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第1章『出会い』
2話
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タクヤが次の町へ着いたのは、その日の夕暮れ時であった。
手掛かりを探そうにも辺りには誰の姿も見当たらない。
(偶然っていうのもあるかもしれない)
町の中を歩きながら昨日のことを思い出していた。
少し歩いたところで、突然魔物の気を感じた。
ハッとしてタクヤは右手に念を込める。
すーっと剣が現れる。
――タクヤの持つ剣は昔『魔剣』と呼ばれていたもので、ある人から貰ったものである。
『魔剣』は大きく、そして鞘がなかった。
長身なタクヤの肩近くまであるその大きな剣を入れられる鞘はなく、大きさに合わせて作っても鞘に入れることができない。
無理に入れても鞘が壊れてしまうのだ。
その為、普段はタクヤが右手に念を込めると現れるようにしてあるのだが、タクヤ自身教えてもらった通りに術を使うだけで、剣がどこにいってどう現れるのかは分かっていなかった。
タクヤは魔剣を握り締め、ゆっくりと気を感じる方へと歩き始めた。
路地を曲がった所で数十メートル先に魔物の姿を確認した。
剣を構え、気を集中させる。
地面を強く蹴り、魔物に向かって走り出した。
「邪魔だっ!」
突然頭上で少年のような声がした。
声に反応し立ち止まる。
そして次の瞬間、目の前が真っ白になった。
(あの光……)
すぐに光が消え、周りがぼんやりと見えてくる。
慌てて周りを見回すが魔物の姿はない。
(また……?)
昨日と同じ状況。
魔物が消えた。剣も使わずに。
タクヤは何もしていないのだ。それなのに魔物が消えた。
振り返る。
偶然というより運命みたいなものを感じてしまう。
昨日の彼女だ。
しかし今日は何か様子が違った。
少女は強い瞳でタクヤを睨み付ける。
「俺の邪魔をするな」
(え?……俺っ!?)
自分の耳を疑う。
ずっと少女だと思っていた。
それともそういう言い方をする子なのであろうか。
「おい。聞いてるのか?」
呆気にとられているタクヤを少女は覗き込むようにして見ている。
「え? あぁ。……お前、男だったのか?」
タクヤは自分を見上げる相手を真顔でじっと見つめる。
少女はむっとした顔で強くタクヤを睨んでいる。
見れば見るほどに異様な程の美貌の持ち主であった。これほどの美人が男とはとても思えない。
「知るか。俺は男じゃない」
「え? あ……じゃあやっぱり女の子なんだ」
思わず彼女に見惚れてしまっていたが、ふと我に返ると彼女の答えを聞き思わず笑みが零れる。
「うるせぇな。なんだお前。女じゃない。そんなことはどうでもいいだろ。俺の邪魔をするなと言ってるんだ」
少女は眉間に皺を寄せて更に不機嫌な顔でタクヤを睨んでいる。
しかし当のタクヤは、睨まれていることなど全く気にしている様子はなく、男でも女でもないと言われたことに混乱していた。
(男でも女でもない!? 一体どういうことなんだ……)
「おいっ!」
頭を抱えているタクヤの態度に苛つき、少女はタクヤの胸倉を強く掴んだ。
しかしタクヤの方が大きい為、見上げる形になってしまっていた。
漸く落ち着きを取り戻すと、タクヤは自分の胸倉を掴み睨み付けている相手をじっと見つめる。
「名前を教えてくれ」
全く答えになっていない。
少女は呆れて掴んでいた腕を下ろし、深く溜め息を付く。
「もういい……。お前と話していると頭がおかしくなりそうだ」
そう言ってそのまま踵を返し、立ち去ろうとする。
「ちょっと待てよっ。名前くらい教えてくれたっていいだろ?」
タクヤは急いで追い掛け、少女の肩を掴んだ。
すぐに大きな金色の目で強く睨まれる。
「うるさいな。なんでそんなこと聞くんだ。関係ないだろ」
「気になるんだよ」
掴まれた手を払い少女は鬱陶しそうにするが、タクヤの言葉に大きな瞳を更に大きくする。
「なっ……何言ってるんだ。バカか? お前」
驚きを隠すように背を向けてしまう。
「なんでだよ。名前くらい教えてくれてもいいだろ? 大したことじゃないじゃん」
「……大したことなんだよ」
少女はタクヤを振り返ることもなく、少し怒ったように答える。
言われた意味が分からない。名前を聞くことがそんなにおかしいことなのか?
「分かった。じゃあ俺から名乗るから。そしたら教えてくれよなっ」
「そういうことじゃっ――」
タクヤの言葉に振り返るが満面に無邪気な笑顔を見せるタクヤを見て、少女は肩を竦め大きく溜め息を付く。
怒る気も失せてしまった。
「……イズミ」
少女はぼそりと答えた。
そしてタクヤの反応を上目遣いで見る。
「イズミっていうのかぁ。俺はタクヤ。よろしくなっ」
やっと答えてもらえてタクヤは白い歯を見せて嬉しそうに笑う。
その反応にイズミは驚きを隠せなかった。
「お前、何も思わないのか!? それとも何も知らないのか? 俺の名前を聞いて何も感じないなんて――」
「え? 何で? 何も感じなくなんてないよ。いい名前じゃん!」
言われた意味が分からずタクヤは目を丸くする。
「本当に知らないのか? 300年前の、事件のこと……」
イズミは疑うような目付きでタクヤを見上げている。
(300年前の事件?)
300年前――。
その出来事を知らない者などいないだろう。
あの大事件。大虐殺。
多くの人や魔物が血を流したという。
想像することのできない地獄のような光景。
たったひとりの人物によって引き起こされた、伝説にさえなっている出来事。
それが?
タクヤは眉間に皺を寄せながら考え込む。
(……あっ!!)
やっと気付く。
あの事件。あの時の、あの残虐者の名前を。
『イズミ』
タクヤはなんとも言い様のない顔でイズミを見下ろす。
「でも、『イズミ』って名前が一緒なだけだろ? そんなの関係ねぇじゃん」
そう言いながらも完全に否定できずにいた。
あの力――。
人にはあんな力はない。
いくら修業したとしても、魔物を一瞬で消してしまう程の力なんてありえない。
(やっぱ、あの光って――)
「バカか? お前。『イズミ』の名を知らない奴なんていないんだよ。どこの世界にそんな呪われた名前をつける親がいるんだよ」
タクヤの考えを遮るように冷ややかに話す。
イズミの表情からは何の感情も感じられない。
「えっ……でも、じゃあ本当にあの『イズミ』だっていうのか? まさかっ。だって300年前だろ?」
笑ってみせるが、どこか不安な面持ちでイズミを見つめる。
いくらなんでも300年なんて……それじゃあ人間じゃ……。
タクヤの顔をちらりとだけ見ると、問いに答えることもなくイズミは背を向ける。
そして一言呟くように言うと、あの時と同じように消えてしまった。
タクヤは、イズミがいた場所を見つめたまま立ち尽くしていた。
☆☆☆
『俺に関わるな』
そう言ってイズミは消えてしまった。
まだ信じられない。本当に『イズミ』なのだろうか。
確かに不思議な力を持っている。あんな力は普通の人間では無理だ。
ただ、タクヤには分からないことがあった。
言い伝えられてきた『イズミ』とは、魔物も人間も見境無く殺す、冷酷で残忍な人物だと。
しかし、自分にはなんの危害も与えていない。
変わってしまったのか?
いくら考えても分からない。
あの力、大きな金色の瞳。今まで見たことのないような美貌。
やはり人間ではないのだろうか。
昔から聞いていた『イズミ』
恐ろしいほどに美しい容貌。残忍で冷酷。
その冷たさとは反対に燃えるような赤く長い髪と猫のような金色の大きな瞳。
しかし、イズミの髪の色は赤くはなかった。
(……染めたんかなぁ)
自分でも呆れるくらい間抜けなことを考えていた。
彼女(彼?)が本当に『イズミ』だとして、なぜ何も起こっていない?
「300年前……一体何があったんだ」
誰かに話すように独り言をこぼす。
やっぱりもう一度会おう。
タクヤは諦めずにもう一度『イズミ』を探すことを決意した。
手掛かりを探そうにも辺りには誰の姿も見当たらない。
(偶然っていうのもあるかもしれない)
町の中を歩きながら昨日のことを思い出していた。
少し歩いたところで、突然魔物の気を感じた。
ハッとしてタクヤは右手に念を込める。
すーっと剣が現れる。
――タクヤの持つ剣は昔『魔剣』と呼ばれていたもので、ある人から貰ったものである。
『魔剣』は大きく、そして鞘がなかった。
長身なタクヤの肩近くまであるその大きな剣を入れられる鞘はなく、大きさに合わせて作っても鞘に入れることができない。
無理に入れても鞘が壊れてしまうのだ。
その為、普段はタクヤが右手に念を込めると現れるようにしてあるのだが、タクヤ自身教えてもらった通りに術を使うだけで、剣がどこにいってどう現れるのかは分かっていなかった。
タクヤは魔剣を握り締め、ゆっくりと気を感じる方へと歩き始めた。
路地を曲がった所で数十メートル先に魔物の姿を確認した。
剣を構え、気を集中させる。
地面を強く蹴り、魔物に向かって走り出した。
「邪魔だっ!」
突然頭上で少年のような声がした。
声に反応し立ち止まる。
そして次の瞬間、目の前が真っ白になった。
(あの光……)
すぐに光が消え、周りがぼんやりと見えてくる。
慌てて周りを見回すが魔物の姿はない。
(また……?)
昨日と同じ状況。
魔物が消えた。剣も使わずに。
タクヤは何もしていないのだ。それなのに魔物が消えた。
振り返る。
偶然というより運命みたいなものを感じてしまう。
昨日の彼女だ。
しかし今日は何か様子が違った。
少女は強い瞳でタクヤを睨み付ける。
「俺の邪魔をするな」
(え?……俺っ!?)
自分の耳を疑う。
ずっと少女だと思っていた。
それともそういう言い方をする子なのであろうか。
「おい。聞いてるのか?」
呆気にとられているタクヤを少女は覗き込むようにして見ている。
「え? あぁ。……お前、男だったのか?」
タクヤは自分を見上げる相手を真顔でじっと見つめる。
少女はむっとした顔で強くタクヤを睨んでいる。
見れば見るほどに異様な程の美貌の持ち主であった。これほどの美人が男とはとても思えない。
「知るか。俺は男じゃない」
「え? あ……じゃあやっぱり女の子なんだ」
思わず彼女に見惚れてしまっていたが、ふと我に返ると彼女の答えを聞き思わず笑みが零れる。
「うるせぇな。なんだお前。女じゃない。そんなことはどうでもいいだろ。俺の邪魔をするなと言ってるんだ」
少女は眉間に皺を寄せて更に不機嫌な顔でタクヤを睨んでいる。
しかし当のタクヤは、睨まれていることなど全く気にしている様子はなく、男でも女でもないと言われたことに混乱していた。
(男でも女でもない!? 一体どういうことなんだ……)
「おいっ!」
頭を抱えているタクヤの態度に苛つき、少女はタクヤの胸倉を強く掴んだ。
しかしタクヤの方が大きい為、見上げる形になってしまっていた。
漸く落ち着きを取り戻すと、タクヤは自分の胸倉を掴み睨み付けている相手をじっと見つめる。
「名前を教えてくれ」
全く答えになっていない。
少女は呆れて掴んでいた腕を下ろし、深く溜め息を付く。
「もういい……。お前と話していると頭がおかしくなりそうだ」
そう言ってそのまま踵を返し、立ち去ろうとする。
「ちょっと待てよっ。名前くらい教えてくれたっていいだろ?」
タクヤは急いで追い掛け、少女の肩を掴んだ。
すぐに大きな金色の目で強く睨まれる。
「うるさいな。なんでそんなこと聞くんだ。関係ないだろ」
「気になるんだよ」
掴まれた手を払い少女は鬱陶しそうにするが、タクヤの言葉に大きな瞳を更に大きくする。
「なっ……何言ってるんだ。バカか? お前」
驚きを隠すように背を向けてしまう。
「なんでだよ。名前くらい教えてくれてもいいだろ? 大したことじゃないじゃん」
「……大したことなんだよ」
少女はタクヤを振り返ることもなく、少し怒ったように答える。
言われた意味が分からない。名前を聞くことがそんなにおかしいことなのか?
「分かった。じゃあ俺から名乗るから。そしたら教えてくれよなっ」
「そういうことじゃっ――」
タクヤの言葉に振り返るが満面に無邪気な笑顔を見せるタクヤを見て、少女は肩を竦め大きく溜め息を付く。
怒る気も失せてしまった。
「……イズミ」
少女はぼそりと答えた。
そしてタクヤの反応を上目遣いで見る。
「イズミっていうのかぁ。俺はタクヤ。よろしくなっ」
やっと答えてもらえてタクヤは白い歯を見せて嬉しそうに笑う。
その反応にイズミは驚きを隠せなかった。
「お前、何も思わないのか!? それとも何も知らないのか? 俺の名前を聞いて何も感じないなんて――」
「え? 何で? 何も感じなくなんてないよ。いい名前じゃん!」
言われた意味が分からずタクヤは目を丸くする。
「本当に知らないのか? 300年前の、事件のこと……」
イズミは疑うような目付きでタクヤを見上げている。
(300年前の事件?)
300年前――。
その出来事を知らない者などいないだろう。
あの大事件。大虐殺。
多くの人や魔物が血を流したという。
想像することのできない地獄のような光景。
たったひとりの人物によって引き起こされた、伝説にさえなっている出来事。
それが?
タクヤは眉間に皺を寄せながら考え込む。
(……あっ!!)
やっと気付く。
あの事件。あの時の、あの残虐者の名前を。
『イズミ』
タクヤはなんとも言い様のない顔でイズミを見下ろす。
「でも、『イズミ』って名前が一緒なだけだろ? そんなの関係ねぇじゃん」
そう言いながらも完全に否定できずにいた。
あの力――。
人にはあんな力はない。
いくら修業したとしても、魔物を一瞬で消してしまう程の力なんてありえない。
(やっぱ、あの光って――)
「バカか? お前。『イズミ』の名を知らない奴なんていないんだよ。どこの世界にそんな呪われた名前をつける親がいるんだよ」
タクヤの考えを遮るように冷ややかに話す。
イズミの表情からは何の感情も感じられない。
「えっ……でも、じゃあ本当にあの『イズミ』だっていうのか? まさかっ。だって300年前だろ?」
笑ってみせるが、どこか不安な面持ちでイズミを見つめる。
いくらなんでも300年なんて……それじゃあ人間じゃ……。
タクヤの顔をちらりとだけ見ると、問いに答えることもなくイズミは背を向ける。
そして一言呟くように言うと、あの時と同じように消えてしまった。
タクヤは、イズミがいた場所を見つめたまま立ち尽くしていた。
☆☆☆
『俺に関わるな』
そう言ってイズミは消えてしまった。
まだ信じられない。本当に『イズミ』なのだろうか。
確かに不思議な力を持っている。あんな力は普通の人間では無理だ。
ただ、タクヤには分からないことがあった。
言い伝えられてきた『イズミ』とは、魔物も人間も見境無く殺す、冷酷で残忍な人物だと。
しかし、自分にはなんの危害も与えていない。
変わってしまったのか?
いくら考えても分からない。
あの力、大きな金色の瞳。今まで見たことのないような美貌。
やはり人間ではないのだろうか。
昔から聞いていた『イズミ』
恐ろしいほどに美しい容貌。残忍で冷酷。
その冷たさとは反対に燃えるような赤く長い髪と猫のような金色の大きな瞳。
しかし、イズミの髪の色は赤くはなかった。
(……染めたんかなぁ)
自分でも呆れるくらい間抜けなことを考えていた。
彼女(彼?)が本当に『イズミ』だとして、なぜ何も起こっていない?
「300年前……一体何があったんだ」
誰かに話すように独り言をこぼす。
やっぱりもう一度会おう。
タクヤは諦めずにもう一度『イズミ』を探すことを決意した。
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