【完結】一夜を共にしたからって結婚なんかしませんから!

灰銀猫

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夜会が始まりました

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 会場に着いた私は驚いた。仕事の一環だし、気負うようなものではないと聞かされていたけれど…何と今夜の夜会は王家主催のものだった。

(ちょっと!そんな大層な会だなんて聞いていないんだけど…!)

 浮かび上がりそうになる青筋を引き攣る笑みで抑えながら、どういう事だとの意を込めて視線を向けたが、奴は涼しい顔をして私の無言の抗議をスルーした。嘘でしょ…王家主催の夜会だなんて…ただでさえ何もかもが初めてなのにハードルが高すぎて、もう不安しかなかった。豪華絢爛な会場が目に痛い…

 案の定、会場に入ると物凄く注目された。会場にいる全員に睨まれているんじゃないかって思うくらいに視線が痛い。その中でも令嬢たちの視線と顔が一際怖かった。あれじゃせっかくの装いが台無しだろうに…これ、一人になったら確実に殺られそうな気がする…今日は特殊装備じゃないから、刺されたらすぐにお肌貫通なんですけど…

「俺から離れるなよ。挨拶と用事さえ終われば直ぐに帰してやるから」
「本当ですね?」
「……善処はする」

 その間は何なの?と思ったけど、あっという間に人に囲まれて問い詰めることが出来なかった。もうっ、何かあったら七代末まで祟ってやる!そう思いながら必死に笑顔を張り付けた。元から笑顔なんか浮かべないから上手く笑えているのか不安しかない。

 この日はオードリック王太子殿下の二十五歳の誕生祝いの夜会だった。まだ婚約者のいない殿下を狙ってか、若い令嬢の気合の凄まじい気がした。これから王族に挨拶するらしく奴に連れられて列に並んけど、既に足が自分の足じゃないみたいに覚束なかった…

(…王族って事は…もしかして王女殿下も?)

 気がかりなのは奴との婚約を望んでいらっしゃるという王女殿下の事だった。婚約したい相手がどこの誰とも知らない女を連れてきたら、王女殿下だけでなく王族の不評を買いはしないだろうか…それが最大の不安だった。

「ブーランジェ伯爵アレクサンドル卿、ミュッセ伯爵令嬢エリアーヌ様」

 今回は仕事上のパートナーの名目での参加なので、婚約者とは呼ばれなかったことは幸いだった。まだ正式な婚約書を交わしていないのだから当然だけど…名を呼ばれて王族のご前に歩み出たけど、もう緊張しすぎて頭は真っ白だ。言われた通りの口上は噛まずにクリアしたけど、それ以外は頭に入ってこなかった。王女殿下は後ろの方にいらっしゃったらしいけど、その表情を確認する余裕もない。うう、睨まれていたらどうしよう…そうは思うけど、挨拶は流れ作業、済んだらさっさと交代するしかない。

「まぁ、無事クリアしたな」

 御前を辞した後、少し離れた場所までくると奴はこっそりそう言った。一応及第点は貰えたらしくホッとした。初めてで失敗しなかったのなら良しとするべきだろう。周りの視線も怖いままだし、早く帰りたかった…暫くは色んな方々が次々と話しかけてきて、紹介されて挨拶して…を延々と繰り返した。普段は無表情を心がけているせいか、頬や口元が引き攣るし、筋肉痛になりそうだ…

「ああ、そろそろ行くか」

 もう帰りたい…そう切実に思い始めた頃になって、やっと奴がそう言った。本題までが長すぎるだろう、これ…そう思いながらももう少しで解放されると、最後の気力を振り絞って奴のエスコートで会場を後にした。向かった先は会場から少し離れた控室だった。ここって…貴族が逢瀬に使う場所なんじゃ…

「お待たせしました」
「ああ、私も今来たところだ。気にしなくていいよ」

 躊躇う事無く中に入る奴の後ろに続くと、誰かが奴に話しかけた。気安い声は想像よりも若いものだった。上司だと聞いていたから年配の方かと思っていただけに意外だ。奴の背中の向こうにいた人物が視界に入って、私は音が立ちそうなくらいに固まった。だって…そこにいたのは…


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