どうやら私はバッドエンドに辿りつくようです。

夏目

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第一章 夜の女王とミミズク

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 リストの部下は十五人だった。
 全員、男だ。二十代前半ぐらい。
 帽子の金縁リボンと徽章や立ち振る舞いから、貴族の血が流れているのが察せられる。
 彼らは、一人に二人ずつ貧民を連れて来ていた。この学校の生徒ではないようだが、十二、三歳の少年達だ。皆、ひと抱えの籠を持っている。これにギルの花を入れるつもりらしい。

 花園に向かう途中、怪しい少年とすれ違った。修道服に純白のフード付きマントを纏った聖職者のような姿をしていた。じゃらじゃらと装飾具を身につけているので、清貧さとは程遠い。私に会釈はしたものの、すぐに顔を逸らしてしまった。
 歩きづらそうに、ぼとんぼとんと杖をついている。清族が一人で歩いている姿は珍しい。清族は何人かで集まって行動することの方が多いのだ。
 訝しく思ったが、わざわざ誰何するほどではないように思えた。
 今は、花園が先だ。

 ギルの生息地近辺に辿り着いたはいいものの、夕暮れどきの太陽は、オレンジ色の光の筋で無作為に花壇を照らしていた。これでは、ギルの青い花が太陽の色で染め上げられて違う色の花に見える。夕暮れ時を選んだリストを恨んだ。これでは、探すのも一苦労ではないか。
 リストの部下達もこれにはお手上げなようだ。もう少し日が落ちてからがよいと思ったのだろう。切り口を変えてきた。

「ここを管理していたハルという男を捕らえよと命を受けています」
「ハルを?」
「お知り合いですか、カルディア姫」

 そう尋ねてきたのはシエルだ。
 私がリストの部屋で眠りかぶっていたときに報告をしていた人物で、リストの側近の一人。他の部下達も、リストのいう通り一度は顔を見たことがある人達ばかりだった。
 ギスランと同じぐらいの背丈で、オレンジに染まった茶髪はハル並みにくるくると絡まっている。
 痩身だが体つきは筋肉質だ。甘い目元をしており、それなりに端正な顔つきをしている。
 腰にさしたサーベルのような細い剣の上に手を置いていた。なんとなく女を口説くのが得意そうな顔をしている。

「無礼にも、詮索してしまいました。お許しを」

 決まりが悪くなり肩を竦める。

「別に謝ることではないわ」
「その男は『聖塔』に所属しており、また、空賊の一味である可能性があります。このギルの花は麻薬として無辜の民に売りさばかれていました。男を捕まえ、余罪を追究せねばなりません」

 目を伏せる。
 ハルは、この花園を麻薬畑にしていた?
 違うと思いたいが、ハルが『聖塔』に入っているのは事実だ。否定する材料が乏しい。どうやって庇えばいいのだ。
 ……庇うって、なんだ。馬鹿らしい。私とハルはもう決別したじゃないか。心配してどうする。
 頭の中に浮かぶハルの顔を真っ黒なインクで塗り潰す。
 私は未だにハルに心を残している。断ち切らねばならないのに、思い出はぽろぽろと溢れでてくる。心を凍結させられないのは、なぜだ。思いを消せないのは、どうしてだろう。未練があるとでも?

「居場所をご存知ならば、お教え願いたい」
「知るはずがないでしょう。そんな貧民のこと」

 痛みをこらえながら、吐き捨てる。

「……貧民、ね」
「なに?」
「いえ、カルディア姫」

 シエルは喉になにかを詰まらせたように不明瞭にはぐらかした。いっそ、不粋でもいいから尋ねて欲しくなる。
 だが、彼らはリストの部下だ。私よりも身分が低い。気安く、違うのかと尋ねたらいけないとよく分かっている。
 八つ当たり気味に花園を睨み付ける。
 斜陽は金粉が降り注いでいるかのようだ。鮮烈な美しさで花壇の花達を包み込んでいる。

「もう少し、陽が傾かねばなりません。それまで、しばしこの花達を愛でましょうか。我らは何も、花を愛でぬわけではありませんので」
「……ええ、そうね」
「姫は、詩はお好きですか。お暇ならば、わたくしめが、あなたの美しさを讃えたく思います」
「嫌いではないけれど、童話の方が好きよ」

 きょとんとしたシエルはふっと口元に笑みを浮かべた。そしてそれを慌てて取り繕うように咳払いをする。
 高位の男は、女性を讃えるのが礼儀だ。たとえどんなに私の顔面造詣がよろしくなくとも、この花園のようだとか恥ずかしいことを言われる。
 それは回避したい。

「失礼。笑うつもりはなかったのですよ?」
「子供っぽいと思ったのでしょう」
「いえ。わたしも婦人に捧げる詩よりは童話の方が好ましい。耽溺しているのは、叙事詩ですが」

 耽溺という言い方に、ついくすりとしてしまう。女を口説いていそうな顔なのに、純朴な方らしい。
 今度はシエルが少しムッとした。さきほど、私の言葉を笑ったのだから、おあいこだ。

「即興で相手を讃える詩を捧げる男など、口先三寸なだけよ。寡黙な男ほど美徳を詰め込んだものはいない」
「耳に痛いお言葉だ。我らの男の情熱を一刀両断されるとは」
「ただ、正直者はそれに勝るよき男ではないかしら。例えば、叙事詩を耽溺すると嬉々と語った者とか」

 シエルが沈黙した。なぜか頬が上気している。
 どうしたのだろうと顔を覗き込むと、他の部下達が一斉にひいひいと言いながら笑い始めた。

「こいつは驚いた。王族の方々は心を矢で射抜くように家臣をお褒めになるのか!」

 爆笑している部下の一人は私と目が合うときりっとした顔をして姿勢を正した。

「姫、シエルはリスト様から同じようなお言葉を頂いたのですよ。確か、軍事演習の夜だったか。厳しいあのお方が口端を上げて『俺も好んでいる。だが、耽溺と嬉々として語るのはお前が初めてだ』となあ」
「おい!」
「なぜ、そう慌てる? 微笑ましい話ではないか」
「微笑ましいなどと言いながら邪悪に笑っているではないか」
「邪推をするな。純粋に浮かんだ笑みだ。邪心など一欠片もないよ」

 シエルは苛立ったように剣の柄をとんとんと叩いた。対する部下は笑みを深め、シエルの顔を余裕な顔で見つめ返した。

「姫の前でなければ、その顔の面に直接真意を聴けたものを」
「我らが女神、カルディア姫に心からの感謝を。俺の顔がこうやって男前でいられるのは、貴女様のおかげのようだ」

 ふんとシエルは鼻を鳴らし、柄から手をひいた。
 血の気が多くて、喧嘩っ早い。ギスランとリストのやり取りを思い出す。リストの悪いところを部下も引き継いでいるらしい。
 一触即発だと思ったのだが、どきどきしたのは私だけのようだ。後ろに控える貧民達は苦笑を浮かべるだけだ。
 いつも、こんなことやっているのだろうか。そんな感じの困ったような苦笑だった。

「リストは、お前達にとっていい上官なの?」

 リストはきちんと彼らを教育しているのだろうか。というか、リストは彼らより年下だ。きちんと上官として振舞えているのか?
 直接的すぎるかとも思ったが、婉曲して聞き出す話術を持っていない。
 シエルは拗ねた顔に急に笑みを浮かべて、唇が弧を描いた。

「あの方のためならば命は惜しくないと思います」

 シエルの言葉に部下達が深く頷く。
 心酔しているのだと、凛々しい顔が告げていた。



 自分の影が急激に伸びていく。
 顔をあげると太陽が地平線へと沈んでいくのが見えた。じわじわと闇が広がり始め、月や星の形が鮮明に光り始める。
 シエルが私と同じようにほうと感嘆しながら空を見上げた。
 オレンジ色から紫色へ徐々に変わりゆく空という絨毯に、無造作に宝石がばら撒かれているようだ。あの星を手にしてみたい。そんな欲求に駆られた。飛行船に乗って、手を伸ばせば掴めるのだろうか。
 飛行船を作った人間は私と同じように、星を掴みたいと思ったのだろうか。同じようにこの美しさを愛でていたのだろうか。

「シエル、もういいだろう?」
「ああ、よき塩梅だ。さて、ギルの花を摘み取らせよう」

 シエルは貧民の少年達に簡潔に摘み採れと命令した。貧民達だけが跪き、ギルの花を選別してむしっている。私やシエル達はそれを立ったまま眺めている。
 虚しい時間だ。もくもくと作業する貧民を見つめるだけ。部下達は暇そうにじゃれ合って手伝おうともしない。
 皆でやった方が効率的なはずではないのか。
 手伝いたい。一緒に屈んで、摘み取りたい。
 だが、こんなところで膝を折り、ドレスに土をつけるような真似はしてはいけない。反目する主張が胸の中で火花を散らした。
 貧民達から目を背ける。勝利したのは、高貴な姫の意見だった。
 これで、いいのだろうか。誰かに確認して欲しくなる。採点をして、合格だと言われたい。
 今までは自分のしたいことばかりして来た。自分の思う通りにすれば、責任を負うのも自分だけだ。自分こそが、採点者であり、評価者だった。
 だが、そうではなくなってしまった。
 体の骨がなくなってしまったみたいだ。根幹を支えるものがないから、すぐに倒れそうになる。誰かの補助が必要だ。寄りかかって、甘えて、立たせて欲しくなる。
 ーーこれで、本当にいい?
 間違いではないのだろうか。
 リストやギスランの言葉が理解できないほど、愚かだったらよかった。あるいは貧民を切り捨てられる非情さがあれば。私にはどちらにも当てはまらない。貧民の身に降り注ぐ理不尽を認識する知能があり、情が備わっている。
 どれもこれも鍛錬が必要なのか。忍耐を積めば、このもやもやもなくなる?

「見ているのはお辛いですか、姫」

 心を覗かれたのかと思い警戒して見上げる。シエルは、私の顔を見て微笑んだ。なぜか、親愛の情らしきものを感じた。

「わたしの妹も貴女と同じように苦悩している。虐げることに違和感があるらしいのです」
「お前の妹が?」
「ええ。気が弱くて、平穏を美徳とするような貴族に向かぬ子で」

 じゃれていた部下達がそうだなと朗らかにシエルの言葉に頷いた。

「うるさいぞ。お前達に言われるのは気に入らない」
「シエルは妹が大好きだったものなあ」
「あれぐらい可愛い子ならば分かろうというものだ。シエルのことをにいさま、にいさまと可愛らしく呼んで軽鴨のようについてまわっていたではないか」
「十歳ほどだったか? 歳が離れた妹はやはり溺愛してしまうものなのか」
「……私は十歳の妹と同じだと言いたいわけね?」

 納得出来ないと睥睨する私に、シエル達はのほほんとした笑顔を見せる。

「姫はお可愛いなあ」
「リスト様が溺愛されるのも無理ないというか」
「なんかこう、純朴って感じがたまらんな」
「お前達ね!」

 びしっと躾けてやると睨み付けたがこいつらまったく動じない。

「リスト様とよく似た怒り方だが、なんと可愛らしいことか」
「これならば、毎日叱りつけて欲しいぐらいだが」

 ついにはギルの花を摘んでいた貧民達まで口元に笑みを浮かべた。
 シエルが部下と貧民、両方を叱りつけた。だが、本気ではない。顔が緩んでいる。
 部下達は、決して貧民と会話しようとはしない。貧民達も言葉を交わさず、ギルを摘んでいる。
 だが、一体感みたいなものがある。私が思っていたよりも、両者の間は満ち足りているようだった。
 目を瞬かせる。これは、私が知っているどの貴族と貧族の関係のよりも優しい。

「姫、彼らは仕事をしている。我らは仕事をさせている」

 シエルがやはり親愛のこもった眼差しで私を包むように見た。

「仕事の出来は階級で決まるものではありません。彼らは花を摘むのが得意です。故に花を摘んで貰っている。我らは無骨な軍人です。人を傷付けることしか知らぬ手ですので。可憐な花は摘めない。そんなもの達にやらせたところで時間を浪費するだけです。それでは彼らを雇った意味がない」
「雇った?」
「階級に甘んじるだけでは、人は生きていけないものです、姫」

 急にシエルは容赦のない顔つきになった。

「姫、彼らを動かすのは、彼らを豊かにするもののみです。その他では動かない。高慢だけしか取り柄のないものの声に誰が耳を貸しましょうか。わたし達は豊かさを与える。彼らはそれを労働で返す。正当な報酬こそ、人生の喜びです」

 だから、手を出すなというのか。
 だが、そんな考え方をしたことがなかった。この学校では、嫌々でも高位の人間に命令されれば従うものだ。損得など考えず、ただ絶対服従を誓っているものだとばかり。
 正当な対価。報酬。仕事。
 そういう関わり方もあるのか。

「仕事を奪ってはなりません。わたし達はお気楽な軍人として喋りに興じていなければ。それに無骨な我らの手を摘まれる花が可哀想だ。貧民達の手によって慈しまれることこそ、幸福ではないでしょうか」

 花壇の内側と外側。隔てる階級の壁があるはずなのに、それは透明で私には見えない。
 シエル達には壁がはっきりと見え、そして、その壁を挟んだ十人と上手く付き合う方法を知っている。
 私も試行錯誤していかなければならないのか?
 なぜ出来ないのかと唇を噛み締めるのではなく、どうしたらその壁を壊さずに向き合えるのかを模索しなかなくてならない?
 歯噛みするだけならば子供でも出来る。壊してしまいたいと破壊衝動を振るうことも。けれど、それでは同じことの繰り返しだ。
 成長しなければ。でなければ、何度も自己嫌悪と虚無を繰り返すことになる。

「そうね」

 泣き言を言いそうになるのをこらえて、深く自分の胸に刻み込むように頷いた。
 カルディア姫であり続けるためには、彼らのような関わり方を考えていく必要があるのだろう。
 透明で区切られ、一体感を持ちながら決して手を伸ばすことの出来ない関係。
 その関係が当たり前になったとき、私はハルの体温を忘れてしまうのだろうか。

 ーーそのとき、甲高い女の悲鳴のような音が地面から聞こえた。
 体がたたらを踏んだ。地面がぐらぐらと動いていた。まるで地面が命を得て蛇行しているようだった。私はその腹の上で奇妙なステップを披露している。
 みしみしと大きな音を立てながら、地面に稲妻のような亀裂が走る。立っていられないほどの強い揺れだった。私はいつかのように地面に指を食い込ませて耐えた。
 シエルが、決死の顔をして私の上に覆いかぶさった。他の部下達は花壇の上にいた貧民達に油断するなと大声を上げて警告した。
 数秒ののち、次は天から黒い雨が濁流のように押し寄せてきた。頭を何度も手加減なしで殴りつけられているようだった。シエルが頭上で呻いた。
 衝動的に手を突き出していた。
 頭にさっきの数倍もの痛みが走った。激しい雨は石を何度も振り下ろされているようだった。
 しかもぞっとするほど冷たい。
 シエルはゆるゆると立ち上がると憎らしげに睨み上げてきた。
 シエルは傘ではない。石で頭を何度も殴打されるような痛みを代行させるわけにはいかなかった。それに、私は庇われるほどか弱くはないつもりだ。
 慣れればこんな豪雨はなんてことない。
 立てる。動ける。そう、思い込むことにした。
 だが、なぜだ。この学校は清族の結界により安寧が約束されていたはず。さきほどの地震の影響で、結界が壊れたのか?
 だが、だとしたら、この雨は王都に降り落ちる雨なのか。
 立ち上がろうとした私をシエルがとめた。
 髪が細い顎に張り付いていた。軍服が水を含んで重そうだ。シエルは不満そうな表情を浮かべていた。
 目を背けて貧民達を見遣る。歩いて十歩くらいなのに、霜がかかったように不明瞭だった。この天から何かの間違いのようにどばどばと落ちてくる水の塊は、轟音を立てるだけではなく、なにもかもを胡乱げにしてしまう。

「シエル、一度校舎へ戻るべきだ!」

 声を張り上げ、部下の一人が進言した。
 シエルは同意し、切り上げて校舎へ避難するようにと命令する。

「姫、ご案内する。わたしのコートのなかに入って」
「……お前を傘の代わりにするつもりはないわ」
「問答の時間はないかと。わたしは傘になるのは誉だと思いますが? それとも姫はわたしに女性のエスコートも出来ぬ男という不名誉を押し付けたい?」

 さっとシエルのコートのなかに入る。男の矜持など慮るつもりはないが、ここで揉めていてもシエルが言う通り無作為に時間を浪費するだけだ。
 軍服のシャツまでびっしょりと濡れていた。だが、シエルの体温でじんわりとした熱さがあった。心臓の音がはっきりと聞こえる。私の歩みにあわせているから、ぎこちない足の動きになっていた。なるべくシエルに負担をかけないように配慮して足を出す。
 足を地面に置くだけで、水滴が太ももにかかる。気がつけば、全身びしょ濡れだ。
 シエルは強張った顔のまま無言だった。声をかけていいのか、戸惑った。
 ここから近いのは校舎だ。そこまで、十人の貧民を連れて避難しなければならない。
 けれど、この雨だ。校舎の位置が分からない。下手をすると、迷宮のような花園を彷徨う羽目になりかねない。
 少しだけ、花園の花達のことが気になった。このまま雨にさらされたままでいいのか。けれど、すぐに心を入れ替える。花を気にかけている場合ではない。
 迷いながらもシエルに声をかけようとした時だ。

「ーーの御世となる。ああ、喜ばしきかな、喜ばしきかな。玉座に腰掛ける、美しき方」

 耳鳴りがした。こめかみを抑え、それに耐える。

「我らの王、幸いの子よ。従順なるしもべの声をどうかききいれたまえ。嘆き落ちる浄化の雫が、あなたの花にまで危害を加える」

 硬質な声が耳のなかに入ってくる。
 急に雨が降りやんだ。
 シエルのコートのなかから顔を出し、空を見上げる。
 空が機嫌をなおしたのか、そう思ったのだが違った。
 空にあるのは花園をすっぽりと覆ってしまえるような巨大な翼だった。身震いするようにその翼が揺れると形をなぞるように水滴が滝のごとく落ちる。
 ーーなんだ、これ。

 地震、豪雨と来て、次は翼?
 一貫性がなさすぎて混乱する。いったい今度はなにが起こったのだろう。
 シエルも困惑気味に私をマントのなかから出すと、小さく頭をふった。さきほどまでの雨がぱらぱらと滴となって地面へ吸い込まれた。

「どういうことよ、これ?」
「女神のご加護……と言いたいところですが、清族の術ではないかと。機転の利く誰かが、避難する我々を助けてくれたのやもしれませんね」

 そうなのだろうか?
 ならば、先程の声はなんだったのだ?
 シエルは声など聞こえなかったと言うように仲間を呼び寄せている。貧民達は無事らしい。
 もう一度、空を見上げる。次の瞬間、空から翼が消え、空からは雨の代わりに花冠が降り注いできた。
 清廉で優しい花の香りが広がり、目の前が一気に幻想的なものに変わる。
 空は満点の星空だった。月は巨人の目のように大きく、私達と空からの花冠の贈り物を照らしている。
 花冠を手に取って驚く。
 ーーきみが幸せになれますように。
 そう言って祝福をくれた、ミミズクの白い小さな花冠にそっくりだ。
 ばさりばさりと軽快な羽音が聞こえる。私の顔と似た大きさの影が旋回した。
 旋風が私の髪を舞い上がらせる。
 速度を落としながらミミズクはゆっくりと私の肩を止まり木にした。
 しっとりと濡れた羽が押し付けられる。むぎゅうと寄せられると複雑な感触がした。再会を喜んでいるようだった。
 ーーミミズクだ!

「お前!」
「はなおとめ、声、おおきい」
「お前、どうやって雨をとめたの? というか大きくなれるの?」
「声、おおきい! うう、きぶん、わるい。かとうな人間が、たくさん……」

 かとうな人間?
 ミミズクは肩で二、三回足踏みをしたあと、ぽとりと落ちた。
 慌てて拾おうとすると、ミミズクの姿が歪む。
 鱗粉を撒くように淡い光がのぼった。
 他の部下達と話し合っていたシエルがこちらを振り向き声を上げる。

「姫?」

 すーすーと寝息を立てて、蝋のように白い少年が私の足元に横たわっていた。
 ーーどうなっているの?
 ミミズクが、人型になったのだけど。
 肩を揺すってみる。反応はない。
大きくなったり、人になったり、まるで童話のように摩訶不思議だ。
 少年の頭の上に花冠が落ちてくる。まるで、王冠のようだった。子供の国の王様。
 健やかな少年の寝顔が、少しだけ嬉しそうに笑んだ。
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