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第三章 嫌われた王子様と呪われた乞食
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しおりを挟む離宮に帰り、与えられた個室の中に閉じこもる。テウは、名残惜しそうに帰っていった。明日から食事を届けてくれるらしい。
サリーが紅茶を持ってきてくれた。手に包帯が巻いてあった。どうしたのと尋ねると、嬉しそうに打ち明けられる。
「罰を与えたんです。カルディア姫をお守りできなかったから」
「――――」
口をしっかりと閉じて、言葉を探す。彼女を傷付けない言葉を。でも、無理だった。ふつふつとわいてきた怒りの方が勝った。
「私の言葉を聞いていなかったのね」
「姫?」
「私は、自分を罰してもだめだと言ったのに!」
サリーは周囲を見渡した。まるで自分が怒られているのだと確認するように。そして、にっこりと花のような美しい笑顔を見せる。
「怒って下さるのですか?」
「むしろ、怒っていると分からないの」
「嬉しいです。本当にカルディア姫はお優しいわ。ギスラン様が執着されるはずだわ。ああ、姫の侍女にして下さっているギスラン様に本当に、本当に感謝しなくては!」
目蓋を閉じる。これ以上、言葉を重ねても意味がなさそうだった。サリーは私の言葉を聞いていない。本質を分かっていない。これでは何度言ったところで同じだ。
毒見のお礼を言って、怪我を治してくるようにと追い出す。
紅茶に口をつけて一気に飲み干す。控えていたケイに寝ると告げて寝台に横になった。
まだ夕方だ。なのに、体が怠くて、頭ががんがんと痛い。今日あった様々なことが浮かんでは消えていく。
全てを忘れるように強く目を瞑った。早く眠りたい。そればかりしか考えられなかった。
――そこから、目を抉り取りたくなるような悪夢が始まるとも知らずに。
意識が戻ったとき、どうしてか目を開けているはずなのに何も見えなかった。真夜中のよう。寝台も、シーツも枕も見えない。指先にはつるつるとした感触があった。
こんなシーツの感触だっただろうか。指を動かそうとしたが動かなかった。どういうことだ?
聞こえて来る音も変だ。艶やかな女性的な音。私の部屋には花が揺れるかすかな音しか聞こえなかったはずだ。
頭がぼんやりしている。すんと鼻をすすると、甘い香りがした。
本当にここはどこだろう。
「……今日も悦かった?」
突然、男の声がした。尖った低い声だった。驚いたーーハルの声にそっくりだったから。
「ああ、言わなくても分かる。体が凄く汚れてる。……頑張ったんだね」
頑張った? 体が汚れている?
「……体を洗いに行こう」
抱き上げられる。手の熱さが肌を通して伝わって来た。これは夢だと頭が理解する。ぼんやりとするのは、夢だからだろう。目が開けないから、姿は見えないけど。
この声はハルだ。自分の夢にハルが登場していると思うとなんだか妙な感じだった。
服を脱がされた。
といっても、上から羽織る程度のものだったから、脱がされたというよりは肩から落ちたという方が正しいかもしれない。どろりと頭が溶けていて、羞恥心が機能しなかった。恥ずかしいと思うけれど、感情が抑圧されているみたいに何も感じない。
ハルの方もこなれた様子で私を再び抱え上げた。どうやら夢の中の私は、手足が萎えているらしい。動かせなかった。
「はなおとめ、か。言い得て妙だね。あんたにぴったりだ」
……この夢、悪趣味だ。ハルに、はなおとめなんて言われたくない。
「王都に来て、驚いたことがたくさんあるけど、花売りが売春婦してるって知ったときは驚いたな。しかも清族達が喧伝してるなんてさ。――天帝様のはなよめさまは、娼婦だったなんて」
清族がどうして天帝の話を? ラサンドル派の新しい勧誘方法だろうか。娼婦達を信徒にさせようと?
……夢の話をまともに考えちゃ駄目か。
記憶がつぎはぎで作り出した言葉だ。ヴィクターと会ったから感化されたのかもしれない。
「おかげで、王都じゃあ女を騙すのは簡単だ。神からのお告げがあったと清族に言わせればいいんだから」
そう言いながら、手が肌の上を滑る。角張った手だ。首筋を指がなぞり、だんだんと下に落ちていく。
「ねえ、あんたは満足? 俺に騙されて、男の相手させられて、今じゃあずっとここが濡れてるけど」
太腿の付け根を掴まれる。ゆっくりと指が股の間へ移動していく。
目が見えないから感覚が研ぎ澄まされて、痛いぐらい指の感触が伝わってくる。ざわりと肌が粟立つ。
気持ち悪いのに、気持ちがいい。
「あぁ、答えられないんだった。神の天罰か、清族の呪いか。どっちにしても……忌々しい」
ハルと答えたかった。だが、口は少し開くばかりで、大きく開かない空気を入れる穴しかないみたいに、すうすう音がするだけ。まるで縫い付けられているみたいだった。
……あれ?
「忌々しい? ……何を言ってるんだろう、俺。いい気味だ。『塔』で何も知らずにのうのうと生きた女が、蘭花の盲妹より良いように扱われてる。胸がすくはずなのに」
そうして、異常に甘ったるい声を出す。
「ねえ、本当に目が見えない? 本当は見えてるんじゃないの。足だって萎えていなくて、歩けるんじゃないの。苦悩する俺の顔を見て、笑っているんだろ? ――それとも男を咥えるのが好きになっちゃったのかな。それがないと生きていけない?」
ごろんと頭から床に叩きつけられる。真っ逆さまに床に打ち付けられる。支えていて手を離されたのだ。
小さなうめき声のような声が上がった。ハルの声だ。
後ろから、腹に蛇のようなものが巻き付いた。ゆっくりと体を上げられ、覆いかぶさるように抱き締められる。
「ごめん」
ハルの髪が顔にかかる。ハルの匂いがする。花と土の匂いだ。
永遠とも思える時間、抱き締められていた。
ハルはさっきとは打って変わって穏やかな声で、きちんと洗うからと言う。その言葉の通り、髪も、体も、彼が全部洗った。
「痣になる前に治療しよう」
タオルに包まれて、運ばれる。
最初にいた場所ではない場所のようだった。甘い匂いがしない。
寝台の上に丁寧に運ばれた。ハルの気配が離れて、扉の開閉音があった。心細くなりながら、帰りを待つ。しばらくして、扉が開いた。
ぴたりと革袋に入った氷を額に当てられた。とても冷たくて、気持ちがいい。
「青くなってきてる」
動かないで、と顎をとられた。
「……さっきみたいなことは、もう二度とやらない」
声色が後悔に濁っていた。気にしないでと首を振ろうにも、首は動かなかった。
「あんたの肌、唇の跡がついてる」
ぞっと痺れるような低い声。
鎖骨にその跡があるのか、鎖骨周辺を強く擦られた。
「……あのクソ男」
革袋を外して、指で押される。痛みよりも冷たさの方が勝っていたから、何も感じなかった。
「もう少し冷やそう。もし痣になったら色が戻るまでここにいていいから。……疼くなら、俺がここにいれてあげる。それでいいよね? あんたのこと、優しくーーお姫様みたいに丁寧に抱くから」
こんこんと扉を叩く音がした。ハルがまたどこかに行こうとする。行かないで。声を上げたつもりでも上手くいかない。
また扉が閉まる。ハルの声がする。怒っているのだろうか。大きな声だった。
次の瞬間、劈くような銃声が聞こえた。悲鳴が上がってーー途切れた。ハルの声がしない。
扉を開く音。ハルだろうか、それともーー。
「はなおとめ。はなおとめ。――カルディア」
覆い被さりながら、誰かが私に口付けた。何度も何度も、情熱的に。
――花の匂いがした。土の匂いも。
けれど、それは決してハルではなかった。別の何かだった。
カルディアと、甘い声がする。この人は誰なのだろう?
だんだん私を呼ぶ声がぼやけていく。意識もそれにあわせて混濁してきた。やっと目が覚めるようだ。私はほっと胸を撫で下ろした。やっぱりこれは夢なんだ。
「ん! あっ、ひぃ、うっ……うっ!」
……あれ?
何だか変な声が聞こえる。ーー私の唇から。
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