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第36話 ちょっぴりホームシック

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 ここからゴーサホルツハマーに行くには、徒歩で北西に向かうしかない。こちらはオンボロワゴンの大足があるので、完全徒歩とは言えないが、かなりの長旅となるだろう。
 コメツィエラアンボスの町でゆっくりしていたせいか、アメリアはヒューマランダムにいる孤児のきょうだいたちを思い、宿屋で少しホームシックになっていた。何となくその気持ちを察したイライジャがそっと声をかける。

「皆が恋しいですか」
「えっ?」

 イライジャの指が、アメリアが撫でるミサンガの腕輪を指し示す。無意識に触れていたらしい。アメリアはそれをしみじみ見つめると苦笑いした。

「ずいぶん遠くまで来ちゃったなって思ったの」
「距離にしたら戻ってきてるので、そんなでもないのですけれどね」
「ふふっ、そうね。本当遠回り」

 ミサンガの鮮やかな色は、多少汚れてはいたが、薄れてはいない。

「みんなうまくやれてるかな……」
「アメリアが仕込んだ子どもたちですよ。大丈夫」
「みんな大きくなったら、一人で暮らしていかなきゃいけない。島から出ていく子もいるだろうし。何だかその予行練習みたいになっちゃったね」

 それに答えられず、イライジャは切なく微笑む。

「ミアが大事な物を1つだけ身に着けて持っていけって言った意味がよく分かった。イーサンも反対しなかったし。これをつけてると、力が湧いてくるし、絶対島に帰ろうって気になる。イライジャやイーサンにも、そういうアイテムってあるの?」
「さあ……イーサンはどうでしょう? 持っていても絶対人には見せそうにないですから」

 確かに、と思い、2人で微笑む。

「イライジャは?」
「……私はロザリオです。ある高貴な方から譲り受けました。思い出深い品です」

 何となく、見せてと言えない空気を感じ、アメリアは静かに頷いた。

「神父様にぴったり。ステキだね」

 ふと、今まで見せたことのない物悲しい笑みをイライジャが見せたような気がして、話を変えてやる。

「あとどのくらいで島に帰れるんだろう」
「本当、見当付きませんね……。往復でも2、3ヶ月くらいの船旅だと思っていたのに、まだ到着していないとは。数ヶ月前の言い出しっぺに長旅になるぞと伝えてやりたい」
「イーサンじゃん」
「常にこういったことはイーサンです」

 アメリアが笑い、椅子の背もたれに身を預ける。

「ちょっと元気出た。ありがとうリジー神父」
「何だか、その呼び名も久しぶりな気がします。そのくらい時間が経っている」
「イライジャたちも、旅の途中でホームシックになったりした?」
「もちろんです。私達だって人の子ですから、人並みに喜んだり悲しんだり寂しがったりしましたよ」
「イーサンも?」
「ふふふふ……ふふっ、そんなにイーサンが勇者だったことが意外なのですか、アメリア?」

 年若い世代が抱くイーサンのギャップに、イライジャが堪らず笑い始めた。

「だってイーサンだよ? ヒューマランダムで何してた? 木こりじゃん! しかも夜になったら漁師と酒のんで管巻きあって、そうかと思えば勢い余ってケンカおっぱじめたり、ロクなことしてなかったのに、ある日突然いきなり実は勇者様ですよなんて信じられる!?」
「ははは、イーサンは『たまたま勇者になってしまった冒険者の一人』なのですよ」
「本当そういうかんじ」
「私もミアもそうなのです。たまたま私達がデプスランドを倒してしまっただけの話で、誰が勇者になってもよかった。当時はたくさん優秀な冒険者がいましたから。なのに、どういう運命か私達になってしまった」
「今度から、みんなにおとぎ話してあげるのも、あの顔が出てきちゃうと思うとガッカリ……!」
「今はあんなしわくちゃですが、当時のイーサンは体格も良くて強くてかっこよかったのですよ」
「えー……嘘だ。あり得ない」
「はははは!」

 ふと間が空き、アメリアはずっと気にかかっていたことを口にする。

「デプスランドって、魔王のことだよね?」
「ええ。まあ、我々が魔王と呼んでいただけで、魔物から王と見なされていたわけではないのですが」
「そうなの?」
「ええ。あの種族は、強いものこそが優位に立てる。あらゆる場所で出会っても必ず上下関係が存在し、誰が頂点かは分からなかった。ただ、そんな中でもデプスランドの魔力はとてつもなく強大だったのです。一人秀ですぎており、それ故に世界は団結して討伐せざるを得なかった」
「昔は魔族がたくさんいたんでしょう?」
「人よりは少なかったですよ。エルフよりも少ない。魔族は死にはしませんが、極端に生むことをしませんからね。個人の魔力を高めるのに趣を見出す種族ですから」
「私、ずっと分からなかったことがあるの」

 イライジャがアメリアの表情を窺う。

「どうしてニュートラルエクィリブリアム中立の平衡があるのに、魔族だけ討伐対象になったの?」
「それは、魔族の特性のせいです」
「特性?」
「我々が『平和』や『安寧』と呼ぶものを、彼らは持ち合わせていないのです」

 アメリアは今一把握しきれていない様子のようだ。

「魔物は、個人の魔力を高めるのに趣を見出す種族だと言いましたよね。だから魔力を高めようとして、ビオコントラクトを取り入れるために侵略し、他の種族を殺めてしまうのです」
「なる、ほど……。それは厄介な存在だわ」
「そうは言っても、我々も同じといえば同じなのです」
「えっ!?」
「よく考えてみて下さい。全ての生物にビオコントラクトがあるのです。家畜にも植物にも。それを日々の糧として我々は口にしている。微量のビオコントラクトが体内に入り、エネルギーとして循環しているから、みな生きていられるのです」
「ああ……そうか。そうだよね……。考えたことなかった……」
「だからニュートラルエクィリブリアムが禁忌として存在するのです」

 色々なことが繋がり、アメリアは大きくため息を吐いた。

「ここの何ヶ月かでめちゃくちゃ頭良くなった気がする」
「ははは、孤児院にいる時も、このくらい勉強してくれたら良かったのですが」
「私は身体動かす方が得意なんだもん。天文学やら魔法学やら精神学なんて眠くなっちゃうよ」

 アメリアが脳筋のおかげで色々助かっているのだ。秀でた才能を見出したイーサン様々である。
 イライジャが窓の外を覗き込む。

「それにしてもミアは遅いですね……そろそろ戻ってきてもいい頃なのに」
「ルーカスがついてるから平気だよ。あの子世間慣れしてるから変なのに引っかからないようにしてくれるし」
「装備を見に行くと言ってましたが、どう考えてもお洒落装備の方ですよね……全く、昔から変わらないな……」
「ふふ、ミアお洒落さんだもの。おばあちゃんになっても可愛いから、きっと若い頃はものすごい可愛かったんだろうなあー! ねえ、どうなのそこのところ!?」
「ええ……?」

 この手の話に僧侶のイライジャは疎く、アメリアの話に困らされたまま数時間が過ぎていった。
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