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六章

「漆黒の魔剣使いとボス戦と裏ボス戦」その⑧

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 次はイスカンダルのターンで、両腕を振り回し盾の上からでも鋭い爪で掻きむしるように激しく連打してくる。
 本当に盾を借りてて良かった。この冒険で盾が一番役に立ってるかもな。だが攻撃はどんどん激しくなっていき、素人では攻め込む隙がない。
 でもイスカンダルがバカなので助かっている。あれだけのスピードがあるんだからフットワークを使って揺さぶれば、簡単に体勢も崩せるし後ろだって取れる。
 相変わらず余裕があるってことなんだろうけど、いま正面に居る間に勝負を決めてやる。あの伝説の裏技を使う時がきた。まさか自分で使うなんて考えもしなかった。そう、対バカ専用必殺奥義を。
 行くぜ、イスカンダル、悪く思うなよ。
 まずバックステップして間合いを取り、布石としてハンマーを投げつける。当然簡単に避けられたが、まさかの行動にイスカンダルの思考は一瞬混乱したはずだ。

「自ら武器を捨てるだと……」

「あっ⁉ なんだあれはっ⁉」

 ここが勝負のポイントだ。俺は明後日の方向を向いて指差し大声で言った。
 そう、誰もが知ってる必殺技、気をそらせ作戦。カッコよく言えば『視線誘導』だ。
 これはバカに絶大な効果がある高難易度の技で、使うタイミングが難しいのだ。なんてことはない、誰でも使えるお手軽な技だ。日本の文化となったマンガ、アニメ、ゲームの長い歴史の中で作られた、バカには回避不能な必殺技。

「えっ⁉ なに?」

 突然の事でイスカンダルは驚き釣られ、思わず攻撃をやめてその方向を見る。

「隙だらけだ‼」

 容赦なくイスカンダルのボディーにパンチを食らわせる。当然この一撃で終わらせるつもりなので強めで繰り出す。だがイスカンダルは吹き飛ばされずその場にまだいた。岩を砕くほどのパンチに耐えるとは大した奴だ。しかし体をくの字に曲げ苦しんでいる。

「なかなか強かったぜ、イスカンダル将軍」

 止めのパンチを顔面に入れてイスカンダルを城壁まで吹き飛ばし激突させた。
 イスカンダルの体は城壁の一部を破壊して向こう側へと貫通した。この時、後ろの方で三人が嬉しそうに騒いでいる声が聞こえた。
 勝負が終わったか確認するためにハンマーを拾った後、城壁の崩れた部分を通って移動する。
 地面に大の字状態で仰向けに倒れているイスカンダルを確認すると、ただ気絶しているだけに見えた。なんだかすぐに跳び起きそうだ。因みに口から血が出ているが、魔人族の血は青色をしている。
 さてどうするか。魔人族はモンスターじゃないから原料はゲットできないし、別に息の根を止めなくてもいいよな。その場合バトル後の経験値は入らないのかな。

「止めを刺しましょうか、ご主人」

 すぐ後ろに来ていたスカーレットがクールに言った。

「う~ん……悪い奴じゃなさそうだけど」

 迷っていたその時、イスカンダルが目を覚まし土煙を舞い踊らせ勢いよく飛び上がる。

「お前、凄いな。ぜんぜん元気じゃん」

 本気でそう思う、呆れるほどタフな奴だ。もしもこいつが頭のいい戦士ならこの勝負はどうなってたか分からない。

「な、なんという神がかり的で秀逸な技を……貴様は天才か‼」

 えっ、なに言ってんのこの人、笑えないよ。ただ卑怯なだけの技なんだけど。もうバカを突き抜けてるよ。我が家の猫といい勝負だ。

「まだやるのか、将軍殿」

 見た感じダメージは大きいけど、バカだから襲い掛かってきそうだな。

「ふはははははっ、なかなかやるではないか、冒険者。だが、まだまだだな。このイスカンダル様と戦うには十年早い。そう、十年早いのだ。まあ今日のところはこのぐらいで許してやろう。ありがたく思えよ」

 イスカンダルは好き勝手言って最後にまた高笑いをした後、疾風の如くその場から消え去った。

「んっ? これは逃げたのか……」
「逃げましたね」
「逃げたのにゃ」
「見事な逃げっぷり」

 捨て台詞残して逃げるとか、どこまでもテンプレキャラだな。またすぐに現れそう。
 逃走されたけど勝ったわけだし、経験値が入ったかステイタス確認してみる。だが残念なことに入ってなかった。こりゃ戦い損だ。
 相手が負けを認めるか息の根を止めないと経験値は入らないってことか。そうなると魔人族とのバトルは面倒臭いな。

「あいつ、けっこう強かったよね」

 レオンの方を見て言った。

「けっこうじゃなく物凄く強かったと思うけど。恐らく上級魔人だ。なのにダメージなく勝ってしまうとは、本当に何者なんだアッキーは」
「ご主人様は勇者なのにゃ。だから誰が相手でも絶対に負けないのにゃ」
「黙れバカ猫、ご主人が秘密だと言っただろ」

 スカーレットはクリスのお尻を強めに蹴っ飛ばした。ナイスツッコミ、そして教育的指導。

「レオンさん、詮索するならここに捨てていきますよ」
「ま、待ってくれ、悪かった、ついうっかりして聞いてしまった」
「冗談ですよ」

 感情を乗せずクールに言った。

「あの、冗談言ってる風には聞こえないんだけど」

 レオンは本気で焦り冷や汗をかいている。仮面のせいで俺の表情が読めないのもあるがビビりすぎでしょ。だがここで止めの一言だ。

「時に好奇心は身を滅ぼす、かもしれませんよ」
「あぁ、覚えておくよ」

 魔人族や上級モンスターとの戦いを連続して見たからか、レオンは俺の強さや存在に恐れを感じている。てかそんなに凄い戦いだったっけ? 最後は相手が本気出す前に卑怯な手で勝っただけなんだが。

「恐縮しないで下さいよ。とりあえずこの盾、助かりました。流石二つ名が持ってる盾って感じで凄いですよ」

 レオンの緊張を和らげるために軽い口調で言って盾を返した。
 盾ってゲームとかじゃただ防御の数値を上げるアイテムって感じで気にしてなかったけど、実戦では役に立つ。
 防御力が高い超人が値段の高い特殊な盾を装備したら最強かも。とにかくもっと盾と盾使いは見直されるべきだな。

「これは魔法の力が宿った盾だからね、ダメージを負っても自動修復するんだよ」
「魔法の盾スゲー。ってことは、やっぱりその盾、お高いんでしょ」
「まあ、それなりにね」

 頑張って稼いで近いうちに買ってやる。
 で、この後はまた壮大な峡谷の風景を見渡しながら道なりに進んだ。
 程なくすると巨大な岩壁が現れ行き止まりになった。だがその岩壁の一部は巨大な彫刻のように掘られ、太くて長い柱や窓のようなものがあり、城の入口のように見えた。
 エジプトに似たような遺跡がありテレビで見たことある。外から見た感じでは遺跡系ダンジョンではなさそうだ。
 正面真ん中に大型のコンテナトラックでも通れる程の扉のない大きな入口があり、トンネルのようにずっと奥まで続いている。
 向こう側に通り抜けるための通路っぽいけど、ここが魔王の前線基地、というかモンスター工場の可能性がある。
 ポーションすら買い忘れる素人冒険者が、なんだかんだでトンでもない場所に来てしまった気がする。

「ご主人、大変です。物凄く嫌な臭いがします」
「ついにここでアンジェリカが……」

 それだけはやめてくれ、と女神様に願おうとしたとき、聞き覚えのある高笑いが辺りに響き渡る。

「ふはははははっ‼ 待っていたぞ黒鬼くろおに

 はい出ましたイスカンダルさん。ってお前か、ビビらせやがって。まだ構ってほしいのかよ。今このタイミングで出てこられてもウザいだけだっての。
 空高くにいたイスカンダルは偉そうに腕組みした状態でゆっくりと降りてきて眼前に着地した。
 いきなり近い。それに隙だらけだし。まだ舐められてるな俺。いや、こいつの場合はバカなだけか。

「なんだよその黒鬼って。勝手にあだ名付けるな」

 黒髪に黒い仮面、更に黒い盾、だから黒鬼になったのか? 仮面には小さい角が二本あるから確かに鬼みたいだけども、こいつに付けられたあだ名っていうのに抵抗がある。

「我がライバルよ、レベルアップした力を見せてやる。さあ、かかってこい。今日こそ決着をつけてやるぞ」

 おいこらライバルってなんだよ。そういうのお腹いっぱいなんだよ。なんで単純おバカってすぐにライバルとか言い出すんだよ。こいつもアンジェリカみたいにストーカーになるの?

「今日こそも何も、ついさっき戦ってボコられただろ。まだ痛いはずだよね。ヒリヒリズキズキするよね」
「何を言っているのかさっぱり分からない。理解不能だ」

 真顔で言ってんじゃねぇよコノヤロー。ガチで舐めてるな、やっちまうか。ってダメだダメだ、落ち着け俺。バカを相手に腹を立ててもこっちが損するだけだ。

「ふははははっ、さっそくいくぞっ‼」

 なんなんだよこいつ、元気すぎるっての。
 イスカンダルは超強気で「かかってこいやっ」と言わんばかりに両手を横に大きく広げる。だが突然に、刃の部分が大きな斧が二本現れその両手に握られた。

「なっ⁉ どこから出したそれ」
「ふははははっ、バカめ、こんなことで驚いているのか。無知も甚だしい。ライバルとして情けないぞ黒鬼」

 って今度はイスカンダルの体に装備された状態で、ダークブルーの鎧と兜が瞬間移動したみたいに現れる。

「また出たっ⁉」

 腕の部分はない上半身だけの鎧で普通にカッコいいデザインだ。兜もヘルメットタイプじゃなく顔が出ており赤い魔石が付けられている。魔人で初めから大きな角があるからよけいにカッコよく見えた。

「今のは上級魔人の特殊能力だ。収納アイテムがなくても自分だけの魔法空間を自在に使える」

 レオンさん説明乙。
 魔人族の基本スペック高すぎる。ただ、せっかくやる気満々で凄い武器や装備を出したけど、相手するの時間の無駄だしまた必殺技で終わらそう。

「あっ⁉ なんだあれはっ⁉」

 今度は前もって気をそらせる攻撃はせず、さっきと同じように明後日の方向を向いて指差し大きな声で言った。勿論これは、対バカ専用必殺奥義だ。

「な、なんだなんだ?」

 イスカンダルは二度目なのに見事に釣られ指差す方を見た。今なら小学生でもパンチが当たるぐらい隙だらけだ。
 そして容赦なく、軽くジャンプ気味にステップして長身のイスカンダルの顔面にパンチを入れる。すると踏み潰された蛙のような声を出し豪快に吹き飛び岩壁に激突した。
 イスカンダルは陥没した岩壁にめり込み気絶している。強めに殴ったし当分は起きないはずだ。

「こいつバカですね」
「おバカさんなのにゃ」
「バカだな」

 後ろに居た三人が次々に言った。
 ごめんな、こんな簡単に終わらせて。少しだけ悪いと思ってるからね。でも恥ずかしいからライバルとか言うのはやめてくれ。

「ハンマーを使わないとは、ご主人は相変わらずお優しい」
「そうかな……」

 ハンマーで叩いてもよかったんだけど、それは可哀想かなと思いやめた。力加減が分からないから本当に死んでしまいそうだし。

「ご主人様ご主人様、大きくてカッコいい斧が二本も手に入ったのにゃ」

 うほっ、ナイスですよクリスさん、意外としっかり者。まさかこの隙に拾いに行ってたとは。既にウエストポーチの魔法空間の中に入れてるから、いまイスカンダルが起きてもバレない。

「ま、まあ貰ってもいいだろ、倒したわけだし。戦利品ってやつだ」

 とか話してたらイスカンダルが目を覚ます。マジですか、もう目が覚めるのかよ。こいつのタフさ凄すぎる。

「ふふふふふっ、あっはははははっ、やるな黒鬼。二度も同じ攻撃を食らわせるとは、流石我がライバル」

 めり込んでいる岩壁から、イスカンダルは宙に浮いたまま脱出し豪快に笑って言った。余裕を見せているつもりだろうが、物凄くフラフラなんですけど。

「お前、本当に強いな。認めるよ」

 バカだけどね。おバカさんだけどね。いやホンとバカだけどね。

「ふはははははっ、当然だろ。このイスカンダル様は大魔王になる男。生まれた時から強く、そして最強なのだ。黒鬼よ、今日はこのぐらいで許してやろう。生きていることを喜ぶがいい」

 そう好き勝手言って、また高笑いしながら飛んで逃げて行った。

「あれがいつか大魔王になれるのなら、ご主人は今すぐになれますね」
「そうだな。なってもいいかな」
「大魔王なのにゃ‼ ご主人様は勇者をやめて大魔王になるのにゃ」
「よし、俺は大魔王になる‼」
「あの、ちょっと、笑えないからやめようよ」

 レオンは冷や汗だらだらで俺たちの悪ノリを止めた。

「どう考えても冗談でしょ」
「じょ、冗談ねぇ」

 色々秘密だし仮面で表情も分かりにくいから怪しくて怖く思うのかな。レオンがビビりというのもあるが、強すぎる超人パワーが原因だ。
 この後は恒例のステイタス確認をするが、やはり経験値は入っていない。あのバカを倒したら本当はどのぐらい経験値入ってレベル上がるのか気になってきた。
 気絶させたぐらいじゃ完全に倒したと認めてくれないとかジャッジがシビアすぎる。テンカウントで勝ったことになるように、誰か女神様に言ってくれ。




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