【完結】一夜を共にしたからって結婚なんかしませんから!

灰銀猫

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意外な人物

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「お母様、何か…ご存じなのですか?」

 母や公爵夫人の様子から、今日の舞踏会はいつものそれとは違っていると感じた私はそう尋ねたのだけど…

「いえ、何も聞いていないわ」
「ですが、今…」
「ここ十年近くこんな場に顔を出していないけど、雰囲気が違うからね。何かあるのかも、と思ったのよ」

 母はただこれまでの経験からおかしいと感じたらしい。一方の公爵夫人はどうかと思ったけれど、夫人は何も言わずに微笑んでいるだけだった。今は公爵もいらっしゃるので突っ込んで尋ねる事も憚られて、私は不安を感じながらもその場に佇んでいると、国王陛下の入場が告げられた。

 陛下ご夫妻の入場の後、王太子殿下が続き、舞踏会の開会が宣言された。既に即位を祝う式典は終わっているので、ここでは改めて祝辞などはなく、国王ご夫妻のダンスで舞踏会は始まった。
この後は王弟のエリュアール公爵ご夫妻になるけれど…あの一件で夫人が囚われたのもあり、エリュアール公爵一家の姿は見えなかった。聞けば公爵は寝込まれ、その息子のクラヴィス殿も引きこもっていると聞く。
 公爵夫妻が踊りに向かった後、私は母と一緒に会場の隅でその様子を眺めていた。今日はエスコートの相手もいないので、私達は壁の花だ。それでも母に声を掛ける人が次々とやって来て、私は挨拶に忙しかった。

 順々にダンスの輪が広がり、数曲を踊り終えた頃、会場の一角が騒めいた。何事かと思って視線を向けた先で、私はあり得ない人物の姿を目にした。そこにいたのは、意外過ぎる人物だった。

(ア、アリソン王女が…どうして…)

 王太子殿下を廃し、自身が女王になろうとしたアリソン王女が、年配の男性のエスコートで現れたのだ。しかもその男性というのが…

「あれって…あのくそ爺じゃない」

 母が眉をしかめて吐き捨てるようにそう言った。母の発言にぎょっとしたけれど、ダンスから戻ってきていたランベール公爵夫妻も不快感を隠しもしなかった。周りを見ても彼らの姿に驚いて、母のことなど誰も気にしていないようだった。

 母がくそ爺と呼んだのは先王陛下だった。先王陛下は尊大な態度で、アリソン王女はにこやかな笑みを浮かべて、国王ご夫妻の元へと躊躇なく向かっていった。貴族達が呆気にとられながらも彼らに道を譲ったため、彼らは真っすぐに陛下達の元にたどり着いた。

「先王陛下、これはどういう事でしょうか?」

 さすがに大人しいと言われる陛下も、アリソン王女の姿に険しい表情を見せた。

「何のことだ?」
「アリソンです。その者は兄である王太子を廃しようとした重罪人ですぞ」

 陛下の言葉に、あの件はなかったことになったのではないとわかった。どうやら私の勘違いではなかったらしい。

「何を言う。あれはアリソンの可愛い悪戯であろう。一々咎めたてることもあるまいに」

 まるで陛下が狭量だとでも言いたげな物言いの先王陛下に、周囲の貴族たちの空気が揺れた。先王陛下のアリソン王女の溺愛は有名だったけれど、それでも兄王子を廃しようとしたことは悪戯では済まされない。それでは国としても王家としても示しがつかないのに…

「王太子の地位を望み、兄王子を廃しようとしたことは悪戯で済むような軽いものではありませんぞ。いくら先王陛下といえども勝手な真似は控えて下さい」
「そんな…お父様、私はただ…好きな方と添い遂げたかったのですわ」

 そう言っていかにも傷ついたと言わんばかりにアリソン王女が表情を曇らせた。国王ご夫妻も王太子殿下も、そんなアリソン王女を冷たい目で一瞥するだけあった。

「お前に父と呼ばれる謂われはない。お前は罪人で、既に王族から籍を抜いた」
「な…!」

 国王陛下が冷たい声でそう告げた。予想していた通り、王太子を廃しようとした罰は王家からの追放だった。いや、処刑にならなかっただけでも温情だろう。

「この者を捕らえよ。次期国王を廃しようとした重罪人だ。そして先王、あなたも同罪だ」

 陛下が騎士たちにそう命じると、騎士たちが先王陛下と王女を取り囲んだ。アリソン王女が怯えた表情で先王陛下に縋り付くと、彼は王女をよしよしと宥めてから国王陛下を睨みつけた。

「誰にものを言っておる。貴様こそ分を弁えろ!」

 先王陛下怒号が会場に響き渡った。



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