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もう一つの婚約②
しおりを挟む「そうだ、ミランダさん。よろしければロイド様とお話していきますか? もう私と婚約してしまいましたから、再びあなたになびくことは二度とありませんけど! あっははははは!」
勝ち誇ったようにチェルシーが笑う。
こんなときでさえ、彼女は周りの視線をきちんと意識している。よって周りからは『クローズ家長女は楽しく歓談しているのだなあ』なんて思われるのだ。
「……はあ」
「……? なんですか、その溜め息は」
「あなたは変わりませんわね、チェルシー様。性根が腐っていて、発言には品がない。王太子様の婚約者として失格もいいところですわ」
「――っ」
チェルシーはかっと頭に血が上った。
逆らわれた! こんな格下の地味で冴えない女なんかに!
(何なのよ、こいつも、あの忌々しい妹も……! なんで私を馬鹿にするのよ!)
そう思った時にはもう体が動いていた。
「ミランダさん、よければあちらでお話しませんこと? 静かな場所を知っていますの」
無理やりミランダの腕を引いてパーティ会場の外に向かう。
チェルシーが何をするか察した取り巻きたちも、ニヤニヤと笑いながら後に続く。
腕を引かれるミランダだけが、つまらなさそうに溜め息を吐いていた。
「あら、ごめんなさい。顔に少し傷をつけてしまったわね。ほら、傷を洗い流してあげるからじっとしていてね?」
「~~~~~~ッ」
十数分後。
人けのない王城の片隅で、ぼろぼろになったミランダにチェルシーは頭から水をかけていた。
ミランダは頬が腫れ、髪はほつれ、見るも無残な状態になっている。
チェルシーが取り巻きに命じて、彼女をいたぶらせたのだ。
「いいわねミランダ、あなたは階段から落ちて自分で持っていた水を被ったの。傷のことを聞かれたら必ずそう答えなさい。もし本当のことを言ったら……わかってるわね?」
「……」
ミランダは無言。
チェルシーはそろそろ十分と判断し、乱暴にハンカチで彼女の顔をぬぐう。
ミランダを心配してのことではなく、暴行を隠蔽するためだ。よく見るとミランダの服には傷一つついていない。
こういう陰湿な真似はチェルシーの得意分野だ。
「これに懲りたら私に逆らうのはやめることね。さ、行きましょうあなたたち」
「「「はいっ!」」」
ぼろぼろのミランダをその場に残し、チェルシーたちはパーティ会場に戻るのだった。
チェルシーは久々に晴れやかな気分だった。
ティナに盾突かれたストレスも、ミランダ相手に発散したので心が羽のように軽い。
そういえば、とふと思う。
(……ミランダのやつ、学院時代はもっと暗い性格じゃなかったかしら?)
昔のミランダなら、ここまで痛めつけたら泣いて謝っていたことだろう。
それが今日は妙に落ち着いていたような。
(ま、どうでもいいわ。どうせパーティの雰囲気で浮かれてたんでしょう)
チェルシーはそう結論づけ、それ以上のことは特に思わなかった。
「大丈夫かい? まったく無茶をするね、ミランダ」
「このくらい……慣れていますので……つっ」
「ああ、捕まって。すぐに医務室に連れていくよ」
一人の青年がぼろぼろのミランダに手を差し出す。ミランダはそれに捕まり何とか立ち上がった。
「いやもう本当に二度とこんな真似はしないでほしい。物陰から見ている間、気が気じゃなかったよ。きみが『絶対に出てくるな』って言うから耐えたけどさ」
「感謝いたしますわ。……それで、例のものは」
「撮影型魔道具のことかい? それならこの通り、ばっちりさ」
ミランダは青年が持つ水晶玉のような魔道具を凝視する。
魔道具の中では、赤髪の女性――チェルシーやその取り巻きがミランダを痛めつける映像が流れていた。
「完璧です。ありがとうございます、殿下」
「おいおい、つれないな。せっかく婚約者同士なんだから名前で呼んでくれてもいいだろう?」
「う……」
おどけたように青年に言われ、ミランダが小さく俯く。
普段から冷静な彼女にしては珍しい反応だった。
やがて顔を上げたミランダは、少しだけ表情をゆるめて言った。
「……申し訳ありません。ありがとうございました、デール様」
「うん。どういたしまして」
そう言って、金髪の青年――ユーグリア王国第二王子のデールは笑みを浮かべるのだった。
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