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夜会ですか、そうですか…

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 あっという間に夜会の日になった。貴族の家に生まれたけれど夜会に出た事がなかったし、お茶会だって子供の頃に出たっきりだ。マナーは仕事をする上で最低限身に付けていればいいと思っていたから自信がないし、令嬢としての立ち居振る舞いはもっと自信がない。最初はやってやろうじゃないの!と思っていたけれど、その日が近づくにつれて段々そんな勢いもしぼみ、怖気づいていく自分がいた。

(…それでも、行くしかないのよね…)

 その日は仕事があったけれど、昼過ぎには奴の家に連れてこられた。家っていうかお屋敷だけど…同じ伯爵家なのに我が家の倍は広いしお金もかかっているのが一目瞭然だ。副団長ってそんなに給料がいいのか…羨ましい…

「さぁ!始めますわよ!」
「「「はいっ!」」」

 屋敷に入ると家令や侍女が待ち構えていて、私はあっという間に侍女たちに囲まれて連れていかれた。身包み剥がされて浴室に放り込まれ、そりゃあもう皮膚が擦り切れるかっていうくらいに磨かれた。その後もマッサージだ何だと揉みくちゃにされ、最後は奴が用意したと言うドレスに着替えさせられた。

「まぁ!お似合いですわ!」
「それになんて素晴らしいプロポーション!」
「お化粧がこんなに映えるなんて…普段何もしないのが勿体ないですわ!」

 鏡の前にいるのは、私の知らない私だった。何の変哲もない茶色の髪は緩く結い上げられて所々にパールが散りばめられていた。普段は眼鏡で隠している新緑色の瞳はお化粧のせいでいつも以上にパッチリと目立ち、普段の私とは結びつかないだろう。化粧って凄い。詐欺だって言われそうだ…
 ドレスは落ち着いた色合いの淡いグリーンだった。スカートの広がりは控えめて身体のラインが綺麗に出るけど、露出は少ないし生地がいいせいか上品に見える。まともにドレスを着たのは生まれて初めてだから、こんな時なのに心が躍った。ドレスってだけで気分が上がってしまうのは、私の心が完全に枯れていないせいだろうか…
 そして既製品だとは聞いていたけど、サイズぴったりなんですけど…

(やっぱり…あの夜って…)

 何もなかったと思いたい私だったけれど、誂えたようなぴったりサイズは私の願いを砕くには十分だった。もう深くは考えるまい…子供が出来なかっただけで良しとしよう…侍女さん達が盛り上がっている横で私はぐったりしていた。身体もだけど、心も疲れた…



「…へぇ、化けるもんだな」

 ソファに座らされてお茶を頂いていると、正装に着替えた奴がやってきた。私の姿を見て驚きの表情を現しているけど、どこかわざとらしく見えるから半分は面白がっているのだろう。

「…どうも」

 自分では買えそうもないドレスを贈って貰った事には感謝すべきなんだろうけど…行きたくないし、令嬢からの嫉妬も考慮するとマイナスにしか思えないから、素直にお礼を言うのも癪に障った。それに面白がっているのが丸わかりで腹立たしくすらあるんだけど…

(くそぅ、正装が似合いすぎじゃない…)

 騎士の正装は白と黒の両方があってその時の状況で使い分けるらしいが、今日の奴は黒い方だった。見た目は爽やか系のイケメンだから白の方が似合うんだろうと思っていたけど、そんな先入観は大きな間違いだった。黒も似合う、物凄く…白は気品が増すけど、黒は精悍さが増して、悔しいがかっこよさが爆上がりだ…

(…冗談抜きで刺されるかもしれない…)

 こんなイケメンにエスコートされて夜会なんかに出ただけでも危ない気がするのに、今日から専属文官だけではなく婚約者としての肩書が追加される。うん、明日生きて出勤出来るだろうか…夜会に向かう馬車の中の私の気分は…売られていく子牛だった。

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