片翼を失ったピアニスト

喜島 塔

文字の大きさ
56 / 121
第七章

15

しおりを挟む
 時計の針は、午後三時を少し回ったところだった。校門に足を踏み入れると「待ってました!」とでも言いたそうに、六十歳半ばくらいの小太りの守衛の男が走り寄ってきた。最近は、学校、という安全が保証されたような場所においてさえも、信じられないような物騒な事件が時折起こる。こんな田舎町の公立の中学校であっても、セキュリティー対策は講じられているのだ。子供たちを護るためと言ってみれば正義の味方みたいで格好が良いが……万が一、何か重大な事件が起きてしまった時に、杜撰なセキュリティー体制を指摘されスケープゴートにされるのは御免こうむる、という大人側の立場を想像してしまうと、少し興ざめな気分にもなる。
「ちょっと、ちょっと、そこのお兄さん、ここに何の用?」
 チャラチャラした身なりの若造が何の用だ? と、男の目が語っている。俺は、おっさんの警戒を解くために、接客業で鍛え上げられた“泉スマイル”を浮かべながら、
「ご苦労さまです。今日は、とても良いお天気ですね!」
 と言った。おっさんは、外見とは不釣り合いな若造の態度に意表を突かれたのか、少々戸惑っているように見えた。
「いや、ね……最近物騒な事件が多いでしょう? 上がうるさくてさあ……生徒さん以外の訪問者には、この台帳に名前書いてもらわないといけないんだよね。お兄さん、ここの生徒さんの親御さんっていうわけじゃないでしょ? 見た感じ、二十代前半くらい?」
 おっさんの態度が先程よりも少し柔らかくなったようだ。
「はい。実は、僕の妹がここに通っていまして……授業中具合が悪くなって早退することになったので迎えに来て欲しいって言うんですけど、母がどうしても仕事抜け出せなくて……丁度仕事休みだった僕が迎えに行くことになったんですよ。あっ! 僕、美容師やってるんで平日休みなんです。お手数お掛けしてしまって申し訳ないです。決して怪しい者ではないのでご安心を!」
「そうか、そうか、どおりでオシャレなわけだ! 疑っちゃってごめんね! じゃあ、ここに時間と名前だけ書いてね。一応規則だから」
「はい!」
 そう返事をしながら、俺は、おっさんが差し出した管理台帳に「谷村泉」と名前を書いた。杉崎南加子から借りてきた写真は、彼女が、ガラケーの携帯電話の待受画面に設定しているものと同じもので、俺の母校でもある『犬飼第一高校』の入学式の写真だった。公立高校としては珍しいレンガ造りの瀟洒な校門の門柱には『茨城県立 犬飼第一高等学校』と刻まれた学校銘板が掲げられており、その横で、母と娘が幸せそうな顔をして微笑んでいる。少々風の強い日だったのだろうか? 背後に咲き誇る桜の樹からは淡いピンク色の花びらがひらひらと宙に舞っている。愛美、は父親似なのだろうか? 目鼻立ちがスッと整った美人顔である母親とは違って地味な顔立ちだ。強いて言えば、口角がキュッと上がった薄い唇は母親のそれと似ていると言えなくもない。身長165センチ、体重45キロの痩せ型。髪は染色していない黒髪で肩につくくらいのボブスタイルだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

紙の上の空

中谷ととこ
ライト文芸
小学六年生の夏、父が突然、兄を連れてきた。 容姿に恵まれて才色兼備、誰もが憧れてしまう女性でありながら、裏表のない竹を割ったような性格の八重嶋碧(31)は、幼い頃からどこにいても注目され、男女問わず人気がある。 欲しいものは何でも手に入りそうな彼女だが、本当に欲しいものは自分のものにはならない。欲しいすら言えない。長い長い片想いは成就する見込みはなく半分腐りかけているのだが、なかなか捨てることができずにいた。 血の繋がりはない、兄の八重嶋公亮(33)は、未婚だがとっくに独立し家を出ている。 公亮の親友で、碧とは幼い頃からの顔見知りでもある、斎木丈太郎(33)は、碧の会社の近くのフレンチ店で料理人をしている。お互いに好き勝手言える気心の知れた仲だが、こちらはこちらで本心は隠したまま碧の動向を見守っていた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

ヤクザに医官はおりません

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした 会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。 シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。 無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。 反社会組織の集まりか! ヤ◯ザに見初められたら逃げられない? 勘違いから始まる異文化交流のお話です。 ※もちろんフィクションです。 小説家になろう、カクヨムに投稿しています。

結婚相手は、初恋相手~一途な恋の手ほどき~

馬村 はくあ
ライト文芸
「久しぶりだね、ちとせちゃん」 入社した会社の社長に 息子と結婚するように言われて 「ま、なぶくん……」 指示された家で出迎えてくれたのは ずっとずっと好きだった初恋相手だった。 ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ ちょっぴり照れ屋な新人保険師 鈴野 ちとせ -Chitose Suzuno- × 俺様なイケメン副社長 遊佐 学 -Manabu Yusa- ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ 「これからよろくね、ちとせ」 ずっと人生を諦めてたちとせにとって これは好きな人と幸せになれる 大大大チャンス到来! 「結婚したい人ができたら、いつでも離婚してあげるから」 この先には幸せな未来しかないと思っていたのに。 「感謝してるよ、ちとせのおかげで俺の将来も安泰だ」 自分の立場しか考えてなくて いつだってそこに愛はないんだと 覚悟して臨んだ結婚生活 「お前の頭にあいつがいるのが、ムカつく」 「あいつと仲良くするのはやめろ」 「違わねぇんだよ。俺のことだけ見てろよ」 好きじゃないって言うくせに いつだって、強引で、惑わせてくる。 「かわいい、ちとせ」 溺れる日はすぐそこかもしれない ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ 俺様なイケメン副社長と そんな彼がずっとすきなウブな女の子 愛が本物になる日は……

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...