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第2章『旅の始まり』
1話
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あれから3日――。
2つの村を訪れ、『イズミ』を探したが一向に見つからない。
それだけでなく、この3日間、全く魔物に遭遇しない。
何かがおかしい。
魔物を見かけないどころか、全く魔物の気さえ感じられない。
(一体どうなっているんだ……)
こう平和な日が続くと気持ちが悪い。
タクヤは不謹慎にもそう感じていた。
魔物が一切いないということは、今の世の中有り得ないことなのである。
例え世界中がそう願っていたとしても、それを叶えることは不可能であった。
――世の中には、魔物と戦う者として2種類の人間がいる。
タクヤのように剣や武器を使って戦う『勇者』と呼ばれる者。
そして、幾多の術を操ることのできる『術者』と呼ばれる者。
この『術者』によって結界というものが張られ、人々は守られている。
結界とはバリアみたいなもので、通常は建物1つ1つに張られている。
だが、この結界にも限度があり、村や町全体に結界を張るなどというのは至難の業、いや皆無といっても過言ではないだろう。
しかしこの3日間の間に訪れた2つの村には魔物の気はなく、人々も他の村や町と違い平和に暮らしていた。
まるでもう魔物が現われることがないかのように……。
今、タクヤが訪れた町にも魔物の気はなく、もう夕暮れ時だというのに、町の人々は平気で出歩いている。
全く事情が分からない。
こんな事は初めてである。
タクヤはこのよく分からない現状の理由を確かめる為、1軒の酒場に入った。
酒場にはいろいろな人が訪れる。何か分かるかもしれない。
☆☆☆
店内は大勢の人で賑わっていた。
酒の入ったジョッキを片手に大騒ぎしている者。
あちらこちらからカチャカチャと人々が食事をする音が談笑と共に聞こえる。
中には歌を歌っている者までいる。
こんな光景が見られるとは。
今までに訪れた所は、昼間だけの飲食店がほとんどで、酒場はあったものの、昼間しか営業できない為か、宿屋の中で経営しているものがほとんどであった。
酒場といえども、こんな風に騒いでいる所はほとんどなかった。
タクヤは店内をきょろきょろとすると、奥にあるカウンターの端に腰掛けた。
店内の人達の会話がごちゃまぜになって聞こえてくる。
「でもよぉ、あのガキ、マジすげぇかもな」
すぐ後ろから男の声で気になる会話が聞こえてきた。
タクヤはハッとすると、その会話に耳を傾けた。
「まぁな。半信半疑だったけどよ、実際この有様じゃん?」
「ほんっと有り難いこったってか?」
男達は酒を片手に大笑いしている。
(子供? イズミのことか?)
「あのっ、その話、詳しく聞かせてもらえませんか?」
タクヤは勢いよく振り返り、男達に声をかけた。
男達は驚いたような顔をしたが、にやりとタクヤを見た。
「何だあんちゃん、よそもんか?」
「旅をしている最中です。さっきの話、この辺りに魔物がいないことと関係あるんじゃないかと思って」
ひとりの男がタクヤをじっと見て話し掛けてきた。
「ほぉ、旅をねぇ。にーちゃん、ほっそいのに勇者か何かか?」
「え? いや、まぁ」
タクヤは男の言葉に曖昧に答える。
「ふ~ん。まぁいいや。で、聞きたいか?」
男はタクヤを揶揄うようにニヤニヤしながら尋ねる。
「……はい」
タクヤも少しイライラとしたのだが、少しでも情報が欲しい。
じっと請うように男を見る。
「じゃあ話してやるか」
「お前、話したいんだろ?」
ニヤついている男の横で呆れたように別の男が口を挟む。
「ちょっと酔っ払ってるだけだぁ。ハハハッ。んじゃ、話すか。そうそう、さっき話してたガキのことだろ?」
男は大きく口を開け、大笑いする。
そして再び顔をニヤつかせ、タクヤを見る。
「はい」
大丈夫か? と不安な気持ちをおぼえつつも、タクヤはじっと男を真剣な目で見る。
そんなタクヤをにやりと一瞥すると、男は腕を組み、何かを思い出すかのように少し上を見ると、ゆっくりと話し始めた。
「もう3ヵ月くらい前になるかぁ。この町も他んとこと同様、魔物が現れてた。こんな風に夜も出歩くなんて考えられんかった」
タクヤは男の話に身を乗り出すようにして聞き入った。
「それがよ、なんか子供みてぇな女の子が皆の前で『この町はもう魔物が現れることはなくなります』なんてぬかしやがってよ。最初は誰も信じちゃいなかったさ。だけどよ、その次の日から魔物がぴたーっと現れなくなってよ。皆びっくりってわけよ」
男は身振り手振りしながら、自慢話でもするかのように得意げに話した。
(魔物が現れなくなった? 消えたってことか?)
ふとイズミのことが頭をよぎった。
「あのっ、その子どんな子でした? 髪は? 目は?」
タクヤが突然必死になって聞いてきたので、男は目を丸くした。
「なんだよ、びっくりすんなぁ。髪は短かったぞ。目はでかかったなぁ」
「え? 短い? ……じゃあ、目の色は?」
「は? 目の色? なんだ、にーちゃん、彼女とはぐれでもしたのか?」
男は不思議そうに目を細めたが、またすぐにニヤニヤとタクヤを見る。
「違いますっ!」
タクヤは顔を赤らめながら、慌てて顔の前で手を何度も振る。
「若いねぇ。……目の色かぁ。おい、覚えてるか?」
男はニヤリとした後、隣の男に尋ねる。
聞かれた男は考え込むように顎の髭を手で擦った。
「んー、どうだったかなぁ。普通だったんじゃねぇ? ……おっ! そうだそうだ、思い出した!」
男は目を大きく開いて、ポンッと手を打つ。
タクヤも真剣な顔で男を見つめた。
「でっけぇ目だなぁーって思ったんだよ! あの感情の無いガラス玉みてぇな緑の目がなんとも言えなくてなぁ」
男はその時のことを思い出しているかのように遠い目をする。
「緑……」
タクヤは男の言葉を聞いて今までの期待が一気に崩れていった。
「お? なんだ? 人違いか。残念だったな、にーちゃん」
先程の男がタクヤの様子を見て、またニヤつきながら話し掛けた。
「どうも有り難うございました」
タクヤは半ば放心状態で男達にぺこりと頭を下げると、再び前を向いた。
「おう。まぁ、頑張って探せよ」
揶揄うのも飽きたのか男はそう言うと、また酒を飲み、何事もなかったように騒ぎ始めた。
☆☆☆
(イズミだと思ったのに……)
タクヤはがっくりと肩を落とす。
確かにイズミと出会ったのは4日前。
時間が合わない。
しかし、イズミじゃないのなら一体誰がそんなこと――。
「人探しなら俺が手伝ってやろうか?」
突然すぐ横から少年のような声がした。
しかし、この聞き覚えのある声……。
(まさか!?)
ハッとして声の主を見る。
「イズミ……」
驚きのあまり呆然として呟くようにその名前を言った。
声の主、イズミはじっとこちらを見ている。
「なっ、なんだよお前っ! すっげぇ探したのにっ。ていうか、なんだよこの感動のかけらもない再会シーンはっ! てかいつからそこにいたんだよっ?」
タクヤは興奮して身振り手振りしながら一気にしゃべる。
「何言ってんだ、お前。……うざい」
イズミは心底呆れた顔で答える。
「うざいってっ!? あれ? イズミ、目が……」
イズミの言葉に顔を歪めたが、ふと見たイズミの目の色が髪と同じ茶色になっていることに気付いた。
タクヤの問いには答えずイズミは黙って前を向いた。
「ていうかさぁ、自分で関わるなって言ったくせに、これはないんじゃない?」
言葉とは裏腹にタクヤは嬉しそうな表情をする。
「やり忘れたことがあったからな」
「え?」
イズミは前を向いたまま無表情に答える。
やっと答えてもらえたのだが、タクヤは一瞬嫌なことが頭をよぎり、表情が曇る。
「ここは人が多すぎるな。場所を変える。ついてこい」
イズミは淡々と話し席を立つと、さっさと店を出てしまった。
タクヤはイズミの後ろ姿を見つめ困惑していたが、頭を振り、すぐにイズミの後を追った。
(やっと会えたんだ……)
2つの村を訪れ、『イズミ』を探したが一向に見つからない。
それだけでなく、この3日間、全く魔物に遭遇しない。
何かがおかしい。
魔物を見かけないどころか、全く魔物の気さえ感じられない。
(一体どうなっているんだ……)
こう平和な日が続くと気持ちが悪い。
タクヤは不謹慎にもそう感じていた。
魔物が一切いないということは、今の世の中有り得ないことなのである。
例え世界中がそう願っていたとしても、それを叶えることは不可能であった。
――世の中には、魔物と戦う者として2種類の人間がいる。
タクヤのように剣や武器を使って戦う『勇者』と呼ばれる者。
そして、幾多の術を操ることのできる『術者』と呼ばれる者。
この『術者』によって結界というものが張られ、人々は守られている。
結界とはバリアみたいなもので、通常は建物1つ1つに張られている。
だが、この結界にも限度があり、村や町全体に結界を張るなどというのは至難の業、いや皆無といっても過言ではないだろう。
しかしこの3日間の間に訪れた2つの村には魔物の気はなく、人々も他の村や町と違い平和に暮らしていた。
まるでもう魔物が現われることがないかのように……。
今、タクヤが訪れた町にも魔物の気はなく、もう夕暮れ時だというのに、町の人々は平気で出歩いている。
全く事情が分からない。
こんな事は初めてである。
タクヤはこのよく分からない現状の理由を確かめる為、1軒の酒場に入った。
酒場にはいろいろな人が訪れる。何か分かるかもしれない。
☆☆☆
店内は大勢の人で賑わっていた。
酒の入ったジョッキを片手に大騒ぎしている者。
あちらこちらからカチャカチャと人々が食事をする音が談笑と共に聞こえる。
中には歌を歌っている者までいる。
こんな光景が見られるとは。
今までに訪れた所は、昼間だけの飲食店がほとんどで、酒場はあったものの、昼間しか営業できない為か、宿屋の中で経営しているものがほとんどであった。
酒場といえども、こんな風に騒いでいる所はほとんどなかった。
タクヤは店内をきょろきょろとすると、奥にあるカウンターの端に腰掛けた。
店内の人達の会話がごちゃまぜになって聞こえてくる。
「でもよぉ、あのガキ、マジすげぇかもな」
すぐ後ろから男の声で気になる会話が聞こえてきた。
タクヤはハッとすると、その会話に耳を傾けた。
「まぁな。半信半疑だったけどよ、実際この有様じゃん?」
「ほんっと有り難いこったってか?」
男達は酒を片手に大笑いしている。
(子供? イズミのことか?)
「あのっ、その話、詳しく聞かせてもらえませんか?」
タクヤは勢いよく振り返り、男達に声をかけた。
男達は驚いたような顔をしたが、にやりとタクヤを見た。
「何だあんちゃん、よそもんか?」
「旅をしている最中です。さっきの話、この辺りに魔物がいないことと関係あるんじゃないかと思って」
ひとりの男がタクヤをじっと見て話し掛けてきた。
「ほぉ、旅をねぇ。にーちゃん、ほっそいのに勇者か何かか?」
「え? いや、まぁ」
タクヤは男の言葉に曖昧に答える。
「ふ~ん。まぁいいや。で、聞きたいか?」
男はタクヤを揶揄うようにニヤニヤしながら尋ねる。
「……はい」
タクヤも少しイライラとしたのだが、少しでも情報が欲しい。
じっと請うように男を見る。
「じゃあ話してやるか」
「お前、話したいんだろ?」
ニヤついている男の横で呆れたように別の男が口を挟む。
「ちょっと酔っ払ってるだけだぁ。ハハハッ。んじゃ、話すか。そうそう、さっき話してたガキのことだろ?」
男は大きく口を開け、大笑いする。
そして再び顔をニヤつかせ、タクヤを見る。
「はい」
大丈夫か? と不安な気持ちをおぼえつつも、タクヤはじっと男を真剣な目で見る。
そんなタクヤをにやりと一瞥すると、男は腕を組み、何かを思い出すかのように少し上を見ると、ゆっくりと話し始めた。
「もう3ヵ月くらい前になるかぁ。この町も他んとこと同様、魔物が現れてた。こんな風に夜も出歩くなんて考えられんかった」
タクヤは男の話に身を乗り出すようにして聞き入った。
「それがよ、なんか子供みてぇな女の子が皆の前で『この町はもう魔物が現れることはなくなります』なんてぬかしやがってよ。最初は誰も信じちゃいなかったさ。だけどよ、その次の日から魔物がぴたーっと現れなくなってよ。皆びっくりってわけよ」
男は身振り手振りしながら、自慢話でもするかのように得意げに話した。
(魔物が現れなくなった? 消えたってことか?)
ふとイズミのことが頭をよぎった。
「あのっ、その子どんな子でした? 髪は? 目は?」
タクヤが突然必死になって聞いてきたので、男は目を丸くした。
「なんだよ、びっくりすんなぁ。髪は短かったぞ。目はでかかったなぁ」
「え? 短い? ……じゃあ、目の色は?」
「は? 目の色? なんだ、にーちゃん、彼女とはぐれでもしたのか?」
男は不思議そうに目を細めたが、またすぐにニヤニヤとタクヤを見る。
「違いますっ!」
タクヤは顔を赤らめながら、慌てて顔の前で手を何度も振る。
「若いねぇ。……目の色かぁ。おい、覚えてるか?」
男はニヤリとした後、隣の男に尋ねる。
聞かれた男は考え込むように顎の髭を手で擦った。
「んー、どうだったかなぁ。普通だったんじゃねぇ? ……おっ! そうだそうだ、思い出した!」
男は目を大きく開いて、ポンッと手を打つ。
タクヤも真剣な顔で男を見つめた。
「でっけぇ目だなぁーって思ったんだよ! あの感情の無いガラス玉みてぇな緑の目がなんとも言えなくてなぁ」
男はその時のことを思い出しているかのように遠い目をする。
「緑……」
タクヤは男の言葉を聞いて今までの期待が一気に崩れていった。
「お? なんだ? 人違いか。残念だったな、にーちゃん」
先程の男がタクヤの様子を見て、またニヤつきながら話し掛けた。
「どうも有り難うございました」
タクヤは半ば放心状態で男達にぺこりと頭を下げると、再び前を向いた。
「おう。まぁ、頑張って探せよ」
揶揄うのも飽きたのか男はそう言うと、また酒を飲み、何事もなかったように騒ぎ始めた。
☆☆☆
(イズミだと思ったのに……)
タクヤはがっくりと肩を落とす。
確かにイズミと出会ったのは4日前。
時間が合わない。
しかし、イズミじゃないのなら一体誰がそんなこと――。
「人探しなら俺が手伝ってやろうか?」
突然すぐ横から少年のような声がした。
しかし、この聞き覚えのある声……。
(まさか!?)
ハッとして声の主を見る。
「イズミ……」
驚きのあまり呆然として呟くようにその名前を言った。
声の主、イズミはじっとこちらを見ている。
「なっ、なんだよお前っ! すっげぇ探したのにっ。ていうか、なんだよこの感動のかけらもない再会シーンはっ! てかいつからそこにいたんだよっ?」
タクヤは興奮して身振り手振りしながら一気にしゃべる。
「何言ってんだ、お前。……うざい」
イズミは心底呆れた顔で答える。
「うざいってっ!? あれ? イズミ、目が……」
イズミの言葉に顔を歪めたが、ふと見たイズミの目の色が髪と同じ茶色になっていることに気付いた。
タクヤの問いには答えずイズミは黙って前を向いた。
「ていうかさぁ、自分で関わるなって言ったくせに、これはないんじゃない?」
言葉とは裏腹にタクヤは嬉しそうな表情をする。
「やり忘れたことがあったからな」
「え?」
イズミは前を向いたまま無表情に答える。
やっと答えてもらえたのだが、タクヤは一瞬嫌なことが頭をよぎり、表情が曇る。
「ここは人が多すぎるな。場所を変える。ついてこい」
イズミは淡々と話し席を立つと、さっさと店を出てしまった。
タクヤはイズミの後ろ姿を見つめ困惑していたが、頭を振り、すぐにイズミの後を追った。
(やっと会えたんだ……)
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