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五章

「情報と影響と熱気」その⑦

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 街の中心部へはまた荷馬車に乗せてもらえたので早めに着いた。皆さん優しくて助かるよ。とはいえ金を要求する奴もいたけど。

「ちょっと情報屋に会ってから行くから、お前たちは先に行って門のところで待っててくれ。アンジェリカには見つかるなよ」
「はいにゃー」
「御意」

 ここからは人間一人の方が動きやすいから別行動にした。
 昨日サクラと出会った場所に気配を絶ちつつ移動し、アンジェリカとエンカウントすることなく辿り着く。後は動き回るより待つ方が会える確率が高いと思ったのでその場にとどまってみる。
 こういう時は携帯電話があってくれたら助かるのに。万能な魔法で何とかなりそうだけど。
 この時、じっくり街を見ていたのだが昨日よりも人が増えていてかなり騒がしく感じる。お祭の期間のように人々の熱気が伝わってくる。

「旦那、アキトの旦那、おはようございます」

 後ろから近づいてきて小さめの声で挨拶したのはサクラである。まさかこんなにすぐ会えるとは運が良い。

「おはよう、サクラ。昨日は色々ありがとうな。ナナシ屋とオヤジさん気に入ったよ」
「いえ、こちらこそです。人間から名前をいただけたんですから。実は昨日から嬉しくって興奮して、まだ寝てないんです」
「そっか、良かったな」

 サクラの笑顔を見ているとこっちも嬉しくなってくる。本当に名前を贈って良かった。

「旦那、少し費用が掛かりましたが、ロイ・グリンウェルの詳しい情報を手に入れましたよ」
「マジかよ、早いな」

 サクラさん素晴らしい。なんて使える子なんでしょ。

「ただ情報料は金貨三枚欲しいんですけど」

 サクラは目をそらし申し訳なさそうに言った。
 金貨は一枚で三万円ぐらいの価値だから九万円か。どんな情報手に入れたんだよ。

「ちょいと高いよね」
「申し訳ありません。でも信頼度の高い情報です。あと他の新しい情報もオマケで付けますので」
「分かった、金貨三枚払うよ。ただ、今からダンジョンに行くから、帰ってきてからでいいかな」
「はい、それでいいです。旦那は僕に名前をくれた特別な人ですから信じます」

 こりゃ楽しくレベル上げとか言ってられない。金になるモンスターを狩りまくって稼がねば。

「じゃあ話してくれ」
「はい。まずロイ・グリンウェルが何者であるかなんですが、過去にこことは違う別の大陸で冒険者をやっていて、魔道士だったようです」
「へぇ~、違う大陸か」

 で、話によるとロイは戦うより魔法や魔道具、ゴーレムやモンスターなどの研究に没頭し、いつしか国家に雇われるほどの研究者になったらしい。ただその国は魔王との戦いで疲弊し研究どころではなくなり、ロイは中央のディアナ大陸にきたようだ。そしてこの街のあの家に住むようになった。
 マンドラゴラのセバスチャンはきっと研究成果の一つなんだろう。
 っておいコラ、ロイ・グリンウェル、お前どんな研究してんだよ。変な生き物を残していくんじゃない。
 優秀な研究者が何故、花屋をやっていたのかは不明で、人柄的にも危険人物ではなかったため、この街に来てからの情報はほとんどないらしい。なので情報屋もセバスチャンの存在は知らないようだ。

「ここからが本題ですが、拉致されたのは間違いないようです」

 うわぁ~、面倒臭そう。聞くのやだなぁ。セバスチャンの勘が当たっちゃったよ。

「事件が起こったのは半年以上前ですが、今も生きていると思われます」

 話しが大きく恐ろしい事になっていくような……。
 ロイを誘拐したのは西の方に最近現れた魔王の配下の魔人族で、軍事力を強大にするためにモンスターを大量に作る必要があり、研究者のロイが拉致された、とのこと。
 なんだよそれ、モンスター工場で働いてるって事かよ。てか本当に人間にモンスター作れるの? アドバイザー的な立ち位置?
 よく分からないけど、こりゃ簡単にはいかなそうだ。大仕事なのに報酬なしとか泣ける。とてもレベル上げのついでに、とか思えないよ。救出作戦がそのまま魔王討伐はないでしょ。
 ただその魔王は世界の歪みが生み出した真正ではなく、自ら名乗っているパターンの方だから、もしかしたらステージボス級程度かもしれない。とにかく強くなければ何でもいいよ。

「話を聞いてるだけで疲れてきたなぁ。それで、どこに拉致られたの」
「この街から少し西に行った森林に、低級モンスターが出るダンジョンがあるんですが、その中に入っていきどこかへ消えてしまった、というのが最有力な情報です」

 凄いな情報屋網は。俺の事とかも知りたい奴がいれば、あれこれ探られるんだな。出生の秘密は守らないといけないし、目立たないようにしないと。

「そのダンジョンに魔王の基地でもあるのかな」

 西の初心者ダンジョンって、今から俺が行くところなんじゃ。

「基地は分かりませんが、そのダンジョンはいま盛り上がってますよ。最近になってモンスターが増えてるらしいので」

 初心者がレベル上げや金を稼ぐのにちょうどいい状況ってわけか。でも増えたっていうのが気になる。とはいえ今の俺にとっては一石二鳥かもしれない。
 更に話によるとダンジョンの奥には強いモンスターも現れるようになったとのこと。なので初心者は注意が必要だ。ザコ狩りで天狗になってたらいきなり強い奴とエンカウントして死亡、とかゲームでよくあるからな。

「旦那、ロイ・グリンウェルの情報は以上です」
「分かった。役に立ついい情報だったよ」
「でも、まさか助けに行くとか言わないですよね」
「どうだかな。無茶をするつもりはないけど探すの頼まれてるし、流れしだいかな」
「僕はアキトの旦那とは、これから長いお付き合いをしたいので、心からご武運をお祈りいたします。本当に気を付けてくださいね」
「ありがとうな」

 サクラの頭にそっと手を置いて言った。

「あとまだ新しい情報があります。どうやらこの街に、凄く活躍していて有名な、二つ名の戦士が来ているようなんです」
「あの暴君エルフと違う化け物がもう一人いるのかよ。やっぱ大きい街は怖いな」

 それ絶対に関わり合いになりたくないよ。たぶん二つ名で呼ばれる奴に普通なのいねぇから。

「漆黒の魔剣使い、と呼ばれているようです」
「そ、そう……まあ名前はカッコいいよね」

 二つ名って結局、中二全開の恥ずかしい呼ばれ方だよな。しかし魔剣使いとか凄そうだ。

「最近の話では、北のジャングルで恐れられていたモンスターや、砂漠の盗賊を倒したそうですよ」
「んっ⁉ それは……」

 おいおい、どこかで聞いたことある話だな。高確率で誤報の可能性があるぞ。
 どうやらその二つ名は同じルートで南に向かっていたようだ。何故そうなったのかは知らないが、身代わりになってくれてて俺的には目立たなくてラッキーかも。

「その戦士は黒い全身鎧と大きな盾、魔剣をもっているので姿を見たらすぐに分かるみたいです」
「見たままだな」

 街の中でそれっぽいの発見したらダッシュで逃げるとしよう。
 そういえば二つ名の頭って色系が多いよな。って金色と漆黒が会ったらどうなるんだよ、考えただけで恐ろしい。ビッグバン起きるんじゃね。この街なんて確実にオワタだろ。
 二人が出会わないことを女神に祈ろう。仮に出会っても、漆黒の方が凄く大人であることを願う。頼むから一歩引いてくれ。いきなり家を失いたくないからね。

「じゃあそろそろ行くよ。帰ってきたらちゃんと料金払うからな」
「はい、承知しました。お気を付けて」

 サクラとはここで別れ裏通りをコソコソと足早に移動し、街の外に出るための門のところまでトラブルなく辿り着く。
 門の手前でクリスとスカーレットと合流した後は冒険者をダンジョンまで運ぶ馬車屋に向かう。

「そだ、街の外に出たらフードは被らなくていいけど、目立たないようにマントはそのまま着てようか」
「御意」
「はいにゃ」

 やはりクリスの恰好を向こうの世界の奴らに見られたら、ちと恥ずかしい。しかもご主人様とか呼ばれて奴隷に着せちゃってるし、完全に変態ですよ。
 あとここからは全員、仮面を付けて行動することにした。

「ははっ、やっぱ三人とも仮面してたら怪しいよな」
「ご主人はとても似合っておいでです」
「そうなのにゃ、ご主人様の仮面姿はカッコいいのにゃ」
「う~ん、大丈夫かな。正体は隠せるけど目立つような」
「半獣人が人間といる時に、マントや仮面をしているのは普通の事で、冒険者が仮面をしているのも珍しくはありません」
「そうか、ならいいんだけど。とにかく目立ちたくないから、二人も気を付けるように」
「御意」
「はいなのにゃ」

 色々と考えすぎかも。それは俺がまだこの異世界の人間になりきってないってことか。こっちの人間は半獣人とか人外の奴隷を、わざわざ気にして覚えたりはしないもんな。だから俺だけ仮面して正体がバレなきゃいいのかもしれない。

 馬車屋は門のすぐ近くにあり、西の初心者ダンジョンまでは銅貨一枚の料金だ。三人分の銅貨三枚、約一万五千円ぐらいを払った。今の懐事情では厳しい額である。
 本当にこの一回の冒険でモンスターを狩りまくって稼がないと生活費がヤバい。
 出発する馬車は既に街の外で待っていた。今回はたまたま乗り込むのは俺たちだけのようだ。他の冒険者たちはもっと早くに向かったらしい。
 完全に出遅れた。優雅にお茶したり情報聞いたりしてる場合じゃなかったかも。モンスター残ってなかったらどうしよう。
 と思ったけど、俺にはこんな時に使える必殺技があるの忘れてた。そう、それは天然ドジっ子スキルだ。しかもレベルMAX。
 他の冒険者が発見できない未知なる過酷ルートを我が家の猫は、いともたやすく見つけ出す。だから表ルートのモンスターが居なくても大丈夫かも。
 馬車は八人乗りぐらいで幌が付いている。二頭立ての馬はサラブレッドではなく、ばん馬みたいな巨大な馬だ。近くで見たら凄い迫力でカッコイイ。
 乗り込むと馬車はすぐに出発した。ついにステイタスがある状態での冒険者デビューだ。と言っても商人だけどね。





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