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第35話 破滅の理ルイネゲゼツ
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世界の書物を集めた場所には、古い古い書物でエルドヴェリエンについて記されたものがある。ただ、人間には作ることができず、製法も謎だ。それを知るのは、鍛冶鋳造に精通する者だけで、ドワーフとエルフの両者にだけ伝えられた。
死んだ珊瑚がエルフ森からの西風で結晶化し、鉱物となったものがエルヴァルドコラレ。それをドワーフが砕き、鉱物に練り込む。地の熱で溶かし、叩いて仕上げるそれは耐魔鉱と呼ばれ、魔族に忌み嫌われるインゴットとなる。
Elf、Dvergr、Mineralien。そのインゴットは、それぞれの種族の名をとってエルドヴェリエンと呼ばれた。
ただ、これが作られたのは大戦前。大戦時はもっと効率の良い方法で魔物が討伐された。しかしその方法は王族と騎士団のみが扱えるため、今回はどうしても他の方法が必要だった。回りくどく大変なことになったが、ビョルゴルグルが太古の耐魔鉱物であるエルドヴェリエンを選択した理由は、そういう経緯からである。
混ぜて練り上げるのに丸1日、そこから打ちに入り、冷やして5つの武器が形になるまでに2日と半日かかった。交代で寝たが、ビョルゴルグルは1人黙々と作業を続けていた。仕事柄慣れていたのだろうが、ドワーフという種族はとんでもない体力である。
「こりゃ人間には作れないわけだ……」
イーサンがしみじみ言ったのが記憶に残る。
終わった頃には一同疲労でボロボロになっていたが、仕上がった武器を見て心だけは跳ね上がっていた。
薄く緑がかった灰色が、たまにチカチカと光って見える。
「キレイ……こんな鉄初めて見た」
「鋼にできりゃ良かったんじゃが、生憎クセが強すぎて俺1人じゃどうにもできなかった。せめてもう1人慣れてるドヴェルグがいりゃ練り込めたんじゃが……」
「何言ってるの、十分だよ。ビョルグがここまでやってくれたんだもの、本当にありがとう」
アメリアのその純粋な言葉に年老いたドワーフは照れたのか、口をへの字に曲げた。
「ほれ、お前の獲物じゃ。岩をも砕く闘拳、破滅の理ルイネゲゼツじゃ」
「何かカッコイイ名前つけてくれてる!」
「もうジョッキの持ち手じゃないんじゃ、武器として名を与えるのは当たり前じゃろ」
それを両手にはめると、沸々と深い場所から自信が湧き上がるようだった。
「ルイネゲゼツ……!」
「ほれ、槍使いにはこれじゃ。ハイレゲンアーシャランツェン、聖灰の槍じゃ」
「そんなキレイな名前つけちゃって、使うの僕だよ?」
名前に気後れしてルーカスが受け取るのを躊躇していると、ビョルゴルグルは槍を彼の胸に押し付けて言う。
「お前は自分を心得ている。一度燃え尽きた灰は穢れがない。受け取れ」
もう一度押し付けるとルーカスはそれを手に取り、ほんの少し過去を許された気持ちになると照れくさそうに微笑んだ。
次にビョルゴルグルは老人3人に視線を移す。
「あんたらには、この武器は間に合わせでしかない。名はつけてない。もうすでに、生涯に渡る相棒を持ってるはずじゃ」
イーサンは剣を受け取って頷いた。
「ああ。それでいい」
「くれぐれも扱いには気をつけろ。振り回されれば命を落とすことになりかねん。特にあんた」
そう言ってミアに杖を渡す。
「ええ、ご忠告肝に銘じておきます」
「エルフの素材は魔力を放出する時の負荷を軽減させる。うっかり力を出しすぎると、杖ごと爆発するかもしれん。常にセーブするんじゃぞ」
「ありがとう、やっぱりドヴェルグは最高ね」
微笑んでウインクするミアに照れたのか、咳払いしてからイライジャに杖を手渡す。
「いいか、お前は半分エルフの血が入ってる。この5人の中で、最もこの武器とリンクしやすい。それを上手く扱えば力を増幅できる。やり方は、俺はドヴェルグだから分からん。ヒーラーだろうから心配ないだろうが、魔道士と同じで攻撃系の呪文だけは注意しろ」
「分かりました。貴方の助力に心から感謝致します」
静かに会釈するエルフを横目にしてから、ビョルゴルグルはやり終えたように大きく息をついた。
「終わりだ。加工代は5人分。200かけ5で金貨1枚」
「安ッ!」
思わずルーカスが口に出したが、ビョルゴルグルはそれを睨みつけた。
「払うのか払わないのか」
「払います……」
アメリアが胸元から袋を取り出し、安すぎる報酬にそれを全部カウンターの上に置こうとすると、ビョルゴルグルは横のふいごを拳骨で叩いた。
火の粉が周囲を明るく染め、不機嫌そうないつものドワーフが浮かび上がる。
「おいあんた、あの鞄に入ったエルヴァルドコラレ、あれは全部もらうぞ。それが手間賃だ。それでいいな?」
イーサンは歯を見せて笑い、頷く。
「ああ、好きに使ってくれ」
それを確認したビョルゴルグルは、カウンターの袋の中に大きな手を乱雑に突っ込み、金貨1枚を指で挟んでアメリアの目の前に出して見せた。
「確かに金貨1枚受け取った」
それから袋をアメリアに投げて渡し、カウンター向こうの椅子に大きな体を投げ出して腰掛ける。
「他の仕事がある。用がないなら出て行ってくれ」
この素っ気なさもドワーフらしく、イーサンは思わず笑うと軽く手を振って踵を返した。
「ありがとな。次会うとしたら、若くなりすぎてて気がつかねぇかもしんねぇけど。元気でやれよ、爺さん」
「お前もジジイじゃろが」
笑い声が響き、声と共に皆を外に出した後、滑るように動く蝶番が音もなく扉を閉めた。
急に店内は静かになり、1人ビョルゴルグルは呟く。
「生きて戻れよ」
そうして彼はまた、大人しくなる高炉の火をじっと見つめた。
死んだ珊瑚がエルフ森からの西風で結晶化し、鉱物となったものがエルヴァルドコラレ。それをドワーフが砕き、鉱物に練り込む。地の熱で溶かし、叩いて仕上げるそれは耐魔鉱と呼ばれ、魔族に忌み嫌われるインゴットとなる。
Elf、Dvergr、Mineralien。そのインゴットは、それぞれの種族の名をとってエルドヴェリエンと呼ばれた。
ただ、これが作られたのは大戦前。大戦時はもっと効率の良い方法で魔物が討伐された。しかしその方法は王族と騎士団のみが扱えるため、今回はどうしても他の方法が必要だった。回りくどく大変なことになったが、ビョルゴルグルが太古の耐魔鉱物であるエルドヴェリエンを選択した理由は、そういう経緯からである。
混ぜて練り上げるのに丸1日、そこから打ちに入り、冷やして5つの武器が形になるまでに2日と半日かかった。交代で寝たが、ビョルゴルグルは1人黙々と作業を続けていた。仕事柄慣れていたのだろうが、ドワーフという種族はとんでもない体力である。
「こりゃ人間には作れないわけだ……」
イーサンがしみじみ言ったのが記憶に残る。
終わった頃には一同疲労でボロボロになっていたが、仕上がった武器を見て心だけは跳ね上がっていた。
薄く緑がかった灰色が、たまにチカチカと光って見える。
「キレイ……こんな鉄初めて見た」
「鋼にできりゃ良かったんじゃが、生憎クセが強すぎて俺1人じゃどうにもできなかった。せめてもう1人慣れてるドヴェルグがいりゃ練り込めたんじゃが……」
「何言ってるの、十分だよ。ビョルグがここまでやってくれたんだもの、本当にありがとう」
アメリアのその純粋な言葉に年老いたドワーフは照れたのか、口をへの字に曲げた。
「ほれ、お前の獲物じゃ。岩をも砕く闘拳、破滅の理ルイネゲゼツじゃ」
「何かカッコイイ名前つけてくれてる!」
「もうジョッキの持ち手じゃないんじゃ、武器として名を与えるのは当たり前じゃろ」
それを両手にはめると、沸々と深い場所から自信が湧き上がるようだった。
「ルイネゲゼツ……!」
「ほれ、槍使いにはこれじゃ。ハイレゲンアーシャランツェン、聖灰の槍じゃ」
「そんなキレイな名前つけちゃって、使うの僕だよ?」
名前に気後れしてルーカスが受け取るのを躊躇していると、ビョルゴルグルは槍を彼の胸に押し付けて言う。
「お前は自分を心得ている。一度燃え尽きた灰は穢れがない。受け取れ」
もう一度押し付けるとルーカスはそれを手に取り、ほんの少し過去を許された気持ちになると照れくさそうに微笑んだ。
次にビョルゴルグルは老人3人に視線を移す。
「あんたらには、この武器は間に合わせでしかない。名はつけてない。もうすでに、生涯に渡る相棒を持ってるはずじゃ」
イーサンは剣を受け取って頷いた。
「ああ。それでいい」
「くれぐれも扱いには気をつけろ。振り回されれば命を落とすことになりかねん。特にあんた」
そう言ってミアに杖を渡す。
「ええ、ご忠告肝に銘じておきます」
「エルフの素材は魔力を放出する時の負荷を軽減させる。うっかり力を出しすぎると、杖ごと爆発するかもしれん。常にセーブするんじゃぞ」
「ありがとう、やっぱりドヴェルグは最高ね」
微笑んでウインクするミアに照れたのか、咳払いしてからイライジャに杖を手渡す。
「いいか、お前は半分エルフの血が入ってる。この5人の中で、最もこの武器とリンクしやすい。それを上手く扱えば力を増幅できる。やり方は、俺はドヴェルグだから分からん。ヒーラーだろうから心配ないだろうが、魔道士と同じで攻撃系の呪文だけは注意しろ」
「分かりました。貴方の助力に心から感謝致します」
静かに会釈するエルフを横目にしてから、ビョルゴルグルはやり終えたように大きく息をついた。
「終わりだ。加工代は5人分。200かけ5で金貨1枚」
「安ッ!」
思わずルーカスが口に出したが、ビョルゴルグルはそれを睨みつけた。
「払うのか払わないのか」
「払います……」
アメリアが胸元から袋を取り出し、安すぎる報酬にそれを全部カウンターの上に置こうとすると、ビョルゴルグルは横のふいごを拳骨で叩いた。
火の粉が周囲を明るく染め、不機嫌そうないつものドワーフが浮かび上がる。
「おいあんた、あの鞄に入ったエルヴァルドコラレ、あれは全部もらうぞ。それが手間賃だ。それでいいな?」
イーサンは歯を見せて笑い、頷く。
「ああ、好きに使ってくれ」
それを確認したビョルゴルグルは、カウンターの袋の中に大きな手を乱雑に突っ込み、金貨1枚を指で挟んでアメリアの目の前に出して見せた。
「確かに金貨1枚受け取った」
それから袋をアメリアに投げて渡し、カウンター向こうの椅子に大きな体を投げ出して腰掛ける。
「他の仕事がある。用がないなら出て行ってくれ」
この素っ気なさもドワーフらしく、イーサンは思わず笑うと軽く手を振って踵を返した。
「ありがとな。次会うとしたら、若くなりすぎてて気がつかねぇかもしんねぇけど。元気でやれよ、爺さん」
「お前もジジイじゃろが」
笑い声が響き、声と共に皆を外に出した後、滑るように動く蝶番が音もなく扉を閉めた。
急に店内は静かになり、1人ビョルゴルグルは呟く。
「生きて戻れよ」
そうして彼はまた、大人しくなる高炉の火をじっと見つめた。
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