顔立ちの美人タイプ。
 服装はピンクのキャミソールにマイクロミニの白いタイトスカートで、首には三角巻きの赤いスカーフのようなものを巻いている。手には指の部分がない革製の手袋をして、足は黒と灰色の縞柄ニーハイにブーツ、腰には俺のより少し小さめの魔法の道具袋と思われるウエストポーチを付けていた。
 まったくもって盗賊に見えないが、とにかくこの子も超可愛い、半獣人最高。なんだが、盗賊団というわりに他には誰もいない。もしかして出撃中なのかも。

「俺は秋斗って名前の通りすがりの旅人だ。訳あってここまで来たけど、女の子と戦いたくないし、できれば素直に捕まってくれないかな」
「断る。だれが人間の命令をきくものか」

 ですよねぇ。でもこの子は犬系だから人間に従順な可能性もあるよな。バトルになる前に色々と探ってみるか。

「そう怖い顔するなよ。名前はなんていうんだ」
「名前などない‼」

 その子は腕を組んで仁王立ち、力強く言った。
 名前が無くてそれを気にもしてないってことは、クリスと同じ生まれついての奴隷かも。

「お前、誰かの奴隷だろ」
「な、なぜ分かった⁉」

 驚いてる驚いてる、ちょっとからかってやろ。

「匂いだ」
「なにっ⁉ くそっ、そんな匂いがあったとは」

 面白れぇ。自分の体のあちこちをクンクン嗅ぎまくってるよ。あぁもう分かった。こいつもバカだな。半獣人は天然が多いのかも。

「で、盗賊団の皆さんはどこ?」
「ここに居るのはもう私一人だ」
「んっ? それはどういう……」
「みんな死んでしまった。急に増えたトラップやモンスターにやられて」
「そ、そうなんだ」

 確かにここのトラップはエグイからな、死ぬのも分かる。さっきダンジョンを改造してる奴らがどうとか言ってたけど、俺には関係ないし、これで仕事はほぼ完了だな。

「君は、その……まだ一人でも盗賊を続けるのかなぁ」
「だったらなんだ。お前に関係ないだろ」
「一人になったなら奴隷から解放されたんだし、盗賊なんて止めたら」
「うるさいっ‼ 人間の命令など聞くものか」
「じゃあ人間が居ないのに何故、盗賊続けるの?」
「人間が嫌いだからだ」
「なにがあって人間が嫌になったか話してみろよ。ちゃんと聞いてやるから。俺は他の人間とは違うつもりだ。その証拠に攻撃しないだろ」
「ま、まあ、確かに違うようだな」

 話を聞くと言っただけで、もう尻尾振って上機嫌になってるよ。まったくもって分かりやすい奴だ。

「ご主人様はとっても優しいのにゃ。奴隷に名前も付けてくれるし、叩いたりもしないのにゃ」

 クリス、ナイスなタイミングだ。もっといけ。

「なっ、名前だと。お前、奴隷なのに名前があるのか」
「あるにゃ。クリスチーナっていう、素敵な名前なのにゃ」
「……羨ましい」

 女盗賊は呟く程度に発した。これが本音なら心底から人間を嫌ってはいないはずだ。むしろ奴隷であることを望んですらいるように思える。

「それにご主人様は奴隷と一緒に野宿もしてくれて、横に並んで寝てくれるのにゃ」
「なにっ⁉ 人間のご主人が奴隷と一緒にね、ねねね、寝る、だと」

 おいおい、尻尾が引き千切れそうなぐらい、ぐるんぐるん回ってるぞ。興奮しすぎだろ。

「ずっと朝までご主人様と一緒だったにゃ」
「あわわわわっ、あ、朝まで……」

 茹でタコのように顔を真っ赤にして極度の挙動不審状態になっているが、奴隷だったから優しくされることに免疫がないんだろうな、可哀相に。

「ほら、話してみなよ。すっきりするかもしれないぞ」

 犬系半獣人の女盗賊はモジモジしながら少し考えた後、徐に過去を話し始めた。
 なにこの可愛い生き物は。今すぐ体中を撫でまわしてやりたいぜ。

「私は奴隷として、これまで何人ものご主人に買われた。毎日朝から晩まで叩かれても誠心誠意お仕えした。なのに、いらなくなったら……新しい奴隷がきたら、私は商人に売られた。そして次のご主人もその次も同じだった。私たち奴隷など人間にとっては使い捨てなのだ」

 女盗賊は体を震わせ悔しそうに泣きながら語った。この時クリスも一緒に泣いていた。
 何回も売り買いされるなんて主との出会い運がなさすぎる。そりゃ人間を怨んで復讐として盗賊なんて続けるわけだ……いや、そうじゃないかもな。淋しくて構ってほしいって感じか。素直になれないツンデレ系だな。ゲームで一番攻略しやすいチョロインだ。

「最後のご主人とやらの後からは、どうなって今になるんだ。奴隷からいきなり盗賊というのもよく分からないし」
「ご主人の冒険者職業が盗賊だった。それで私も女神の祝福を受けさせられ盗賊になった」
「そういうことか」
「でも何故か子供の頃から体の成長が遅い私はレベル上げにてこずり、必要なスキルをマスターできず、結局は売られることになる。だがその前にご主人はこのダンジョンでモンスターに殺された」
「なるほどなぁ」

 ヨットを襲うのは元々ご主人と仲間がやっていた事で、こいつはただ言われるがまま手伝っていただけか。
 許せないのはそのご主人だな。冒険者職業を悪用してどうすんだよ。しかも本物の盗賊とかそのままだし。

「色々と辛い思いをしたようだな。それに努力も」
「お前に何が分かる‼」
「少しは分かるよ。一人だけ死なずに生きているってことは、いっぱい努力してレベルを上げたってことだろ。素直に凄いと思う。本当によく頑張ったな」

 まあ本物の盗賊になって悪いことしちゃ駄目だけどな。

「お、お前なんかに褒められたって、う、嬉しくなんかないんだからな」

 ツンデレキターーーー‼ 萌えるぅぅぅっ‼ だから尻尾ブンブン振って言ってんじゃねぇよ、クッソ可愛いなコノヤロー。
 もうバトルする必要なし。見たとこドMっぽいし調教するつもりで強気にでたら上手くいくかも。
 待て待て、奴隷をもう一人増やしてどうすんだよ。ガチでハーレムでも作るつもりか。でも可愛いんだよなぁ、ケモ耳娘は。クリスみたいに役立たずでも可愛いだけで価値はある。
 いや、こいつは職業持ちのそれなりのレベルの盗賊だし、冒険とか旅には普通以上に役に立つ。お得な物件だ。
 決めた。こいつも仲間、というか奴隷にしよう。犬系で元々は忠実なわけだし、上位種の人間が上から目線の荒い口調で命令したら効くかも。攻略できるか分からないし、ちと恥ずかしいけどバシっと強烈なの食らわせてやる。

「ヘイっ、犬っコロ」
「だ、誰が犬だ‼」
「ワンキャンうるせぇ、お座り‼」

 さっきまでと態度を変えて強く言い放つと、元奴隷の犬系半獣人の女盗賊は、飼い犬の性か反射的に本物の犬がお座りするように犬座りした。
 まさかここまで完璧に反応して座るとはな、面白すぎだろ。でもごめん、短いタイトスカートだからパンツ丸見えにしてしまった。
 超恥ずかしそうにワナワナと震えて数秒間ほど思考が停止していた女盗賊は、我に返るとすくっと立ち上がり悔しそうに涙目で睨み付けてくる。

「お、おのれぇ……なんという屈辱」

 とか言いながら、そのモフモフの尻尾は正直ですよ。扇風機の羽根みたいにグルグル回ってますけど。

「おい、よく聞けよ。可哀相なのはお前だけじゃないんだ。いつまでも拗ねてんじゃねぇよ。今すぐ盗賊なんてやめて、俺の物になれ」

 ひええぇぇぇっ、我ながら超恥ずかしい。キラキラオーラを纏ってる少女漫画のイケメンでもないのに、偉そうに説教垂れていったい誰だよお前は。

「なっ⁉ ななななっ、なんて大胆な……いきなり主従契約など」

 おっ、効いてる効いてる、動揺しまくりだ。もうオチそう。止めに奴隷に効くだろう必殺技、名付けを発動する。

「今から名前を付けてやるよ。そう……お前の名前は、スカーレットだ」
「スカーレット……なんて綺麗な響き、それが私の名前に」
「嬉しそうだな」
「バ、ババ、バッカじゃないの。そんなわけないだろ、う、嬉しくなんかないんだからな」

 なんか本物の犬に見えてきた。てかそんなに振ったら尻尾取れるぞ。どんだけ嬉しいんだよ。
 チョロすぎだな。やっぱ生まれつきの奴隷だから人間に仕え命令されるのが喜びになってて、それを無意識に求めている。あと犬系だし、本当に人間が大好きなんだと思う。

「スカーレットってカワイイ名前なのにゃ。クリスチーナに仲間がで、あっ⁉」

 後ろで騒いでいたクリスだが、突然言いかけた言葉を止めた。





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