カタブツ図書館司書は不埒な腰掛け館長に溺れる

白野よつは(白詰よつは)

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■1.それは耐えがたい専属契約

<4>

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「……せ、せめて目隠しを取ってください……っ」
 首筋を下からゆっくりと舐め上げられ、ゾワゾワとした感覚にキュッと目をつぶりながらも、紗雪はさっきから何度口にしたかわからない懇願を再度、重ねた。無駄なのはわかっている。けれど、処女喪失の日に目隠しをされたままでは、あまりにも切なすぎる。
 手を引かれてベッドへ誘われる際、紗雪は思いきって「まだしたことがないんです」と処女を打ち明けた。「そう」とだけ言った真鍋の顔は彼の手できつく結ばれたネクタイによって見えず、声にも特段、変わったところは感じられなかった。
 それでも、TL小説の世界ではヒーローはヒロインが処女であることを知ると優しく扱ってくれたり『君の初めての男になれるなんて』と嬉しそうな台詞を口にするものだ。読者を喜ばせるための台詞なのだとわかってはいるけれど、いきなりネクタイで視界を遮るような真鍋とはいえ、処女を抱くときの慈悲くらい少しは持ち合わせているだろう。
 そう思った紗雪は、どんなことをされるかわからない恐怖に心臓を激しく打ち鳴らしながらも、いざ体内に真鍋を受け入れるときになって「実は……」と行為に水を差すよりはまだいいだろうと判断し、羞恥心を堪えて打ち明けたのだ。
「残念。僕は僕に抱かれる女の子の顔を見るのはあんまり好きじゃないんだ。大抵の男は気持ちいい顔をする女の子を見たがるけど、僕はキスさえ満足にできれば、それでいい。それに、僕はセックス中の自分の顔を見られるのも好きじゃなくてね。今までの女の子たちにもそうしてもらっていたんだ。処女だからって、君だけ特別扱いはできない」
 けれど真鍋は紗雪の心からの懇願をすげなく却下する。
「次にどこに触れられるかわからない期待や高揚感が女の子の身体を敏感にするんだ。そうやってジリジリ愛撫してやると、挿れたときの締まり具合が最高にいいんだよ」
 そして続けてわずかに声を上ずらせてそう言う。
「……っ」
 なんて最低な男なんだろうと紗雪はきつく下唇を噛みしめる。恥ずかしさを耐え忍んで打ち明けたのだから、それに対して少しくらい理解を示してくれるはずだと当然のように思っていた自分が愚かで情けない。
 けれど、もともと真鍋は周りにひた隠しにしてきた秘密と引き換えに脅迫的に身体の関係を迫ってくるほどの男なのだ。自分の思うように抱けなければ意味がないというのに、紗雪は一体、なにを勘違いしていたのだろう。
 ――〝オモチャ〟。
 ふいに休憩室での言葉が脳裏をよぎり、紗雪は心が急速に凍っていく感覚を覚える。曲がりなりにも愛し合う相手のことを本当にそうとしか思っていないのだとわかり、紗雪の中にある何かがスッと音もなく消滅してしまったような、そんな感覚がした。
 自分の趣味嗜好を堂々と語る真鍋は、話しながら紗雪の胸の弾力を確かめるように指を埋めたり、すっかり硬く尖ってしまった赤く熟れた実をさらに執拗に弄ったりと、ひとときも手を休めることはなかった。けれど紗雪の初めての鳴き声は驚くほどピタリと止まってしまった。噛みしめた唇の端から微かに漏れるのは、ただの息だ。
 聞かせたくない、意地でも。この人にだけは。そう固く心に決めたのもあるだろう。最初こそ自分で愛撫するのとはまったく違う本物の快感に翻弄されるあまり、淫らな喘ぎ声を響かせてしまったけれど、本当はこんな脅迫まがいのセックスなんて望んでいない。
 そして、二十六歳にもなって、まるで恋を覚えたての少女のように、ずっとずっと甘い幻想を抱き続けてきた自分自身にも、紗雪は激しく落胆していた。意地と自分自身の幻想の甘さに、紗雪はもう声さえ出なくなってしまっていた。
 現実と小説の区別はついていたはずだった。なかなかひどいあだ名だと思うものの、見返りブスである自分の容姿を受け入れ、恋愛とはまったく無縁の生き方をしてきた。だからヒロイン気分を味わうのは小説の中だけ。現実世界で自分に優しく触れてくれる人なんていないと、同性に陰口を叩かれるたび、男性に手のひらを返されるたび、諦めてきた。
 でも、初めてのときくらい――。
 それでも、その憧れだけはどうにも捨てきれなかった。
 自分の処女に価値があるとは微塵も思っていない。けれど、どうせ〝女〟になるなら戯言でもいいから甘い言葉を囁かれてみたい。それが紗雪の本心だった。
「声出てないな。ああ、そうか。もっと強くしないと鳴けないのか」
「……ひゃあぁぁ――っ!」
 しかし、現実は紗雪にとってあまりにも残酷だった。ぐいっと力づくで股を押し広げ、紗雪をあられもない格好にすると、真鍋はそこに顔を埋め、淫芽に吸い付く。自分ではどうにもならず溢れ出る蜜と真鍋の唾液が絡み合った、ちゅくちゅくという水音は、よりいっそう紗雪の中の羞恥心を搔き立て、同時にそれを一枚一枚、剥ぎ取っていく。
「んっ……ふ、ぅん……ん……ぁっ、ああっ」
「いいね。少しは可愛く鳴けるようになってきたじゃないか。だからさっきから言っているんだ、早く終わらせてほしかったら、君が僕を煽りなさいって」
「はぁんっ……ぁあんんっ……お、お願いです、も、もう許、して……」
「ダメだよ。泣きながら挿れてほしいと言うまでは、ずっとこのままだ。こんなにトロトロになるまで溢れさせておいて許すも何もないだろうに。バカか、君は」
「いや……いやっ……」
 ふるふると頭を振って口では抵抗するものの、紗雪の腰はピクピクと痙攣を起こす。花芽を弄ばれていたときの比ではない快感だった。硬く尖らせた舌先で蛇のようにチロチロと舐められる、押し潰される、食まれる、吸われる――その一連の行為は決して自分ではできなかったことで、紗雪はもう、頭がおかしくなってしまいそうなのだ。
「……もう……挿れてください……待てない……」
 結局、紗雪が泣きながら彼の思い通りの言葉を口にしたのは、膣内に指を入れられてから数分と保たないうちだった。鈎針のように曲げられた長い指でしつこいほどに中を掻き回されてしまい、とうとう理性の崩壊を迎えてしまった。
「ふっ。処女のくせに、今の煽り方はなかなかよかったよ」
 強引な愛撫によってすっかり敏感に変えさせられてしまった身体のそこここは、ただ手で触れられるだけなのにピクリと跳ね上がり、その刺激がそっくりそのまま、身体の奥から湧き上がる熱の塊に変わっていく。
 肌が紅潮し、しっとりと汗ばんでいる紗雪の身体を一撫ですると、真鍋ははち切れんばかりに硬く勃った先端を膣口にあてがい、ヌラヌラと蜜を擦りつけてから照準を合わせる。それから――。
「上手く僕を煽れたご褒美だ。少しは優しく抱いてあげよう」
「……んんんっ、あああっ――!」
 その言葉とは裏腹に、少しの躊躇もなくそのまま一気に最奥まで突き進み、貫かれた痛みと望まぬ形で女にさせられた絶望で顔を歪め、ネクタイの上に二つの大きな染みを作っていく紗雪の唇に、真鍋は貪るように激しいキスを落としたのだった。

 それからあとのことは、よく覚えていない。
 痛いはずなのにそれ以上に強烈に気持ちがよくて、剥き出しになった本能のままに「もっと突いて」「キスが欲しい」と乞い願ったのかもしれないし、あるいは「脚は広げたままだ」「もっと舌を絡めろ」と命令のままに脚を広げたり見様見真似でキスを返したりしたのかもしれない。
 とにかく、三回ほど果てるのに付き合わされた紗雪の身体は、もう指の一本さえ動かせないほどにまで疲労困憊していて、起き上がる気力すらない。強制的に塞がれた視界はそのままに、紗雪の意識はズブズブと埋もれていく。
 本当は、事がすべて済んだら帰るつもりだった。名残惜しそうにヒクつく紗雪の中からソレを抜き取った真鍋が「なかなかよかったよ」と言い置いてバスルームに向かい、シャワーの音を立てながら汗を流している間にでも、そうしようと。
 もともと引き留めるつもりなんてあるわけがないし、たとえ出てきたときに紗雪がいなくなっていても、真鍋が何かを思うことなんてあり得ないと思う。急にオモチャが消えれば、多少面白くないかもしれないけれど、でもそれは、オモチャのくせに勝手なことをするなという身勝手な独占欲からくるものに違いないのだから。
 真鍋の抱き方は、紗雪にはあれのどこが優しかったのだろうと思うほどだった。
 現実と小説の世界は違うのだと区別していたつもりだった。見返りブスなんかを優しく抱けるわけがないと自分なりに覚悟を決め、そうして尽きることを知らない真鍋の劣情を何度も受け入れた。けれど、傷ついたものは傷ついたのだ。
 このまま誰のことも受け入れずに歳を取っていくばかりかと思っていたところに、脅迫的にではあるけれど女にしてくれる人が現れたのは、考え方によっては良かったと言える部分もあるだろう。それでも心が悲鳴を上げる。望まぬ形での処女喪失は、紗雪の胸を抉るように痛くさせる。
 何度も何度も激しく強く突き上げられながら。胸を揉みしだかれながら。思い出したようにキスをされながら。……紗雪の涙が止まらなかったのは、そのせいだ。
 ――カチャリ。
 意識が完全に紗雪の手を離れていってしまう間際、シャワーを終えた真鍋がリビングのドアを開ける音が耳に微かに聞こえた。そちらに顔を向ける体力さえなく、乱れきったベッドの上でだらりと肢体を投げ出したままでいると、ギシリとベッドが軋む音がして、真鍋にしては優しげな声で「……眠っているのか?」と尋ねられた。
 けれど返事をするのもひどく億劫だった紗雪は、もう何も反応せずこのまま寝てしまおうと遠のいていく意識の中で思う。現在時刻はわからないけれど、ずいぶん長い間、抱かれていたように思う。
 きっともうとっくに終電も出てしまっているだろうし、フラつく身体でタクシーに乗るのも運転手に申し訳なかった。抱き方には少しも慈悲は感じられなかったけれど、一晩ベッドを貸すくらいの優しさは持ち合わせていてほしい。
 そう願った直後、紗雪はとうとう意識を手放す。だから紗雪は、その後の砂糖菓子より甘く心身ともに蕩けきってしまうような睦言は聞こえていなかった。

 ◆

「……たぶん君は、自分を卑下しすぎているんだろう。少し見ていたらわかるさ。地味な服の下はこんなにも綺麗だというのに、どうしてそんなに愚かな生き方をしてきたんだ。処女だというから優しく抱いてやろうと思っていたのに、まったく当てが外れた。滑らかな白い肌も、豊満な胸も、華奢な肩や折れてしまいそうに細い腰も……目にしたときから煽られっぱなしだ。でも、僕好みに教え込めるのはよかったな。顔を見てセックスなんてしたら、気持ちいいと鳴いてもらう前に僕が果ててしまう。……こんな子は初めてだ」
 言い終わると、すーっ……と気持ちよさそうな寝息を立てる紗雪の頭を丁寧な手つきで横に向けさせ、颯は切ない熱を帯びた眼差しできつく縛ったネクタイを解く。
「……すまない。さっきはああ言ったが、君に見られたくないんだ、君に夢中になりすぎて抑えが効かない僕の顔なんて。どんなに見せられない顔をしていることか……。今までは僕が愉しむために目隠しをしていたけど、これは本格的に君に溺れてしまいそうだ」
 涙の痕を残したまま閉じられた紗雪の瞼と鼻、唇に一つずつキスを落とした颯は、柔らかく艶やかな彼女の髪を一房掬い上げ、そこにも優しいキスを一つ落とす。
 最後にもう一度紗雪の寝顔を眺めた颯は、最愛のものを心から慈しむような手つきで、今はなき紗雪の涙を指で拭う真似をする。陶器のように滑らかな頬に指を滑らせると、くすぐったかったのか、紗雪がわずかに身じろぎをした。その姿にふっと目を細め、
「おやすみ、紗雪」
 颯は、また昂りはじめてきてしまった欲望を抑えるため、布団をかけ直してやると別室へ向かった。
 絶倫もなかなかに辛いものがある。寝入ったばかりの紗雪にひとときでも安らぎを与えてやりたいのに、その反面、ふに、と柔らかすぎる唇をほんの少し食んだだけで、また激しく紗雪の奥の奥まで突き通したい衝動に駆られてしまう。
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