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入れ替わった理由

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 翌日、私はマクニール侯爵家の別邸にいた。さすがに聖那を王宮に連れて行くわけにはいかないというので、会うのは別邸になったのだ。王族とは何をするにも面倒だなと思った。

「はじめまして、ルシアさん」
「…二日ぶりですね」
「……」

 赤晶騎士団から迎えの騎士達によって別邸に連れてこられた聖那は、不信感満載の表情で目の前に立っていた。クローディアの中にいるセラフィーナと一緒に客人として迎えたのだけど、どうして自分が…と言いたそうな表情だった。クローディアの姿が影響したかもしれないし、王子としてバレてしまった事への戸惑いでもあるように見えた。つまりは、王子かどうかは、この時点ではさっぱりわからなかったのだ。でも…

「貴女は…ライナス殿の…」
「ええ、妹のセラフィーナです。一度お話したいと思っていたので、こうしてお邪魔しました」
「まさか…貴女が…」
「すまない、遅くなった!」

 私が呼び出したのかと言いかけただろう聖那の言葉は、王子の姿をしたクローディアによって遮られた。

「…っ!」

 王子の姿を見た聖那は、明らかに動揺して表情を歪ませた。それは残念ながら隠しきれるものではなく…それを見逃すような私達ではなかった。

「…やっぱり…その中にいるのは、フレデリク殿下でしたか…」
「…ど、どうして…」

 自分の姿に話しかけられた聖那の中の王子は、ソファに掛けたまま目を見開いて自分自身を見上げていた。それでも、自分も他人の身体にいるせいか状況は察したのだろう。

「き、君は…誰だ?」

 ただ、自分の中にいるのが誰かまではわからなかったらしい。まぁ、それもしょうがないだろう。人格が入れ替わっただけで、声なんかはそのままなのだから。
 暫く驚きすぎて思考が固まっていたらしい王子だったけど、入り口には私達、窓の側には侍女たちが控えていて逃げられない事、最初から私達と引き合わせるために連れて来られた事を察したのだろう。焦りを滲ませながらも、低い声でそう尋ねた。

「私はクローディアです」
「…ク、クローディア…?」
「ええ。お久しぶりですね、殿下。目が覚めたら、殿下の中におりましたの。そりゃあもう、大変驚きましたよ」
「…クロ…」
「しかも、殿下と入れ替わっただけかと思っていたら…私の中に入っていたのは、面識のない令嬢だったのです。最初は何が起きたのかと…さすがに理解が及びませんでした」
「……」




「それで、どうしてこんな事をなさったのですか、殿下?」
「……」

 簡単な自己紹介をした私達は、とりあえず席に着いた。侍女がお茶を淹れて下がると、クローディアが核心を突いた。
 都合が悪くなるとだんまりを決め込むらしい王子にイラっとしていた私は、そんな気分を隠さずにいた。周りを巻き込んで、これだけの騒動を起こしたのだ。優しくして貰えるなんて思うなよ、との牽制でもある。

「それは…」
「今回、巻き込まれたのは三人です。私達には説明を受ける権利があります」
「…っ」

 痛いところを突かれたのか、王子は傷ついたような表情を浮かべた。でもね、そこで被害者ぶるんじゃないわよ。あんたは加害者なんだから…そう思いながらも、今は答えを待った。一応年長者だからね。言いたい事は山のようにあるが、今はこうなった理由を聞くのが先だ。理由によっちゃあ…暴れるかもしれないけど。

「…何もかもが…嫌になって…逃げたかったんだ…」

 長い長い沈黙の後で。沈黙と三人の視線に耐え切れなくなったらしい王子は、ようやく絞り出すように、そう告げた。
 事の発端は、隣国の訪問だったという。元より気弱で外交どころか社交も苦手な王子は、クローディアと一緒に隣国を訪問するのは気が重かった。優秀なクローディアとそのおまけの残念王子。これが二人への一般的な評価だったからだ。
 その王子に対して、隣国の王子たちが三人がかりで揶揄ってきたのだという。それもクローディアがいない時に。気弱な王子を隣国の王子は舐めてかかり、何も言い返せない彼を馬鹿にしたのだ。

「そのような事が…」

 一方のクローディアも、そんな事があったとは露知らず、ショックを受けていた。握りしめた手がかすかに震えている。彼女にとって王子は幼馴染で婚約者だ。揶揄われるなんて、彼女にとっては自分を馬鹿にされたも同然と感じたのかもしれない。それに、自棄になったのか?と言いたくなるほどに負の感情大放出だった王子に、戸惑いを隠し切れないようだった。

「僕のせいで君まで軽んじられる事になって申しわけないと思う…でも、僕は君の隣に立つ自信がないんだ…これからもきっと、君との差は開いていくばかりだろう。もう…限界なんだ…」

 そう言って王子は顔を覆って俯いてしまった。最初は腹が立っていた私だったけれど…彼の気持ちも少しは理解出来る。私もどちらかと言えば王子の側の人間だからだ。クローディアのような出来る側の人にはどう頑張っても及ばない悔しさは…わからなくもない。
 でも、今は何と声をかけていいのかわからなかった。いや、彼も私に話しかけられても困るだろうけど…

「じゃ…殿下は、元には…」
「ごめん、クローディア。僕はもう…その体には戻りたくない…」

 隣国の王子に揶揄われた王子は、お守りのつもりで持っていた魔道具を手に願掛けをした。それは本当に単なる願掛けで、気休めでしかなかった。こんな事になるとは思わなかったと言う…

「お願いだ、何でもする。だから、元の身体に戻るのだけは…許して。本当にもう、王子には戻りたくないんだ…」

 悲痛な、悲鳴にも似た王子の叫びに、私達はどう答えるべきか、その答えが直ぐには見つからなかった。何故なら…無理に戻った場合、王子が自死してしまいそうに見えたからだ。

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