【完結】一夜を共にしたからって結婚なんかしませんから!

灰銀猫

文字の大きさ
88 / 116

婚約の白紙

しおりを挟む
 その後、私は一睡もせずに一夜を明かした。明日は休みだし予定もないから、一晩泣き明かしても大丈夫だと思っていたのに…思ったほど涙は出なかった。そのかわり、言葉にし難い虚しさと寂しさで正に心に穴が開いたような気分で、ただぼんやりと天井を眺めていた。これが失恋の喪失感…と妙な感動している自分がいた。

 翌日、私は母と公爵夫人に、副団長と話をして婚約の白紙を頼んだと告げた。母は眉を顰めたが何も言わず、一方で公爵夫人は酷く落胆させてしまった。お揃いのドレスも意味がなかったわね…と寂しそうに仰って、それが酷く申し訳なかった。あのドレスもかなり立派な品であるのは一目瞭然だったから。

「あら、そのまま置いておけばいいじゃない」
「でも…」
「案外、近いうちに必要になるかもしれないわ」

 母と公爵夫人がこんな会話を交わしているのを眺めながら、そうだったらいいのに、と思う自分に驚いていた。意外と私は諦めが悪い存在らしい。副団長はあの後何も言って来なかったから、その可能性はないのに。

(でも、夢をみるくらいは…自由よね)

 失恋して図太くなったのか、開き直ったのか…私は意外にも元気だった。まだ同じ屋敷にいるから、弱音が吐けないからかもしれないけど。母達の存在も心強かった。落ち込まずに済んでいるのは母やリアムがいてくれるからだ。

 それから五日後、副団長との婚約が白紙になり、私は屋敷を引き払って元の寮へと戻った。一人ぼっちの部屋に寂しさが増したけれど、仕事では団長の分の仕事も加わって忙しくなったせいか、落ち込んでいる暇がなかった。
 母達は公爵夫人のたっての希望でランベール公爵邸に移っていった。迷惑じゃないのかと心配になったけれど、実はランベール公爵も陛下や王妃様、母達と学友だったらしく、公爵夫人は大喜びで昔の様に過ごせると張り切っていた。



 その数日後、私は久しぶりにクラリスの元を訪ねた。アリソン王女の侍女を辞めて実家に帰っていた彼女は、王太子殿下の妃候補として定期的に殿下からお茶に招かれていると言う。

「本当に婚約を解消しちゃったのね。勿体ない」
「最初からその予定だったもの」

 未だに詳細を話せないもどかしさはあったけれど、聡い彼女は何らかの事情がある事は察してくれて、その上で解消を惜しんでくれた。

「クラリスこそどうするの?王太子妃になるつもり?」

 貴族に生まれたからには王族に嫁ぐのは最上の誉れだけど、クラリスはどう考えているのだろうか?夢見るお年頃ならまだしも、この年になると責任や義務の方に目が行ってしまうから心配の方が勝った。

「悩ましいわね。殿下のお人柄は好感が持てるけど…何れは王妃と言われると尻込みしちゃうわ。若くて家格の高いご令嬢もいらっしゃるのにね」
「そうね。でも、殿下もお考えがあっての人選なのでしょう?」
「まぁね。詳しくは話せないけど、殿下の目的はご立派だけど私には荷が重い気がしているわ。ただ…」
「ただ?」
「年若い令嬢では一層難しいだろうなとも思うし。私が選ばれた理由もまぁ、納得なのよね」

 それは紫瞳ではない子も王族に…と殿下が仰っていたあの件だろうか。もしそうなら、確かに若いご令嬢では難しいだろうな、と思う。紫瞳でない我が子を守るため、これまでの慣例を打破すると言えば聞こえはいいけど、臣下や民の反発も予想される。何よりも先王陛下が黙っているだろうか…

「まだ迷っているけど…案外殿下に人に話せない事まで聞かされている時点で、逃げ道がない気がするんだけどね」

 そう言ってクラリスが苦笑した。多分私の予想は違えていないのだろう。確かめることは出来ないけれど。

「大変そうだけど、私はいつだってクラリスの味方よ。困った事があったら力になるからね」
「ありがとう、エリー」
 
 クラリスは私の言葉を疑う事はないだろう。きっと何かあったら相談してくれるはずだ。そう、もしクラリスが紫瞳を持たない子を産んでどうしようもなくなったら、その時は私が連れて逃げてもいい。どうせ結婚する気はないし、母みたいに領地に引きこもって、リアムを支えながら子育てするのもいいかもしれない。




しおりを挟む
感想 218

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました

ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。 名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。 ええ。私は今非常に困惑しております。 私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。 ...あの腹黒が現れるまでは。 『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。 個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

大好きだった旦那様に離縁され家を追い出されましたが、騎士団長様に拾われ溺愛されました

Karamimi
恋愛
2年前に両親を亡くしたスカーレットは、1年前幼馴染で3つ年上のデビッドと結婚した。両親が亡くなった時もずっと寄り添ってくれていたデビッドの為に、毎日家事や仕事をこなすスカーレット。 そんな中迎えた結婚1年記念の日。この日はデビッドの為に、沢山のご馳走を作って待っていた。そしていつもの様に帰ってくるデビッド。でもデビッドの隣には、美しい女性の姿が。 「俺は彼女の事を心から愛している。悪いがスカーレット、どうか俺と離縁して欲しい。そして今すぐ、この家から出て行ってくれるか?」 そうスカーレットに言い放ったのだ。何とか考え直して欲しいと訴えたが、全く聞く耳を持たないデビッド。それどころか、スカーレットに数々の暴言を吐き、ついにはスカーレットの荷物と共に、彼女を追い出してしまった。 荷物を持ち、泣きながら街を歩くスカーレットに声をかけて来たのは、この街の騎士団長だ。一旦騎士団長の家に保護してもらったスカーレットは、さっき起こった出来事を騎士団長に話した。 「なんてひどい男だ!とにかく落ち着くまで、ここにいるといい」 行く当てもないスカーレットは結局騎士団長の家にお世話になる事に ※他サイトにも投稿しています よろしくお願いします

結婚結婚煩いので、愛人持ちの幼馴染と偽装結婚してみた

夏菜しの
恋愛
 幼馴染のルーカスの態度は、年頃になっても相変わらず気安い。  彼のその変わらぬ態度のお陰で、周りから男女の仲だと勘違いされて、公爵令嬢エーデルトラウトの相手はなかなか決まらない。  そんな現状をヤキモキしているというのに、ルーカスの方は素知らぬ顔。  彼は思いのままに平民の娘と恋人関係を持っていた。  いっそそのまま結婚してくれれば、噂は間違いだったと知れるのに、あちらもやっぱり公爵家で、平民との結婚など許さんと反対されていた。  のらりくらりと躱すがもう限界。  いよいよ親が煩くなってきたころ、ルーカスがやってきて『偽装結婚しないか?』と提案された。  彼の愛人を黙認する代わりに、贅沢と自由が得られる。  これで煩く言われないとすると、悪くない提案じゃない?  エーデルトラウトは軽い気持ちでその提案に乗った。

処理中です...