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8話
しおりを挟むリーシャは、オブシウスが戻って来ると信じて疑わなかったが、マーサの考えは違っていた。
何故ならば、リーシャがオブシウスを拾った時、オブシウスは既に子猫とは言えない体つきをしていたからだ。
猫の寿命がどのくらいなのか、マーサもはっきりとは知らなかったが、そんなに長生きをする、生き物ではなかった筈だ。
飼い猫は死期が近くなると姿を消すものだ。とマーサは聞いたことがある。恐らくオブシウスも、死期を感じ自ら姿を消したのではないだろうか?
そう思うマーサだったが。愛猫を思うリーシャに向かって、それを教える気にはなれなかった。
「陛下のねこちゃんのお話しを聞かせてあげようと思ってたのに、全然帰ってこないの」
「猫は気まぐれな生き物ですから、その内ひょっこり帰ってきますよ」
「ほんとう?でも怪我をして、帰って来られなかったらどうしよう・・・」
「では、下男に近くを探させてみましょうね?」
「うん!」
「お嬢様。うん、ではなく。”はい” ですよ?」
「あ・・・はい。マーサからお願いしてくれる?」
「勿論です。きっとすぐに見つかりますよ。だから元気を出して下さいね」
マーサの言葉を信じたリーシャは、ニッコリと微笑んだ。
しかし、黒猫のオブシウスがリーシャの元へ帰って来る事はなかったのだ。
アシン・ラシール 侯爵
日記抜粋
大国歴704年10月3日
今日僕は、無事にラシール侯爵家の当主となった。
僕の計画では、当主継承と同時に、リーシャを婚約者として紹介するつもりだったのだが・・・。
のっぴきならない事情により、それもおあずけ状態だ。
リーシャが10歳になった時、リーシャ本人が陛下に対し、婚約内定の取り消しを申し出ている。
勿論リーシャの意を受けた父上も、破婚を願い出た。しかしそれから2年近く、リーシャとゼフィール殿下の婚約の内定は、取り消される事はなかった。
理由は、殿下がリーシャとの結婚を望んでおり、リーシャ以外とは結婚しないと仰ったからなのだそうだ。
殿下はリーシャを望む意思を示したが、相も変らずリーシャとの面会を拒み続け、リーシャの戸惑いは増すばかりだ。
同時期に愛猫が姿を消してしまったリーシャは、破婚も叶わず、殿下との関係も改善されずで。落ち込んでいる様子を見せる様になってしまった。
しかし2年前、破婚願いを受理されず、リーシャが16になったと同時に、二人の結婚を強行する姿勢の陛下に対し、父は一つの条件を出していた。
それは、今後リーシャと殿下の関係が改善されなかった場合、そしてリーシャが殿下との結婚を拒んだ場合。僕との結婚を認める。という趣旨のものだった。
陛下はリーシャとゼフィール殿下の関係改善に、自信が御有りの様子だったらしいが、結果として、お世辞にも二人の関係が改善したとは言い難い2年だった。
そして半年前、継承に向けての申請状と共に、僕達親子は其々陛下に手紙を送る事にした。
何方の内容も殿下との破婚を願うものだ。
ただ僕は、近い未来の懸念を前面に手紙を書き記した。
王国の貴族の子供は、13になると多くのものが王立の学院へ通う事となる。
しかし学院入学前に、ほとんどの子供達は家庭教師から、基本的な知識と教養の教えを受けて居る為、学院で学ぶことは、ほとんどないと言っていい。
では何故大枚を払って迄、学院へ通わせるのか。それは、将来の社交の為に他ならない。
家の様な学者家系や、能力を発現した者は、専門的な知識や、能力の制御の方法を学びに行くのだが。殆どの貴族家の子供は、学院在学中に、多くの横のつながりを作り、実戦に近い形で、社交におけるマナーを学ぶ事が主たる目的となる。
必然的に茶会や小規模なパーティーへの誘いも増え、学院主催の大きなパティーも、年に4.5回は催される。
その際のパートナーは、婚約者が務める事になるのだが、リーシャと殿下の関係は内定どまり、しかもこちらから破婚を願い出ている状態だ。
それでも、殿下との縁談がある以上、リーシャは他の誰かを、パートナーとすることは出来ない。
殿下との関係を公にすれば、婚約者に見向きもされない惨めな令嬢と噂れ、黙していれば、侯爵家の娘であるにも関わらず、婚約も出来ないのは、出自が怪しいからだとか、なにがしかの瑕疵があるのだ、と噂される事となる。
3歳の頃から続く、陛下との茶会も、陛下のお気に入りだという事実も、このような噂を止める役には立たないのだ。
洗礼のおりに大司教が口にした、偉大な能力をリーシャが発現したとして、殿下との婚約以外。僕との結婚でもリーシャを繫ぎ止めて置くことは出来る。
なにより、リーシャと会おうとすらしない殿下との結婚よりも、僕と結婚した方がリーシャは幸せになれる筈だ。
数日後、王宮から届いた陛下からの返事には、殿下との破婚と、僕とリーシャの婚約を認める旨が記されていた。
永年の願いが叶い、僕と父上は歓喜した。
父上は可愛い娘を手放さずに済むことを、そして僕は、胸の奥に秘め続けた思いを告げる事が出来る事をだ。
翌日王都の近くにある、遺跡へのピクニックにリーシャを誘い、そこで殿下との破婚が叶った事を告げ、僕と結婚して欲しいと、リーシャにプロポーズした。
永年兄妹として過ごして来た僕からのプロポーズに、リーシャは戸惑ってしまった様子だった。
でもそんな事で、逃がしてあげられるほど、僕の想いは弱くない。
しかし、自分の想いだけを押し付けて、彼女の意思を無視する事も出来ない。
だから僕は、継承式までに返事をくれればいいと、リーシャに告げた。
「だけど、出来れば断らないで欲しい。勝手だと思うかも知れないけど、僕のお嫁さんはリーシャしか考えられない。ずっと好きだったんだ」
初めて会った時から、というのは幼女趣味の変態と、受け取られかねないから黙っておく事にした。
「お兄様・・・」
つないだ手の指先にキスをすると、リーシャは恥ずかしそうにポッと頬を染めた。
そのとても初々しい反応に、僕の中の雄が反応しかけたけれど、今はまだその時じゃない。
随分と大人びて来たけれど、リーシャはまだ成人前の子供だ。
穢れを知らぬリーシャが、成人を迎えるその日まで、大切に、宝物よりも大事に守るのが僕の役目だ。
屋敷に戻ってからのリーシャは、少しぎこちない態度を見せていた。
僕からのプロポーズに、戸惑い悩んだリーシャは、きっとマーサに相談するだろう。
相談するのは、マーサでなくてもいい。リーシャ付きの侍女でも、庭師でも、父上の執事や研究助手でも構わない。
何故ならこの屋敷の全員が、僕の味方だから。
予想通り、リーシャはマーサとお付きの侍女ジャネットに、僕の事を相談したらしい。
すると二人は僕との結婚を手放しで喜んだそうだ。
僕との結婚を勧める理由として、マーサは、僕が軍属でない事をあげたそうだ。
「私の夫は軍属だったの。だから帝国からの徴兵に応じて出征したのだけれど、それっきり帰って来る事はなかったのです。お嬢様には、マーサのような思いをして欲しく有りません。その点坊っちゃんは、学者さんですから。そんな心配とは無縁です。それに身内びいきと言われるかも知れませんが、坊ちゃんは、中々ハンサムですよ?」
「そうですよ。それにお嬢様が大人になるのを、ずっと待っていらしたなんて、どんび・・・あ~。ゴホン!!なかなかできる事では無いと思います。それだけ本気って証拠じゃないですか?」
二人の後押しのお陰か、リーシャは僕との婚約を受け入れてくれた。
リーシャの中の気持ちは、今はまだ男女の愛ではないのかも知れない。
それでも、僕の可愛いリーシャは、やっと僕だけのものになったんだ。
そう思っていたのに・・・。
継承式を目前に控えたある日、リーシャの能力が発現した。
発現してしまった。
言っても仕方のない事だけれど、何故継承式の後まで待ってくれなかったんだろう。
なんなら、一生発現しないままでもよかったのに・・・。
能力が発現したリーシャは、一晩で国の重要人物に祭り上げられる事になってしまった。
リーシャが発現した能力は、我が国初の、癒し手の能力だったからだ。
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