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第1話 100年前の勇者様ご一行

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 賢き大聖者イライジャはこれまでにない危機を察し、発光する半球体のシールドを展開させて大炎球の勢いを止めた。

「長くは持ちません!!」

 大魔道士ミアがその背後でアーティファクトの杖を立て、何者かにつぶやくように詠唱を始める。

「……お願い……わたくしとの約束を覚えてる? 力を貸して……」

 その声に触発されたように灰色の岩盤に霜がつき始め、氷の結晶が形を成して上空へと巻き上げられていく。

「ああ……」

 泣き出しそうな彼女の周囲が冷やされ、シールド内が耐えられるだけの温度に落ち着くと、傷ついてボロボロになった大盾を引き摺った重騎士エイヴァが、激痛で震える足に叱咤する。

「ここで……倒れたら、全部台無しになってしまう……」

 彼らの前に歩を進め、そして大盾を担ぎ上げ、声を張り上げた。

「いきますよ、イーサン!!」
「おうよ!!」

 その声を合図に、小柄な少女は残る全ての力を振り絞り、渾身の力で自分の倍はあろう大盾を火球の中心目がけて投げ込んだ。

 円盤のようにスライドする大盾は炎を切り裂いて進み、それを抜けた先にいる黒い魔物の頭上で粉々に砕け散る。

「ば、ばかな!! 我がイクステンクション・プラネット消滅惑星を食い止めただと……!?」

「これで、終わりだァァァー!!」

 大盾の真下から落ちる一筋の閃光は、目を見開く大魔王デプスランドの眉間に吸い込まれ、落雷の如く空間を白く染めた後、生命エネルギーであるビオコントラクトを大量に四方へ爆散させた。


 こうして4人の勇者達の活躍により、世界に平和が戻ったのでした。


「……っていうのが、かつての大戦『シュレーディンガーの戦い』」

 取り込んだ洗濯物の籠の上に座った年若い女性はそう締めくくり、セミロングのふわっとした赤毛をそよ風になびかせる。力強い眉は目鼻立ちのはっきりとした顔立ちを引き立たせてはいたが、活発な雰囲気を自然な印象に仕立てるべく、質素な水色と茶色ベースの洋服はそれをセーブしてくれていた。

 その前には、花壇の縁に腰掛ける二人の幼い女の子が二人、ぽかんと口を開けて彼女の話を聞いていた。
 片方は水色の瞳で金髪巻き毛、おしゃまなシャーロット。もう片方は紅茶色の髪と瞳、そばかすのかわゆい引っ込み思案なソフィア。

「アメリア、彼らはどうなってしまったの?」
「ゆ、勇者様たちは……島に戻ってこれたの……?」

 アメリアと名を呼ばれた女性は微笑み、白い歯をニッと輝かせる。

「戻ってこれたよぉ~?」
「本当!? よかったあ~」

「大国の王様は、驚異を打ち払った勇者4人を大歓迎で迎えてくれたんだって。国を挙げてパレードをやったり、見たこともないようなご馳走でもてなしたり」

「ふふっ」
「何を食べたのかしら? 書物には残っていないの?」

 シャーロットの問いかけに、アメリアは難しい顔をして口を曲げた。

「うーん……でもね、勇者様たちは、ゆっくりしていられなかったの。まだまだやることがあったんだって」
「どうして? 悪い魔王は倒したのでしょう?」
「親玉を倒せても、残党がまだ各地に残ってたから、それの討伐をしなくちゃならなかったんだって。故郷であるヒューマランダムの島に戻ったのは、何十年も後のことだったみたい」
「お年寄りになっちゃうね……」

 ソフィアのつぶやきが微笑ましく、アメリアは表情を緩める。
 その時、シーツの向こう側から、年配の男性の柔らかな声がアメリアを呼んだ。

「アメリア、どこです? 夕飯の支度をお願いしますよ」
「いっけない!」

 彼女は急いで洗濯物の籠から飛び降り、ロープにかかっているシーツを両手でくるくると巻いて取り込むと、籠の上に乗せてひょいとそれを持ち上げる。

「今日はここまでね。ゆっくりしすぎちゃった」
「えーっ!」
「まだ討伐のお話があるのでしょう?」
「それはまた今度。ご飯作らないと、今晩キミタチが食べる夕飯、なくなっちゃうぞ?」

 少女二人はブーと頬を膨らませたが、夕飯がなくなるのは育ち盛りには痛い。

「二人は、何のお手伝いをしてくれるのかな?」
「私は、テーブルをふきますわ!」

 シャーロットがぴんと立ち上がると、その横にソフィアがゆっくり並ぶ。

「じゃあ、私は、スプーンとフォークを並べるね」

 アメリアが一度手を叩くと、二人の少女は嬉しそうに走り出し、先に見える教会の方へ消えていった。途中、神父と思われる眼鏡をかけたエルフらしき老人とすれ違い、彼を中心に一周回って通り過ぎる。

「二人とも、急ぐと転びますよ」

 子供二人を微笑ましく見送った後、アメリアの方に視線を戻す。

「ごめんなさいリジー神父、でも絶対間に合わせます!」

 洗濯籠を抱えたアメリアは急いで教会の方向へ駆け足を始め、長いスカートをはじいてからの見事なステップで鉢植えを避けた後、神父の視界から見えなくなった。

「うん、相変わらずよい足捌きです」


 ここは丘の上にある小さな教会。
 暖かな気候のヒューマランダムという島にあり、町から少し離れた些か不便な場所。
 教会には孤児院があり、先程の子供達はそこで暮らしている。
 赤毛のアメリアも元々ここの孤児院で育った子供であったが、今は教会のお手伝いさんとして住み込みで働いていた。
 その彼女は現在夕飯の支度に大忙し。
 太陽が沈むまでに育ち盛り十数人分の食事を作り終えなくてはならないのだから、それは大変だろう。


 キッチンの窓から、丘を登ってくる荷馬車が遠目に見える。

「どーどーどー」

 年老いたロバと、年老いた人間の男が、そろって大きなため息を空に逃がす。
 禿げ気味の頭に巻いたバンダナが伝ってきた汗を受け止め、そこに垂れてきたこそばゆい白髪交じりの黒髪に息を吹きかけて余所へ向けた。年齢にしては眼光の鋭さが異様に目につくあたり、若い頃はそれなりの修羅場を通った人物に見える。
 老いたとはいえ、さすが田舎の男は足腰がしっかりしているようだ、彼は細いが筋肉質な身体で荷馬車に積んだ野菜と肉を担ぎ上げ、孤児院の裏手からキッチンのドアをドンドンと豪快にノックした。

「アメ~リア~、町の奴らが寄付だってよー」
「イーサン? ちょっと待って、今手が離せないのぉぉーっ!!」

 イーサンと呼ばれた老人はすぐ横の窓から顔を覗かせる。中では小麦粉を舞い上がらせながら、フライパン6つと大鍋を同時に揺らすアメリアが見えた。

「何でぇ……相変わらず忙しねえ奴だなおぇはよ。一人か? あのクソババアまだ帰ってこねぇのか」
「またそんな呼び方して、聞かれたら怒られるよ!」

 片手間にドアの杭を外し、その足でパンの棚を開けて丸パンを腕でかっさらう。

「お鍋見てて」
「あいよ」

 今日のメニューはハッシュドビーフ? のようなもの? らしい。赤ワインとローリエの混ざり合う香りが鼻面に心地よい。

「トビー! 下の子たちがちゃんと手を洗ってるか見てやってー!」

 言ってから、戻りがてら複数の調味料を鍋にパッパッ。

「セオドア、ゾーイと一緒にお茶を沸かしてくれるー?」

 小さな声が返ったのを耳に入れ、半回転して鍋の蓋を開けて中を覗く。

「もうちょい」

 アメリアがてきぱきと家事をこなしているのを横目で見ていたイーサンが、口をへの字に曲げた。

「足の運びは1、2だ」
「もう! またそれ? 今忙しいの、見て分かるでしょお!?」
「ほれ、1、2、1、2」

 何のテンポか知らないし、やるつもりもなかったアメリアであったが、横でかけ声をかけ続ける老人の声に自然と身体がつられてしまう。前に重心が傾くと、次は後ろに引き戻されるのを小刻みに繰り返し、踊るような止められないステップが家事の速度を上げていく。

「おぇはいつまでこんなことしてるつもりだぁ? 給料も出ねぇってのに、坊様にコキ使われて毎日毎日ガキの面倒見てよ。若いのによく嫌になんねぇな」

 老人は不服そうだ。それに対し、若人はケロッとした様子で答える。

「三度の食事と雨風がしのげる場所、それに優しい神父様と可愛らしいお手伝いさん。加えて可愛いきょうだいたち。家族がここにいて、何の不自由があんのよ」
「体力がかなり備わった以外に、良いことなんかこれっぽっちもねぇだろが」
「ケチケチジジイのイーサンには分からないかもしれないけど、私はこうしてるのが好きなの! 教会で育ってるから、奉仕精神が根付いてるのよ。苦になってないもん」
「そも、教団からの援助が行き届いてねぇのに、奉仕活動なんてやってんじゃねえよ。良いように使われてるだけだぞおぇら」
「どいて、お鍋吹きこぼれてる」

 勢いよく開けた蓋の隙間から蒸気が立ちこめる。

「あちぃな!」
「当たってないじゃない」
「当たりましたー、ここ当たりましたー」

 まるで大人になれてないようなイーサンがおかしくて、アメリアは『ふふっ』と吹き出した。

「憎まれ口たたいて私を自由にしようったって、そうはいかないんだからね、おじいちゃん」
「はあ? 何勘違いしてんだおぇ」

 フライパンの中からいい頃合いの音が聞こえてくる。肉とハーブの焼けた香りがそれを知らせてきた。

「うん、もういいかな。ご飯食べていくでしょ? イーサン」

 並べたお皿に手際よく焼いたチキン料理を乗せながら、視線を外さずにそう問いかける。

「援助のまばらな貧乏孤児院で、メシなんて食えるかよ……」
「帰したら、リジー神父が寂しがっちゃうもん」
「しょっちゅうツラあわせとるわ」

 フンと鼻を鳴らすひねくれた老人が愛嬌たっぷりに見えて、何だか逆に可愛く思えてくる。

 気がつけば、いつの間にか夕飯の支度が終わっていた。
 ある時点から用意が飛躍的にスピードアップしたのだが、その時のアメリアは、まだそれに気がつかぬ未熟者であった。
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