あまみつつき君

さんといち

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三章 天満月くんの笑顔

11.ある朝のこと

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 奇術——「不思議な術」という意味で俺はそう呼んでいるけれど、「魔法」のほうがわかりやすいのかもしれない。

 悪魔と契約はしていないが…まあとにかく、俺——天満月あまみつつきひかりは、普通人間にはできないことができてしまうんだ。

 たとえば分身。背丈も髪の長さもまったく同じな、第二の自分を作ること。
 これはとても便利な術で、命令すれば大体何でもやってくれる。
 今日も起きてすぐに「朝ご飯用意しといて」って言ったから、その間に本物の俺は、顔を洗ったり制服に着替えたり、ゆっくり他のことができる。

 うらやましい?
 そうだろうな。
 生まれたら誰しもは一度、「もし魔法が使えたら」って考えると思う。

 気をつけなきゃいけないのは、どんな術にも欠点があるってところだ。
 欠点がなかったら…、俺は世界征服していたかもしれない、なんてな。

 分身の場合、欠点は大きく四つ。
 「1・能力値も術者とまったく同じ」
 「2・連続では作れない」
 「3・会話が苦手」
 「4・ある条件で他人も術を解除できる」。

 「1」はわかりやすく言えば、「本人にできないことは分身にもできない」って意味。
 全然勉強していない奴が、テストが嫌で分身に代わりに受けさせても、残念ながら良い結果は返ってこない。

 「2」の説明はいらないよな。めちゃくちゃ便利だけどめちゃくちゃ疲れるんだ、この術。

 「3」は……実のところ、つい最近まで俺はこれを欠点だと思っていなかった。
 学校でどう見られようがどうでもよかったから。
 「出席している」という事実さえ残ればいいし、棒読みの不気味さのおかげで「4」の可能性がきわめて低くなる。

 で、問題の「4」だけど……俺の分身は、「好意」を伝えると俺以外でも消せる。
 
 なぜか? 
 そんなの俺が知りたい。バグみたいなもんなんだろ…どうにもできない不具合だ。

 分身を使うようになって四年目。とうとうその不具合が発症した。

 隣の席の——斎藤美紀菜のせいで。

 人は見かけによらないなと本気で学んだ。

 ぱっと見、大人っぽくて、大人しそうな雰囲気の女子なのに…、
 好きでもない男に告白したんだぜ? あきれるだろ?

 その日、当たり前だった日常は当たり前じゃなくなった。
 欠点を自覚していたとはいえ、学校には俺の術を超える人はいないと油断してた。

 そしたら何もかも通用しない相手が現れてしまったんだ。
 術だけじゃなくて、考えも。

 会ったばかりで「ゆるせない」なんて言われてさ。

 あの時の彼女の目、本気で怒ってた。
 「俺がどうしようが勝手だろ」って、言い続けるのはむりだった。

 俺に理想の過ごし方があったように、きっと斎藤美紀菜にも理想があって、そこに分身の俺は邪魔で。
 二つの理想は同時に実現できないから、どっちかがあきらめる必要があり…、
 結果負けたのは俺。

 だけど初めてだった。
 負けたのに、日常が壊れたのに、いやな気分じゃなかったんだよな。

 その理由は…、たぶん俺の理想が、本当は——

「朝ご飯」

 不意に背後から、心のこもってない聞き飽きた声がした。
 振り向けば分身の俺が、引き戸からひょっこり顔を出している。命令されたことが終わったらしい。

「どーもお疲れ」

 とん、と二本の指で分身の額を突いた。
 その途端、もう一人の俺はパッと光に変わって消える。学校には、もう行かせられないからな。

 光の粒がキラキラ落ちているのを見ながら、ふと思う。

 かぐや姫みたい、って言われたんだよな、そういえば……。

 思い出すと無性に恥ずかしくなってくる。
 どんな理由があろうと、そこそこ背丈はあるし、女顔でもないのに、男に「姫」って言うか…⁉

 はあ…、やっぱり色々変だ、俺の隣人は。

「この振り回される感じ……と話してるみたいだな…」

 ぼやきながら部屋を出る。

 それでも決して登校は憂鬱ゆううつじゃなくて。

 新しい日々のどこかに、楽しさを感じているのは否定できなかった。
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