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婚約の白紙
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その後、私は一睡もせずに一夜を明かした。明日は休みだし予定もないから、一晩泣き明かしても大丈夫だと思っていたのに…思ったほど涙は出なかった。そのかわり、言葉にし難い虚しさと寂しさで正に心に穴が開いたような気分で、ただぼんやりと天井を眺めていた。これが失恋の喪失感…と妙な感動している自分がいた。
翌日、私は母と公爵夫人に、副団長と話をして婚約の白紙を頼んだと告げた。母は眉を顰めたが何も言わず、一方で公爵夫人は酷く落胆させてしまった。お揃いのドレスも意味がなかったわね…と寂しそうに仰って、それが酷く申し訳なかった。あのドレスもかなり立派な品であるのは一目瞭然だったから。
「あら、そのまま置いておけばいいじゃない」
「でも…」
「案外、近いうちに必要になるかもしれないわ」
母と公爵夫人がこんな会話を交わしているのを眺めながら、そうだったらいいのに、と思う自分に驚いていた。意外と私は諦めが悪い存在らしい。副団長はあの後何も言って来なかったから、その可能性はないのに。
(でも、夢をみるくらいは…自由よね)
失恋して図太くなったのか、開き直ったのか…私は意外にも元気だった。まだ同じ屋敷にいるから、弱音が吐けないからかもしれないけど。母達の存在も心強かった。落ち込まずに済んでいるのは母やリアムがいてくれるからだ。
それから五日後、副団長との婚約が白紙になり、私は屋敷を引き払って元の寮へと戻った。一人ぼっちの部屋に寂しさが増したけれど、仕事では団長の分の仕事も加わって忙しくなったせいか、落ち込んでいる暇がなかった。
母達は公爵夫人のたっての希望でランベール公爵邸に移っていった。迷惑じゃないのかと心配になったけれど、実はランベール公爵も陛下や王妃様、母達と学友だったらしく、公爵夫人は大喜びで昔の様に過ごせると張り切っていた。
その数日後、私は久しぶりにクラリスの元を訪ねた。アリソン王女の侍女を辞めて実家に帰っていた彼女は、王太子殿下の妃候補として定期的に殿下からお茶に招かれていると言う。
「本当に婚約を解消しちゃったのね。勿体ない」
「最初からその予定だったもの」
未だに詳細を話せないもどかしさはあったけれど、聡い彼女は何らかの事情がある事は察してくれて、その上で解消を惜しんでくれた。
「クラリスこそどうするの?王太子妃になるつもり?」
貴族に生まれたからには王族に嫁ぐのは最上の誉れだけど、クラリスはどう考えているのだろうか?夢見るお年頃ならまだしも、この年になると責任や義務の方に目が行ってしまうから心配の方が勝った。
「悩ましいわね。殿下のお人柄は好感が持てるけど…何れは王妃と言われると尻込みしちゃうわ。若くて家格の高いご令嬢もいらっしゃるのにね」
「そうね。でも、殿下もお考えがあっての人選なのでしょう?」
「まぁね。詳しくは話せないけど、殿下の目的はご立派だけど私には荷が重い気がしているわ。ただ…」
「ただ?」
「年若い令嬢では一層難しいだろうなとも思うし。私が選ばれた理由もまぁ、納得なのよね」
それは紫瞳ではない子も王族に…と殿下が仰っていたあの件だろうか。もしそうなら、確かに若いご令嬢では難しいだろうな、と思う。紫瞳でない我が子を守るため、これまでの慣例を打破すると言えば聞こえはいいけど、臣下や民の反発も予想される。何よりも先王陛下が黙っているだろうか…
「まだ迷っているけど…案外殿下に人に話せない事まで聞かされている時点で、逃げ道がない気がするんだけどね」
そう言ってクラリスが苦笑した。多分私の予想は違えていないのだろう。確かめることは出来ないけれど。
「大変そうだけど、私はいつだってクラリスの味方よ。困った事があったら力になるからね」
「ありがとう、エリー」
クラリスは私の言葉を疑う事はないだろう。きっと何かあったら相談してくれるはずだ。そう、もしクラリスが紫瞳を持たない子を産んでどうしようもなくなったら、その時は私が連れて逃げてもいい。どうせ結婚する気はないし、母みたいに領地に引きこもって、リアムを支えながら子育てするのもいいかもしれない。
翌日、私は母と公爵夫人に、副団長と話をして婚約の白紙を頼んだと告げた。母は眉を顰めたが何も言わず、一方で公爵夫人は酷く落胆させてしまった。お揃いのドレスも意味がなかったわね…と寂しそうに仰って、それが酷く申し訳なかった。あのドレスもかなり立派な品であるのは一目瞭然だったから。
「あら、そのまま置いておけばいいじゃない」
「でも…」
「案外、近いうちに必要になるかもしれないわ」
母と公爵夫人がこんな会話を交わしているのを眺めながら、そうだったらいいのに、と思う自分に驚いていた。意外と私は諦めが悪い存在らしい。副団長はあの後何も言って来なかったから、その可能性はないのに。
(でも、夢をみるくらいは…自由よね)
失恋して図太くなったのか、開き直ったのか…私は意外にも元気だった。まだ同じ屋敷にいるから、弱音が吐けないからかもしれないけど。母達の存在も心強かった。落ち込まずに済んでいるのは母やリアムがいてくれるからだ。
それから五日後、副団長との婚約が白紙になり、私は屋敷を引き払って元の寮へと戻った。一人ぼっちの部屋に寂しさが増したけれど、仕事では団長の分の仕事も加わって忙しくなったせいか、落ち込んでいる暇がなかった。
母達は公爵夫人のたっての希望でランベール公爵邸に移っていった。迷惑じゃないのかと心配になったけれど、実はランベール公爵も陛下や王妃様、母達と学友だったらしく、公爵夫人は大喜びで昔の様に過ごせると張り切っていた。
その数日後、私は久しぶりにクラリスの元を訪ねた。アリソン王女の侍女を辞めて実家に帰っていた彼女は、王太子殿下の妃候補として定期的に殿下からお茶に招かれていると言う。
「本当に婚約を解消しちゃったのね。勿体ない」
「最初からその予定だったもの」
未だに詳細を話せないもどかしさはあったけれど、聡い彼女は何らかの事情がある事は察してくれて、その上で解消を惜しんでくれた。
「クラリスこそどうするの?王太子妃になるつもり?」
貴族に生まれたからには王族に嫁ぐのは最上の誉れだけど、クラリスはどう考えているのだろうか?夢見るお年頃ならまだしも、この年になると責任や義務の方に目が行ってしまうから心配の方が勝った。
「悩ましいわね。殿下のお人柄は好感が持てるけど…何れは王妃と言われると尻込みしちゃうわ。若くて家格の高いご令嬢もいらっしゃるのにね」
「そうね。でも、殿下もお考えがあっての人選なのでしょう?」
「まぁね。詳しくは話せないけど、殿下の目的はご立派だけど私には荷が重い気がしているわ。ただ…」
「ただ?」
「年若い令嬢では一層難しいだろうなとも思うし。私が選ばれた理由もまぁ、納得なのよね」
それは紫瞳ではない子も王族に…と殿下が仰っていたあの件だろうか。もしそうなら、確かに若いご令嬢では難しいだろうな、と思う。紫瞳でない我が子を守るため、これまでの慣例を打破すると言えば聞こえはいいけど、臣下や民の反発も予想される。何よりも先王陛下が黙っているだろうか…
「まだ迷っているけど…案外殿下に人に話せない事まで聞かされている時点で、逃げ道がない気がするんだけどね」
そう言ってクラリスが苦笑した。多分私の予想は違えていないのだろう。確かめることは出来ないけれど。
「大変そうだけど、私はいつだってクラリスの味方よ。困った事があったら力になるからね」
「ありがとう、エリー」
クラリスは私の言葉を疑う事はないだろう。きっと何かあったら相談してくれるはずだ。そう、もしクラリスが紫瞳を持たない子を産んでどうしようもなくなったら、その時は私が連れて逃げてもいい。どうせ結婚する気はないし、母みたいに領地に引きこもって、リアムを支えながら子育てするのもいいかもしれない。
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