【完結】一夜を共にしたからって結婚なんかしませんから!

灰銀猫

文字の大きさ
70 / 116

お見舞い

しおりを挟む
 それから十日ほど経ち、私はジョエルのお見舞いに行った。彼は今、騎士団の中にある騎士向けの病院に入院しているという。

「…傷の具合は…」
「ああ、大分いいんだ。ほぼ傷も塞がったし、痛みも大分減った」

 出血が多かったように見えて心配していたけど、傷が治りつつある事にホッとした。

「そう、よかった。その…助けてくれてありがとう」
「あ、ああ…いや、結局礼を言われるほどの事も出来なかったし…」
「でも、あなたがいなかったら、今頃どうなっていたかわからなかったわ」

 そう、想像したくもないけれど、大変な事になっていただろう。だったらやはり彼は恩人だ。

「でも、どうして助けてくれたの?」
「その…一言でいいから謝りたかったんだ。お前が結婚しないのは、俺のせいだと言われたから…」

 そう言ってジョエルは俯いたけど…

「それは…誤解だわ。元から持参金を用意する余裕がなかったのよ。だから…あの事がなくても結婚しなかったと思うわ」
「そう、なのか?だが…」
「本当に、昔の事はもう気にしないで。それを言ったら、私も申し訳なかったわ」
「は?何が?」
「だって、私のせいで廃嫡されて平民になったのでしょう?」
「あ~ああ、まぁ、それは…」

 急にジョエルが何かを思い出したように声を上げた。何だろう、ばつが悪そうにも見える。

「実は…あれは…別に理由があって…」

 そう言って彼は私との婚約を断った理由を話してくれた。当時彼には好きな相手がいたという。だが、実は彼女は他にも恋人が複数いて、身持ちが悪い娘だった。親はその事を知っていたが彼は聞く耳を持たず、婚約話も彼女と引き離すための策略だと思い激高した、と言うのが彼側の事情だった。

「まぁ…結局は親の言っていた事が本当だったんだけどな…」

 残念ながらその彼女は、廃嫡されたと聞いた途端に態度を豹変させ、彼から去ったという。何というか…ご愁傷様と言うのが適切なのだろうか…いや、この場合それは傷口に塩を塗るに等しいかもしれない。

「まぁ、俺も世間知らずで青かったんだろうな。でも、今の立場も結構気に入っているんだ」

 彼は元々自分よりも優秀な弟が当主になるべきだと思っていたらしい。彼は座学が苦手で、領地経営などとても無理だと思っていたのだと。当主の座にプレッシャーを感じていたのもあって、廃嫡は渡りに船だったらしい。それでも失ったものの大きさを思うと、いいのかそれで?と思わなくもないけど…

「廃嫡された経緯はわかったけれど…じゃぁ、どうして王女殿下と一緒にいたの?」
「ああ、一月前だったか、声を掛けられたんだ」

 約一月前、ジェルはロイに声を掛けられたという。大事な任務があるから他言無用でと連れていかれた先にいたのが、あの王女殿下だったという。王女はジョエルが廃嫡になった事に憤りを現し、彼に本来の立場に戻れるよう協力しようと言ったらしい。
 そしてその条件が、私を襲う事だった。王女殿下と副団長は将来を誓い合った仲だが、私が頑として婚約解消を受け入れない、こうなったら強硬手段しかないのだと言ったらしい。

「…あの王女殿下は、何を…」

 もう妄想が激しすぎて言葉もない。自分が選ばれないからそんな妄想をして、それが現実だと思い込んでいるのだろうか…だったら痛い、痛すぎる…

「王女殿下にそれは違うと言っても聞き入れないし、お前が無理やり結婚を迫ったなんて、どう考えてもおかしいと思ったんだ」
「そ、そう…」
「それに、悲劇の恋人のような物言いだったけど、しようとしている事がえげつなくて信じられる要素がなかった」
「……」

 意外と言うのは申し訳ないかもしれないけど、ジョエルは冷静だった。

「お前に詫びるチャンスだと思った。だから奴らの策に乗ったんだ」

 そう言ったジョエルの表情は、まるで別人のように凛々しく見えた。

「最後はみっともなく助けられちまったけど、あの時の詫びが…少しは出来ただろうか?」

 そう言って私の表情を窺うジョエルは、私の思っていた人物とは全くの別人だった。

「そんなの…十分すぎるわ」
「そっか。よかったよ」

 そう言って笑顔を見せた彼だけど、私を助けるためとはいえ反逆の一端を担ってしまった彼は、このまま騎士でいるのは難しいのではないだろうか。何とか騎士として残れるよう副団長に相談してみよう、そう心に決めた。


しおりを挟む
感想 218

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました

ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。 名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。 ええ。私は今非常に困惑しております。 私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。 ...あの腹黒が現れるまでは。 『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。 個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

大好きだった旦那様に離縁され家を追い出されましたが、騎士団長様に拾われ溺愛されました

Karamimi
恋愛
2年前に両親を亡くしたスカーレットは、1年前幼馴染で3つ年上のデビッドと結婚した。両親が亡くなった時もずっと寄り添ってくれていたデビッドの為に、毎日家事や仕事をこなすスカーレット。 そんな中迎えた結婚1年記念の日。この日はデビッドの為に、沢山のご馳走を作って待っていた。そしていつもの様に帰ってくるデビッド。でもデビッドの隣には、美しい女性の姿が。 「俺は彼女の事を心から愛している。悪いがスカーレット、どうか俺と離縁して欲しい。そして今すぐ、この家から出て行ってくれるか?」 そうスカーレットに言い放ったのだ。何とか考え直して欲しいと訴えたが、全く聞く耳を持たないデビッド。それどころか、スカーレットに数々の暴言を吐き、ついにはスカーレットの荷物と共に、彼女を追い出してしまった。 荷物を持ち、泣きながら街を歩くスカーレットに声をかけて来たのは、この街の騎士団長だ。一旦騎士団長の家に保護してもらったスカーレットは、さっき起こった出来事を騎士団長に話した。 「なんてひどい男だ!とにかく落ち着くまで、ここにいるといい」 行く当てもないスカーレットは結局騎士団長の家にお世話になる事に ※他サイトにも投稿しています よろしくお願いします

結婚結婚煩いので、愛人持ちの幼馴染と偽装結婚してみた

夏菜しの
恋愛
 幼馴染のルーカスの態度は、年頃になっても相変わらず気安い。  彼のその変わらぬ態度のお陰で、周りから男女の仲だと勘違いされて、公爵令嬢エーデルトラウトの相手はなかなか決まらない。  そんな現状をヤキモキしているというのに、ルーカスの方は素知らぬ顔。  彼は思いのままに平民の娘と恋人関係を持っていた。  いっそそのまま結婚してくれれば、噂は間違いだったと知れるのに、あちらもやっぱり公爵家で、平民との結婚など許さんと反対されていた。  のらりくらりと躱すがもう限界。  いよいよ親が煩くなってきたころ、ルーカスがやってきて『偽装結婚しないか?』と提案された。  彼の愛人を黙認する代わりに、贅沢と自由が得られる。  これで煩く言われないとすると、悪くない提案じゃない?  エーデルトラウトは軽い気持ちでその提案に乗った。

処理中です...