うちのお猫様は、私に冷たい

こむぎダック

文字の大きさ
1 / 17

プロローグ

しおりを挟む
 エドモンド・ラシール侯爵  
 日記より抜粋

 帝国歴695年3月16日

 私は今、ノーランという片田舎の小さな村を訪れている。

 18年前家を出た切り、行方が分からなくなっていた、兄ヨゼフの亡骸を引き取るためだ。

 兄は堅苦しく、面倒な事ばかりの貴族の暮らしを嫌い、家を捨ててしまった。

 それ以来、父も私も、ヨゼフの行方を捜し続けてきたが、何処に隠れたものか、その消息を掴むことは出来なかった。

 それがつい数日前、ヨゼフの使いだと言う者が屋敷を訪れ、兄が死にかけているとい言い、どうか助けてやって欲しいと、懇願して来た。
 
 兄の名を語る、詐欺ではないか?

 そう疑いはしたが、使いの者は兄からの手紙を持参していた。

 手紙には。

 やあ。エドモンド。
 元気にして居るかい?
 君が新薬を開発したと聞いた、おめでとう。
 君は昔から努力家で、素晴らしい研究者だ。そんな、君が僕の弟だなんて、とても誇らしいよ。

 本当によく頑張ったね。

 さて、散々不義理を通して来た僕だけれど、僕の命はもう永くない。勝手をした、天罰が下ったのかも知れないね。

 ただ心残りがあるとすれば、私の娘の事だ。

 娘はまだ幼く。
 この子の母親も、産後の肥立ちが悪かった事で、娘を産んで直ぐに亡くなっている。
 天涯孤独となる、娘の事を哀れだと思ってくれるなら。

 どうか娘を、リーシャを守り育ててはくれまいか。

 勝手な事ばかりで、エドモンドには本当に、申し訳ないことをしたと思っている。
 
 しかし、私は自分の選択を後悔したことは無い。

 広い世界を、自由に見ることが出来た。
 美しく優しい妻を得て、可愛い子供を授かる事も出来た。

 本当に良い人生だった。

 エドモンド。
 どうかお願いだ、私の宝石を。
 私の可愛いリーシャを頼む。

 本当に兄らしい、身勝手な手紙だった。

 しかし、それでも私は兄が好きだった。
 優しく繊細で、夢見がちで身勝手な兄が、本当に大好きだったのだ。

 慌てて家を飛び出し、馬を乗り潰しては交換しを繰り返し、やっとの思いでこのノーランにたどり着いた時。

 兄は既に冷たくなっていた。
 最後にもう一度でいい。
 兄の声が聴きたかった。
 あの優しい声で、エドモンド。と名を呼んで欲しかった。

 涙する私の目に映ったのは、目覚めぬ父を、一生懸命に起こそうとする、幼気な幼女の姿だった。

 ”とうたま、おっき”
 ”とうたま、だっこ”

 と何度も動かぬ父の体を揺すり、紅葉のような小さな手で、冷たくなった大きな手を自分の頭に乗せ、 ”とうたま、なでなで~” と死の意味も知らぬ幼子が、父を求める姿に、涙せぬ者が居るだろうか。

「初めましてリーシャ。私はエドモンド、君の叔父にあたるものだよ」

「エド?おじ?」

「難しいかい?私は君のとうたまの弟なんだ」

「ふ~ん。エド~。とうたまおっき~」

「とうたまを、起こしたいの?」

「うん!おっき!まんまたべゆ。とうたまげんき」

 リーシャはヨゼフが元気になると、信じていた。この清らかな瞳を持つ子供に、お前の父は、二度と起きないのだ、とは言えなかった。

 ヨゼフが病に倒れた時から、リーシャの面倒を見てくれていた隣家の夫婦は、兄達は、それはそれは、睦まじい親子だったと話してくれた。

 そして、兄がこの村にやって来てからの5年間で、彼等が知る全てを語ってくれたのだ。

 兄夫婦は5年ほど前から、この村に移り住んでいた。

 リーシャの母親は、リリーという名で。
 名前の通り、白百合のような儚げな女性だったそうだ。

 彼女は何処か外国の出身だったらしく、日常会話もたどたどしく、皆が当たり前に知っている常識も知らない様だった。

 だが、兄もリリーも、その立居振舞の上品さから、何処かの没落した貴族出身なのではないか?と噂になって居たそうだ。

 実際、居間に飾られていた、姿絵は隣人の話しの通り、リリーが清楚で美しい女性であったことを表していた。

 兄夫婦がノーランに移り住み、リリーも言葉を覚え、日常生活に不安が無くなって来た頃、待望の子供が出来た。

 兄ヨゼフは、妻の懐妊を心から喜び、それまで以上に精を出して働いた。

 しかし、リーシャを出産したリリーは、日に日に体が弱って居った。
 元々丈夫な人ではなかったらしく、ヨゼフは甲斐甲斐しくリリーに尽くしたが、出産から一年も経たぬ内に、ヨゼフの最愛の人は、帰らぬ人となってしまった

 ヨゼフは嘆き悲しみ、リリーの死からは、食事もろくに摂らず、このまま妻の後を追ってしまうのではないか?と周囲の者達は、心配していたのだそうだ。

 しかし、何が切っ掛けだったのかは分からないが、ある日を境にヨゼフは再び、生きる気力を取り戻した。

 その日から、ヨゼフはリーシャの為だけに、人生の全てを捧げる様に、生きて来たのだと言う。

 しかしそのヨゼフも、原因不明の病に罹り、倒れてしまった。

 ヨゼフの病は、発熱と吐血を繰り返し。
 発病から2か月もかからぬ内に、この世を去る事になった。

 人生の全てを捧げる様に愛した娘を、一人残していく事は、どれだけ心残りだったろうか。
 あれほど嫌った貴族の暮らしに、娘を投げ込むことになっても、安全な暮らしをさせたい。そう願った兄の気持ちは、如何ばかりだったのだろうか。

 兄の亡骸は、最愛の妻リリーの墓の前に、向かい合わせで埋葬する事にした。

 兄は侯爵の霊廟に入る事を望まなかっただろうし、何時か救世の時が訪れた時、立ち上がった二人の魂が、一番最初に目にするのは、お互いの姿であるべきだと思ったからだ。

 葬儀の際、やはり死を理解せぬリーシャは、柩の蓋を閉める事にも、冷たい土の中に父を埋める事にも、泣き叫んで抵抗した。

「とうたまは、神様のお仕事を手伝いに行くんだ。最初は地の神様のお手伝いをするから、土の中に入らなくちゃいけないんだよ?」

「おてつだいすゆ?」

「そう。お手伝い。そして地の神様のお手伝いが終わったら、今度はお空の神様のお手伝いをするんだ。リーシャとは会えなくなってしまうけど。リーシャの母様も、お空で神様のお手伝いをしているから、二人はいつでもリーシャの事を、見守ってくれているんだよ」

「かみさまのおてつだい、たいへん?」

「そうだね、とっても大変で、とっても大事なお仕事だ。だけどリーシャの事はずっと見て居てくれるからね」

「とうたま。かあたまにあえゆ?」

「あぁ。必ずあえる」

「とうたまとかあたまが、あえゆなら、リーチャがまんすゆ」

「そうか、リーシャは偉いな」

 大きな眼いっぱいに涙を溜め、一生懸命に我慢する姿の、何といじらしいく愛しい事か。

 私は兄の墓前に、リーシャを何者からも守り抜き、必ず幸せにして見せる。と誓ったのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】妻の日記を読んでしまった結果

たちばな立花
恋愛
政略結婚で美しい妻を貰って一年。二人の距離は縮まらない。 そんなとき、アレクトは妻の日記を読んでしまう。

【完結】離婚を切り出したら私に不干渉だったはずの夫が激甘に豹変しました

雨宮羽那
恋愛
 結婚して5年。リディアは悩んでいた。  夫のレナードが仕事で忙しく、夫婦らしいことが何一つないことに。  ある日「私、離婚しようと思うの」と義妹に相談すると、とある薬を渡される。  どうやらそれは、『ちょーっとだけ本音がでちゃう薬』のよう。  そうしてやってきた離婚の話を告げる場で、リディアはつい好奇心に負けて、夫へ薬を飲ませてしまう。  すると、あら不思議。  いつもは浮ついた言葉なんて口にしない夫が、とんでもなく甘い言葉を口にしはじめたのだ。 「どうか離婚だなんて言わないでください。私のスイートハニーは君だけなんです」 (誰ですかあなた) ◇◇◇◇ ※全3話。 ※コメディ重視のお話です。深く考えちゃダメです!少しでも笑っていただけますと幸いです(*_ _))*゜ ※AI不使用です。

行き遅れにされた女騎士団長はやんごとなきお方に愛される

めもぐあい
恋愛
「ババアは、早く辞めたらいいのにな。辞めれる要素がないから無理か? ギャハハ」  ーーおーい。しっかり本人に聞こえてますからねー。今度の遠征の時、覚えてろよ!!  テレーズ・リヴィエ、31歳。騎士団の第4師団長で、テイム担当の魔物の騎士。 『テレーズを陰日向になって守る会』なる組織を、他の師団長達が作っていたらしく、お陰で恋愛経験0。  新人訓練に潜入していた、王弟のマクシムに外堀を埋められ、いつの間にか女性騎士団の団長に祭り上げられ、マクシムとは公認の仲に。  アラサー女騎士が、いつの間にかやんごとなきお方に愛されている話。

英雄の番が名乗るまで

長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。 大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。 ※小説家になろうにも投稿

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~

湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。 「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」 夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。 公爵である夫とから啖呵を切られたが。 翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。 地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。 「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。 一度、言った言葉を撤回するのは難しい。 そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。 徐々に距離を詰めていきましょう。 全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。 第二章から口説きまくり。 第四章で完結です。 第五章に番外編を追加しました。

女王は若き美貌の夫に離婚を申し出る

小西あまね
恋愛
「喜べ!やっと離婚できそうだぞ!」「……は?」 政略結婚して9年目、32歳の女王陛下は22歳の王配陛下に笑顔で告げた。 9年前の約束を叶えるために……。 豪胆果断だがどこか天然な女王と、彼女を敬愛してやまない美貌の若き王配のすれ違い離婚騒動。 「月と雪と温泉と ~幼馴染みの天然王子と最強魔術師~」の王子の姉の話ですが、独立した話で、作風も違います。 本作は小説家になろうにも投稿しています。

処理中です...