紫雨の話

ヰ野瀬

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夢から

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 もう会うことはないと思っていたのに、どうしてこんな形で会うことになるのか。

 相変わらず学校には行かずにだらだらと過ごしていた。夜には規則正しく寝ていたのだが、夢の中で手招きをされるがままついて行った結果。夢だと思いこんでいたことは現実だったようで、自分の足で山の奥まで入り込んでいた。
「やっときたかー! お前も食べなさい、それとお酒だ」
「……酒の肴とかではないですよね?」
「ん? お前は何を言ってるんだ。お前みたいな栄養のえの文字もないような小娘を誰が食べるんだ」
 お酒のおちょこに目の前でお酒を注がれて「飲めないんですけど」と言うと「ああ、そうか。ガキンチョめが。つまらん」と頭を殴られた。
 どうしてこの人はすぐ頭を殴るんだ。痛いと言ってもやめてくれないし、刺身まで貰って食べている。
 家は小屋で小さく、布団と最低限の食料しかない様子でほとんど生活感がなかった。熊が来たらすぐに壊されてしまいそうで不安になる。
 酒に酔っ払った酒豪の少年は見た目は明らかに近い年齢のものだと最初に思っていたが、多分、人間ではない。なんなのかはわからないが、酒が飲める年齢だということは自分よりももっと年上だということなのだろう。昔にも会っていると言われたが、そんな記憶は自分にはない。だからきっと、もっともっと古い人間の話なのかもしれない。もしかしたらおばあちゃんか、母さんかもしれない。
 酔っているときに聞いてしまうのは卑怯になってしまうだろうか。
「名前なんて言うの」
「……ああ、僕の名前か。紫雨しうだよ、お前は幸だろ。あまりに呼ばれなさすぎて忘れるところだった」
 酒をあおる姿はチグハグでこの場に大人がいたら怒られてしまうだろうか。本当に夢ではないのだろうか。
「どうしてここに連れてきたの。っていうかやっぱり、人間では……ないって……こと?」
「取って食いやしないよ。会ったときは気づかなかったが、先日会ったとき気づいた。お前は幼子のころにも来たんだ、そのときにな。ちょっと相手にしてやっただけだ」
 質問には答えてくれない。横顔に目を向けると、肌が白く、まるで病人のようだと思った。
 掛かった髪の毛を耳の後ろに引っ掛けるようにしてまた酒を呷る。その姿は優美だ。
 眼前には大量の酒瓶の空が乱雑に投げ捨てられるようで、倒れて中身がでているものもある。どうして、こんなふうに呑めるんだこの人外は。姿と仕草はこのボロ小屋とは不釣り合いな気がしてならない。もっと高級な和風建築物に住む貴族の方が合っているというのに、どうしてこんな辺鄙なボロ小屋に住んでいるのだろうか。
「子どもの頃の記憶ってほとんどないんだよね」
「そうなのか。まあそうか。人間はほとんどのものが見えないやつばかりだと聞くからな。そういうのも関係しているのかもしれないな」
 遠くを見つめるように酒で赤く染ったリンゴの頬を両手で包みこみ、まるでクラスのあの女子を連想させる仕草。そういえば、自分に最初に話しかけてきたのはあの女子だけだった気がする。
 
 もともと話しかけるのは苦手で、机に一人で本と睨めっこをしていた。そんなときに話しかけてきたのが、西芦谷 夢にしあしたに ゆめというぶりっ子だった。まるでアニメの主人公みたいな名前の彼女に声をかけられた時は照れくさくて素直になれなかった。だからたくさん傷つけては泣かせてばかりでまともに話したことはない。だが、素直になれなかっただけで泣き方も話し方も可愛くて羨ましいと思っていた。ご飯を食べるときなんかは綺麗に箸を使い、ギャップがあった。どこかのお嬢様だったのかもしれない。今ではもう関わりがないからわからないが。
『さっちゃん、さっちゃん。夢ね、さっちゃんのこと大好き。初めての友達だよ』
 袖を掴んで微笑む彼女の笑顔はふわふわとしていて女の子らしい。萌え袖にミニスカと毎日なにかと怒られていたが、それに憧れる女子もいて真似ている子もいた。そんな子が自分と関わりがあることで気に入らない人もいたのだろうが、夢は相変わらず話しかけてきた。素直になれない自分に気づいてのことなのか、あの甘い声と仕草と優しさで包み込んでくれるようにいつも傍にいた。

「どうした? ぼうっとして、酒の呑みすぎなんじゃないのか」
「まだ未成年だから酒は呑めない」
「サボってるくせに」
「今でさえバカなのに、余計バカになるでしょうが」
「ぷぷっ今更だろ。アハハハハ」
 口に手を添え、人をバカにしたような煽る顔にこの前のことを仕返しするように頭を思いっきり殴ってやった。ボゴっと嫌な音がしたけれど、そんなことは大したことはないだろう。
「いっ……骨が折れる」
 頭のてっぺんを押さえ涙目で、それでもまた酒を呑む紫雨。
「か弱くなんかないクセに」
「バカか。幸みたいにゴリラじゃないんだこっちは。繊細なんだよ」
「あんただって私を殴ったじゃん」
「幸は頑丈だから大丈夫だろ」
 紫雨の人差し指が頬をグリグリと強く押しこまれ、歯茎に当たる。イライラとした感情を久しぶりに煽られ、また殴ろうかと腕を振り下ろす。
「うわああん。幸が殴ろうとするぅ」
「嘘泣きすな」
 チョップで軽く頭を叩いた。急に黙る紫雨に「酒はもういいの?」と聞いてみても反応がないから顔を覗き込むと、あぐらをかいたまま寝ていた。器用だ。
「……まったく、何者なんですか。紫雨様は」
 とひと言呟いて額にデコピンをくらわした。
「ん……」
 さすがに移動させるのは自分の力だけでは無理があるため、横にさせて持ってきた毛布をかけた。こうやってみるとただの少年にしか見えないのに不思議だ。真っ赤になった頬を引っ張り、変な声をあげる紫雨で遊ぶ。遊びまくって満足すると、その日は帰った。
 酒瓶はある程度まとめておいたし、あとはなんとかするだろう。夜中に呼び出されて眠くないはずはなく、暗い夜道を歩いて家に向かう。あまりに眠すぎて怖いはずの道が、ポップな道のように見える。そのおかげか無事に帰ることができた。時計は既に4時を回ろうとしていたが、布団に入るとすぐに入眠した。

 今頃、彼女はどうしているだろうか。自分のことなど忘れて、友達をたくさん作っているんだろうか。思い出す過去の友人はいつも泣いてばかりだった気がする。
 深くため息をついても過去を変えることなどできるはずはない。なかったことになんて出来るわけがない。恨まれて当然なんだ。
 
 いやな夢を見た。今まで自分を好きだと言っていた彼女が突然、自分のように冷たく抉るような言葉で刺してくる。そんな夢。彼女もこんな気持ちだったのだろうか……。もう知る由もない。
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