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第24話 中立の平衡

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「一応確認しておくが、お前ら、ニュートラルエクィリブリアム中立の平衡って知ってっか?」
「ニュートラルエブィル……?」

 ルーカスが復唱できていないのを見てドワーフの店主はため息をつく。

「知らねーのか……。こりゃかなり厄介な奴らじゃな」
「ニュートラル……」

 アメリアは思い当たる節がある。先日船の中で3人が説明してくれた禁忌の話の中に、ニュートラルという単語が含まれていたはず。

「ニュートラルエクィリブリアム。中立の平衡と言って、世界協定として定められている法律じゃ」
「初めて聞いた」
「顔見りゃ分かる」

 このドワーフ、イーサンに負けず劣らず口が悪い。ドワーフ自体がこういう文化なのだろうかと疑問にすら思う。

「人間はおとぎ話で刷り込まれてるだろ。『シュレーディンガーの戦い』って草子を知らないガキがいるとは思えねえな」

 ルーカスが『ああ』と納得する。
 こんな場所で禁忌の話が飛び出すとは思わず、2人はお互いどうしようかと顔を見合わせた。

「お爺さんは、禁忌の話を知ってるの?」
「『お爺さん』じゃねえ、『ビョルゴルグル』じゃ」
「ビョルゴゥ……言い難い」
「好きに呼べ。ただし、『お爺さん』以外じゃ」

 アメリアとルーカスが肩をすくめ、再度言い直す。

「ビョルグ、禁忌の話を知ってるの?」
「この大陸で知らない奴は生きていけねえよ。あらゆる場所から人が集まってくるんじゃ、法律を守らなきゃ死ぬまで牢獄行きじゃからな」
「その法律がニュートラルエクィリ……ブ……リアム?」
「そうじゃ」

 2人が神妙な様子になったので、ビョルゴルグルは言ってやる。

「心配するな。何とも単純な内容さ。当たり前のようにみんなやってる。『人を殺すな』、『魂を奪うな』、ただそれだけじゃ」

 それはつまり、『ビオコントラクトには干渉するな』という法律なのだろう。

「破った国や者は罰則が与えられる。世界協定じゃ」

 アメリアとルーカスは規模の大きさに言葉が出せなくなってしまった。これから自分たちは何をしに行くのだろう? そんな不安が膨れ上がったのだろう。
 ビョルゴルグルがその様子を見て片眉を上げる。

「で、話を戻すが。お前ら、何と戦う気じゃ」
「それは……言い難いなあ」

 答えたルーカスの顔をビョルゴルグルが睨みつける。

「俺は商売上、ある物質を確認しなくちゃなんねえ」

 コンコン、と人差し指で右目にはまったレンズを軽く叩く。

「それはエネルギー物質で、かなり特殊なもんじゃ。それが武器や防具に付着してないか、確認してから仕事に入る」

 この先何を言われるか、2人は察して顔をしかめた。

「お前ら、ヤバい道入り込んでるな?」
「ああ! ビョルグ、あのね……!!」

 この一連の説明、おそらく間違いない。

「私たち、王都に行かなきゃいけないの。とても大切な用事なの……。でももしかしたら、向かう前に襲われるかもしれなくて……。なのに新しい武器を買うお金もなくて……それでここに来たの」

 ビョルゴルグルは大きくため息をついてから、カウンターの上に置かれたナックルダスターを手に取り、ヴェスパジアーノを殴り飛ばした箇所を指し示す。

「ここについてるビオコントラクトは、人間ランダマンのものじゃない。エルフでもなければ、ドヴェルグドワーフのものでもない。俺もドヴェルグらしく人間の数倍生きているが、これを見たのは100年近く昔のことだ」

 やはりこの人物は知っていた。
 ビョルゴルグルは立ち上がり、2人に訝しい表情を向けて言った。

「お前ら、アンチエイジャーか?」
「な、何それ……?」
「しらばっくれるんじゃねえぞ、正直に話せ」
「何をしらばくれるっていうの? 私たち、普通の市民ていうか……」
「僕たちはその……何て説明すれば良いんだこれ?」

 ポイントオブソードでは魔物に追われ、ここコメツィエラアンボスでは中立の平衡を乱した者として追われることになるのだろうか。
 アメリアは再びカウンターに身を乗り出し、ビョルゴルグルの髭の近くまで顔を寄せる。

「私たちは元から若いわ。誓って誰かのビオコントラクトを奪ったりしていない。でも、場合によったら、そのニュートラルエクィリブリアムを破ることになるかもしれないのは確かなの……だって……」

 アメリア1人に言わせるわけにはいかないと、ルーカスも身を乗り出した。

「僕たちは魔物に襲われて逃げてきたんだ。このことを王様に伝えなきゃならないんだよ」
「何てこった……」

 ビョルゴルグルは少し呆然として、椅子に大きな身体を落ち着かせた。その風圧で石炭が軽く燃え上がり、火の粉が店内をオレンジに照らす。

「……お前らはアクシス大陸の外から来た奴らじゃ。この大陸で起きてることは知らないだろうが、城へは近づかん方がいいかもしれんぞ……」
「どういうこと?」

 2人の視線を受けて、ドワーフは言葉を選びながら続ける。

「ううむ……この大陸では王都が近いこともあり、王国騎士団の噂が絶えないんじゃが、いいものばかりではない。もしかすると、奴らは未だに裏で活動しているやもしれん噂がある」

 アメリアとルーカスが少し首を傾げた。

「裏……?」
「ビオコントラクトを何処かから吸収してるということじゃ」
「魔物から……ってこと……?」
「下らない三流記者の書いた噂じゃと思ってたが、お前らの持ってきたビオコントラクトの残留物は本物じゃ。噂にして笑ってられなくなったってことじゃよ」

 アメリアの疑問に、ルーカスが続く。

「大戦の後、魔物の残党を一掃したのが、当時の王国騎士団……。でも本当は残党を一掃できてなくて、未だに討伐を続けている……? その真実を僕たちに知られたら困る、とか……?」

 ビョルゴルグルが渋い顔を向ける。

「或いは、騎士団含め、王宮内部は、魔物の巣窟かもしれん」
「そんな……」

 薄暗い店内が静まり返る。
 すると、ビョルゴルグルが徐に拳骨を振り上げ、横のふいごに力強く拳をめり込ませた。風を受けた石炭が一気に燃え上がり、火の粉が舞い上がる。それを幾度か繰り返し、彼は立ち上がった。

「どの道お前らには武器が必要じゃ。それも普通じゃない特注品のヤツ」
「特注品!? そ、そんなの無理よ! お金が……」
「だったら素材を採りに行け」

 慌てるアメリアにルーカスが続く。

「素材?」
「ここから南西に進むと、エルフの住む森が広がっている。その森の近くの海岸沿いに、西から吹く森の風を受けた珊瑚礁の死骸が転がってることがある。それを持ってこい」
「珊瑚礁の死骸? そんなもの何に使うの?」
「見つかるかどうかはお前たちの運次第。それを砕いて武器に練り込めば、魔物の苦手な鉱物に変化する」

 そしてビョルゴルグルは、大きなため息をつきながら椅子の上へ身体を投げ出した。

「ほら早く行け! 歳食っちまうぞ!」

 半ば勢いに押されていたアメリアとルーカスは、店から追い払われるように外に飛び出した。
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