【完結】一夜を共にしたからって結婚なんかしませんから!

灰銀猫

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聞いちゃいけない会話?

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 クラリスに相談したけれど、私の悩みは深くなる一方だった。奴と王女殿下との婚約話が本当であれば、何としてでも断るしかない。もしこの事が知られたら私は王女殿下の恋敵となって、王家のご不興を買うのは必至。王家に楯突いたとなれば、貧乏で風前の灯の我が家はあっという間に吹き飛ばされて、ぺんぺん草も残らないんじゃないかと思う。

(…もう、私が何したっていうのよ…)

 必死に頑張ってきた結果がこれなんて、悔しくて情けなくて涙が出そうだった…いや、そんな可愛げはもう残っていないけど。
 コネも伝もなかった私は、学園で何としても首席を取り、文官の花形と言われる宰相府に就職したかった。それだけを目標に学園時代を過ごしたと言ってもいいだろう。なのに…あの男のせいで私はただの一度も首席を取れなかった。
 後ろ盾のない文官は苦労すると聞いていたけど、こんな形で苦労する事になるとは思わなかった。嫌がらせへの対処ならどうとでもなる。これまでだって際どいシーンもあったけど、それなりにあしらって躱してきた。だけど色恋が絡むとどうしていいのかわからなかった。恋愛経験値も男女のトラブルも経験なし、しかも相手はイケメンで女慣れしているとなると…お手上げなのだ。それなのに…

(あ、いけない!もうこんな時間…!)

 考え事をしていたら、既に終業時間を過ぎていた。明日が納期の書類が何枚かあったので、団長に提出してから帰る事にした。書類を出すなら少しでも早い方がいい。書類はここで出して終わりではない、その後も別の人の処理が待っているのだから。書類を出して団長と軽い雑談を交わし、さぁ帰るぞと言うところで私は忘れ物に気が付いて、自分の仕事部屋に戻った時だった。

(…あれ、ドアが開いている?戻ってきていたの?)

 帰る時には奴はまだ戻っていなかった。きちんとドアを閉めて帰ったのに、今は僅かに開いていて中から人の話し声が聞こえた。声の主は…天敵とオブラン殿だった。

「…ミュッセ嬢は?」
「ああ、今日は帰っただろう」
(え?私の名?)

 自分の名らしきものが聞こえて、私はドアノブに伸ばした手を止めた。一体何だと言うのか…ちょっとした好奇心が疼いた。

「…で、王女殿下との話はどうなっているんです?」
「まぁ、時間の問題だろう。婚約さえ破棄出来ればこっちのものだ」

 王女殿下の名が出てくるとは思わなかった。やっぱり王女殿下との婚約話はあったのか…だけど、破棄さえ出来ればって…婚約してたの?それじゃ…

「あと一押しなんだがなぁ…」
「そうは仰いますが、まだ時間がかかりそうなのですか?」
「そうだな。相手も強情だからな。向こうにも悪くない条件を出しているんだが…」
「そうですか…相手も警戒しているのでしょうね。いっそ家族を盾にすれば?否とは言えないでしょう」

(………え?)

 ドアの向こうの会話は、砕けた口調で友人同士の軽口にも聞こえたけれど…会話の内容はあまり軽いものではない気がした。ふと、この前奴がアルノワ殿に向けた殺気に似た視線が思い出された。

(こ、これ…まさか、私の事?)

 いきなりの求婚、しかも超がつくほどの優良物件からの申し出。何か裏があると思っていたけれど…時間がかかるとか強情とか家族の件は、私を指しているように聞こえた。いや、そうとしか聞こえないんじゃ…?

(それに強硬手段って…?)

 何だか剣呑なものを感じた私は、そっとその場を後にしたけど…これってもしかして、聞いちゃいけない話だったのだろうか。立ち聞きしたのを気づかれなかったとは思うけど、聞かなきゃよかったと私は大いに後悔した。

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