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夜会の同伴を頼まれました

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 彼らの話を盗み聞きした罪悪感もあって、翌日の出勤はちょっと気が重かった。奴の求婚が訳アリだとわかって腑には落ちたけれど、苦々しい気分になった。あの話が私の事なら断れないように手を打ってくる可能性があるわけで、受けるしかないのだろうか…
 家族が巻き込まれるのは何としても避けたいし、そのためなら多少の事は目を瞑るつもりだけど…受けるなら条件を付ける、とかの余地はあるだろうか…最悪の展開にならないように手を打っておいた方がいいかもしれない。

「エリアーヌ嬢、ちょっといいだろうか?」

 色々考えながら書類と格闘していたら、奴に呼ばれて思わず悲鳴が出そうになった。危ない、挙動不審になったら昨日の盗み聞きがバレてしまうかもしれない。

「何でしょうか?」

 平常心と心の中で呟きながら奴の執務机の前まで来た。今日も安定の爽やかさ満載だ。中身はそうじゃなかったけど…いや、腹黒イケメンは爽やか一辺倒よりもネタ的には美味しいんだろうけど…

「実は十日後に夜会があってね」
「…はぁ」
「君に一緒に参加して欲しいんだ」
「………は?」

 何だろう、今、凄く変な事を聞いた気がする。夜会に参加って、誰が、誰と?

「えっと…」
「参加も同伴者も必須なんだけど、俺にはまだ正式な婚約者がいないからね。今回は仕事の一環として出るから、同じ職場の君に一緒に出てほ…」
「お断りします」

 奴が言い切る前に断った。

(何馬鹿な事言ってるのよ。そんな事したら私の未来は真っ黒じゃない…!)

 彼の専属文官と言うだけで脅迫状が届くのだ。そんな火に油を注ぐような真似はお断りだ。

「…手厳しいね」
「それは申し訳ございません。でも、私は夜会に出た事がないので、副団長に恥をかかせてしまうでしょう。そういう役回りは他の方にお願いして下さい」

 私の言葉に、天敵は浮かべていた苦笑を驚きに変えた。まぁ、伯爵家の令嬢が夜会に出た事がないなんて、普通ならあり得ないよね。

「…夜会に、出た事がない?」
「ええ」
「でも、デビュタントは…」
「衣装を準備する余裕がありませんでしたので、欠席しました」

 世の中には貧乏でデビュタントに出ない令息や令嬢も一定数いるのだ。伯爵家以上だと珍しいけど、私は結婚する気がなかったので出なかった。母は残念がっていたけれど、デビュタントのドレスは一生に一度の物だからと無駄に高い。結婚するなら夜会もお茶会も必須だけど、そうでなければ無理に出る必要はないのだ。

「…だったら尚更だ。一緒に行こう」
「いえ、ですから…ドレスを準備するお金がですね…」
「だったら衣装一式贈らせて貰うよ」
「……は?」
 
 何なんだ、最近は聞き慣れない単語がありすぎて理解するまでのタイムラグが長くなっている気がする…

「あの…な、何を…」
「さすがにオーダーメイドは間に合わないけど、腕のいいデザイナーがいるから任せてくれ」

 爽やかさ満載の顔に、奴はそれはそれは麗しい笑みを乗せてそう言ったけれど…

(あんたがよくてもご令嬢たちはよくないんだってばー!!!)

 冗談ではない、それで痛い目に遭うのはこっちなのだ。しかもドレスを贈る?そんな事されたら火に油どころか爆弾投下なんですけど?

「何ふざけた事言ってるんですか!そんなのお断りです!今だって専属ってだけで脅迫状が届い…」

 そこまで言いかけて、しまったと口を覆ったが遅かった。奴が目を見開いてこっちを見ているのが見えた。そんな表情まで絵になるとはどういう事だ…いや、今はそうじゃなくて…

「……どういう事?」
「…え?」

 笑顔が一層深くなったけれど、何か暴力的な迫力が付随された気がするんだけど…私は思わず三歩下がってしまった。同じだけ奴が距離を詰めてくる。えっと?

「脅迫状が…届いているのか?」

 どうした事だろうか…笑顔なのに、笑顔なのに怖い!さっきまでの爽やかさ、どこ行った…?




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