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第七章
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時計の針は、午後三時を少し回ったところだった。校門に足を踏み入れると「待ってました!」とでも言いたそうに、六十歳半ばくらいの小太りの守衛の男が走り寄ってきた。最近は、学校、という安全が保証されたような場所においてさえも、信じられないような物騒な事件が時折起こる。こんな田舎町の公立の中学校であっても、セキュリティー対策は講じられているのだ。子供たちを護るためと言ってみれば正義の味方みたいで格好が良いが……万が一、何か重大な事件が起きてしまった時に、杜撰なセキュリティー体制を指摘されスケープゴートにされるのは御免こうむる、という大人側の立場を想像してしまうと、少し興ざめな気分にもなる。
「ちょっと、ちょっと、そこのお兄さん、ここに何の用?」
チャラチャラした身なりの若造が何の用だ? と、男の目が語っている。俺は、おっさんの警戒を解くために、接客業で鍛え上げられた“泉スマイル”を浮かべながら、
「ご苦労さまです。今日は、とても良いお天気ですね!」
と言った。おっさんは、外見とは不釣り合いな若造の態度に意表を突かれたのか、少々戸惑っているように見えた。
「いや、ね……最近物騒な事件が多いでしょう? 上がうるさくてさあ……生徒さん以外の訪問者には、この台帳に名前書いてもらわないといけないんだよね。お兄さん、ここの生徒さんの親御さんっていうわけじゃないでしょ? 見た感じ、二十代前半くらい?」
おっさんの態度が先程よりも少し柔らかくなったようだ。
「はい。実は、僕の妹がここに通っていまして……授業中具合が悪くなって早退することになったので迎えに来て欲しいって言うんですけど、母がどうしても仕事抜け出せなくて……丁度仕事休みだった僕が迎えに行くことになったんですよ。あっ! 僕、美容師やってるんで平日休みなんです。お手数お掛けしてしまって申し訳ないです。決して怪しい者ではないのでご安心を!」
「そうか、そうか、どおりでオシャレなわけだ! 疑っちゃってごめんね! じゃあ、ここに時間と名前だけ書いてね。一応規則だから」
「はい!」
そう返事をしながら、俺は、おっさんが差し出した管理台帳に「谷村泉」と名前を書いた。杉崎南加子から借りてきた写真は、彼女が、ガラケーの携帯電話の待受画面に設定しているものと同じもので、俺の母校でもある『犬飼第一高校』の入学式の写真だった。公立高校としては珍しいレンガ造りの瀟洒な校門の門柱には『茨城県立 犬飼第一高等学校』と刻まれた学校銘板が掲げられており、その横で、母と娘が幸せそうな顔をして微笑んでいる。少々風の強い日だったのだろうか? 背後に咲き誇る桜の樹からは淡いピンク色の花びらがひらひらと宙に舞っている。愛美、は父親似なのだろうか? 目鼻立ちがスッと整った美人顔である母親とは違って地味な顔立ちだ。強いて言えば、口角がキュッと上がった薄い唇は母親のそれと似ていると言えなくもない。身長165センチ、体重45キロの痩せ型。髪は染色していない黒髪で肩につくくらいのボブスタイルだ。
「ちょっと、ちょっと、そこのお兄さん、ここに何の用?」
チャラチャラした身なりの若造が何の用だ? と、男の目が語っている。俺は、おっさんの警戒を解くために、接客業で鍛え上げられた“泉スマイル”を浮かべながら、
「ご苦労さまです。今日は、とても良いお天気ですね!」
と言った。おっさんは、外見とは不釣り合いな若造の態度に意表を突かれたのか、少々戸惑っているように見えた。
「いや、ね……最近物騒な事件が多いでしょう? 上がうるさくてさあ……生徒さん以外の訪問者には、この台帳に名前書いてもらわないといけないんだよね。お兄さん、ここの生徒さんの親御さんっていうわけじゃないでしょ? 見た感じ、二十代前半くらい?」
おっさんの態度が先程よりも少し柔らかくなったようだ。
「はい。実は、僕の妹がここに通っていまして……授業中具合が悪くなって早退することになったので迎えに来て欲しいって言うんですけど、母がどうしても仕事抜け出せなくて……丁度仕事休みだった僕が迎えに行くことになったんですよ。あっ! 僕、美容師やってるんで平日休みなんです。お手数お掛けしてしまって申し訳ないです。決して怪しい者ではないのでご安心を!」
「そうか、そうか、どおりでオシャレなわけだ! 疑っちゃってごめんね! じゃあ、ここに時間と名前だけ書いてね。一応規則だから」
「はい!」
そう返事をしながら、俺は、おっさんが差し出した管理台帳に「谷村泉」と名前を書いた。杉崎南加子から借りてきた写真は、彼女が、ガラケーの携帯電話の待受画面に設定しているものと同じもので、俺の母校でもある『犬飼第一高校』の入学式の写真だった。公立高校としては珍しいレンガ造りの瀟洒な校門の門柱には『茨城県立 犬飼第一高等学校』と刻まれた学校銘板が掲げられており、その横で、母と娘が幸せそうな顔をして微笑んでいる。少々風の強い日だったのだろうか? 背後に咲き誇る桜の樹からは淡いピンク色の花びらがひらひらと宙に舞っている。愛美、は父親似なのだろうか? 目鼻立ちがスッと整った美人顔である母親とは違って地味な顔立ちだ。強いて言えば、口角がキュッと上がった薄い唇は母親のそれと似ていると言えなくもない。身長165センチ、体重45キロの痩せ型。髪は染色していない黒髪で肩につくくらいのボブスタイルだ。
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