どうやら私はバッドエンドに辿りつくようです。

夏目

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第二章 王子殿下の悪徳

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 燦々と降り注ぐレゾルール学校の中庭。青々と茂る木陰の側には白亜の石柱で出来た四阿がある。
 石柱はぐるりと薔薇の蔦が絡まっており、人を拒む門の番人のようだった。
 四阿にある大理石の椅子に彼は腰掛けていた。
 青空には鰯雲。空の半分を覆い尽くしている。
 日光がサガルの肌を焼く。じりじりと焼ける手を隠そうともせずに、サガルが振り返った。

「やっと来たんだ。カルディア」

 サガルの双眸は白い包帯に覆われていた。
 強く握っていた瓶のなかから視線を感じる。おそるおそる手のひらを開く。薄い碧の目玉がぷかぷかと液体の上で浮いていた。

「遅かったね」
「こ、これは。……嘘よ」

 声が震えた。
 信じられない気持ちのまま、瓶を触る。
 こんなに明るい日に見るようなものではない。
 どうしてという言葉がぐるぐると頭のなかで回る。

「嘘? どうして」
「だって、おかしいもの」
「……僕の目玉、そこにあるの? あの人も、嫌みな真似をするな」
「あの人」
「決まっているだろう? 僕らの母親だよ。あの人が欲しいと言ったんだ。だから、あげた」

 音を頼りにするようにさぐりさぐりサガルが手を伸ばしてくる。
 あの女が生きていた。生きてしまった。目の前が真っ暗になる。私が殺しておけば。この手の中にあるものはなかったの?

「目を、あげたの」
「あげたよ。だって、あげないと困っていたのはお前だよ」
「私がどうなろうとサガルは気にしなくていい! サガルには関係のないことよ。だって、私はサガルを置いて行った。サガルは私のことを切り捨てて、自由になれたのに!」
「無理だよ。無理だ。だって、僕はずっとこうやって生きてきたんだ」

 サガルの手が私の腕を見つけた。手をとられ、肩、首、そして頬に触れられる。

「あの人がカルディアを取らないでいてくれるなら、僕はなんだってする。目玉の一つや二つ、どうだっていいよ」

 慈愛に満ちた声だった。頬の上で私の指が滑る。

「それに、見るって行為は好きじゃなかった。鏡の自分を見なくていいと思うと胸が軽くなる」
「違う! 違うのよ、サガル。こんなことするべきじゃなかった。こんなのおかしいよ」
「おかしいのかな」

 首を傾げ、サガルは口を吊り上げる。

「ほら、触ってみて」

 包帯の上から、瞼の上を触らせられる。明らかに落ち窪んでいた。
 サガルは、包帯を解いて何も詰まっていない目を見せた。
 形のいい輪郭。淡い色がついた唇。寒気が走るほど通った鼻梁。そして、露わになった眼窩。
 サガルは無惨な姿になっても、涙が出るほど美しかった。

「この姿はお前のせいだよ」

 真実を噛んで含ませるような、猫撫で声だった。

「ギスランは、もうすぐ死ぬ。僕なら、お前を守ってあげられるよ。僕の目を見て、そのことを何度だって思い出して」
「ギスランを死なせたりしない」
「お前がどんなに頑張ろうが、ギスランはお前より先に死ぬ。それは決まっていることだ」

 違うと力強く否定することはもうできなかった。
 私は、ギスランが生きるために目を抉って差し出せるだろうか。
 この命を捧げて、生きて欲しいと本当に思えるだろうか。
 サガルのように、固い意思をもって実行に移せる?
 もし、本当にそうならば、どうして私はここにいるんだ。ギスランの側ではなく、サガルの側にいる?
 あの時、どうして手を離さないでと言ったギスランを置き去りにしてのうのうと生きている?
 声が響く。聞き覚えのない声なのに、私はその声を心の深い部分で聞いたことがあるような気がする。

 ――これはおれの予言が達成されたことを知らせる福音だ。
 ――次はギスランだろう? 彼の目がえぐり取られた? それとも病気で見えなくなったのか?

「頑張って、頑張って、知恵を振り絞って、東奔西走すればいい。でも、無念のままギスランの死を看取るんだ。お前はギスラン・ロイスタ―を助けられない。ねえ、そのあと僕のことを助けてくれるだろう? お前のせいでこうなったんだから、ずっと看病をしてくれるよね?」
「サガル兄様」
「ああ、今から楽しみだなあ。はやく、あの男が死んでしまえばいいのに」

 あの秘密の地下でサガルを置いて逃げたこと怒っているのだ。怒鳴りつければ溜飲が下がる類のものではない。
 一生肌の下で燃え滾る、病のような怒りだ。サガルは私を嬲っている。ギスランに殺意を向けることで、私の首を絞めている。

「もういっそのこと、あの男を殺してしまおうか」

 華奢な流線を描く唇が残酷なことを押し付けてくる。分かってはいたが、サガルからギスランを殺したいと言われると鳥肌が立つほどおぞましかった。
 殺さないでと縋る。サガルはゆっくりと髪を撫でた。

「大丈夫だよ、カルディア。僕は何度だってチャンスをあげる。間違えてしまっても、僕だけは許してあげる」

 小瓶が手の中から滑り落ちる。
 転がった瓶の中から視線を感じた。
 私はどこで選択を間違えてしまったのだろう。
 めでたし、めでたし。
 そんな終わりを待ち望んでいるのに、現実はそういかない。
 ギスランによって手足を捥がれ、それでも死ねないまま、サガルの元に行くことになるのか。私は、誰も救えないまま、一生を終えるの?
 のたうちまわるような醜態を晒す私を想像する。
 こんなはずではなかったの! そう言って、どんな追求からも逃れようとする愚かな女の姿を。
 サガルの目玉を元どおりに入れ直せばいい。そう言えてしまえばどれほどよかっただろう。
 サガルはもう引き返せない。割れたグラスの水を元どおりには出来ないのと同じだ。どうすることも出来ない。
 目の前が真っ暗になった。
 背中に回る腕はとても温かい。この温度だけをずっと感じて生きていければよかった。

「安心して、カルディア。全部上手く行くよ」

 行かなくてはならない場所があるのに、足に力が入らない。駆け出したいのに、どこにも行きたくない。

「僕だけがお前を幸せにしてあげられる」

 幸せの代償が、傷付いたサガルなのか?
 屍の上に幸せが築かれる。それを許容しろというのか。
 それで幸せになんかなれない。誰かが傷付いて馬鹿みたいに笑っていたくない。けれど、私の知らないところで殺されかけて、それをとめるためにサガルが犠牲になっている。

「ごめんなさい」
「謝らなくていい。大丈夫だからね」

 とんとんと体を指で叩かれる。
 体から力がなくなる。脱力した私を、サガルがしっかり抱きしめた。

「カルディア、愛しているよ」

 私もサガルをゆっくりと抱きしめた。目玉がない彼を今は見たくなかった。
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