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第三章 嫌われた王子様と呪われた乞食
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しおりを挟む従者を持つのが早かったのか。私には、誰かを従わせることなんて出来ない?
情があるからいけないのか。ならば、駒のように冷徹に扱えばこうならない?
苦悩を露わにする私に、テウは手を伸ばした。頬を揉まれ、目尻に指を這わせる。目を伏せると、口の端が上がったのが見えた。
何が面白いのだろうと、逆上しそうになる。私が苦しんでいるのに、こいつが楽しんでいるのが気に入らない。
――変な感情だった。八つ当たりとも羨望や嫉妬とも違う悪意に満ちたざらついた欲求。
私はこいつのことを支配したいのだろうか。何も考えない人形のように思考を乗っ取って、操りたいのか。こいつが死ぬ権利を取り上げて、飼い殺しにする。だって、私のものなのだから。そう、言いたい自分がいた。この独善的な感情は何なのだろうか。
「そうだよ、俺はお姉さんのものだ。そうだよ。そうなんだよ」
指が鼻筋に滑る。テウはからかうように鼻を摘んだ。
「俺はお姉さんのものだ。お姉さんが、死ねと言えば死ぬし、興味がなくなれば死ぬし、つまらないと捨てたら死ぬ。そういう存在なんだよ。そういう存在に変わってしまったんだよ」
指が離れていく。顔をあげると額の傷に爪を立てていた。かさぶたが剥がれて、また血が溢れ始めた。
「テウ、お前何をしてるのよ!」
「命令して、お姉さん。こんなことはやめろって」
「やめて、やめなさい! どうしてそんなことをするのよ。お前は、お前は……!」
腕を掴んで、頭を何度も振る。付け毛が取れそうになった。テウが考えていることがさっぱり理解出来ない。けれど、ここでそっとしておくことや泣き喚いてお前が悪いのだと喚くことは出来なかった。そうすれば、テウは本当に死んでしまいそうだった。
ならば、仕方がないじゃないか。
「私のためにやめなさい。お前は私のものなのだから。お前の生き死には私が決めるの。私が、お前の……お前の生きていく意味で、死んでいく理由でになる。――私はお前の料理を今は気に入っているの。お前は私に飽きられないように努力をし続けなくてはいけないわ」
饒舌に語る。そうしなければ、舌を噛み切ってしまいたくなる。これは私の願望だ。誰かを支配したいと思う、傲慢な願いの発露だ。
「だから、私の機嫌だけを取っていて。他の奴に目移りしてもいけないわ。不安になったら尋ねて。お前に飽きたかどうか教える。私は嘘をついたりしない。いらないならば、いらないとはっきり言う。だから、私の許可なしに死のうとすることは許さない」
テウのことはさっぱり分からない。けれど、テウはきっと自分のことが嫌いなのだ。私が私のことを嫌いなように。私の言動をきっかけにして、死にたいのかもしれない。踏ん切りがつかないだけで、ずっと死ぬことを夢見ていたのかも。
――でも、そんなこと許せるわけがない。だって、テウに死んで欲しくないのだから。
何が私のためだ。内心そう吐き捨てながら言葉を積んでいく。いつかがらがらとこの言葉達が崩れ落ちて私を殺すのだろうと思いながら。
テウは、うんと頷いた。
子供と大人の中間のような、幼さの残る顔に艶っぽい笑みが浮かぶ。
「この傷も、もう引っ掻いては駄目。分かった?」
「お姉さんが言うならそうする。嫌われたくないから。……ねえ、お姉さん」
「何?」
「トーマよりオレの方が好き?」
こいつと思いながら口を開く。
「今はトーマの方が上よ。あいつは自分で死にそうになったりしないもの」
テウは目を丸くして、複雑そうに口の端を上げる。
「意地悪」
どちらが意地悪だ。テウの質問こそ意地悪極まりない。
テウから、澄ました顔をした男へーーラドゥへと視線を移す。まるで目があったことを疑うような瞬きが一つ。その後、媚びるように笑われた。
「どうかされましたか」
「イルが来るまでテウが自殺しそうだと言うことに気がつかなかったの?」
「おや、こちらに飛び火しましたか」
「質問に答えて」
こいつ、テウの身の回りの世話もやっているのではないのか。本当に気付かなかったのか?
「テウ様が自ら望まれたことを阻めと言っていらっしゃるのですか」
「だから見殺しにしたと言いたいの?」
「……おかしなことをおっしゃるのですね。見殺しにしたではなく、主人の意思を尊重したというだけのことです。テウ様が亡くなれば困るのはこちらです。ここはわたくしにとっては異国だ。死んだとしても気にかけてくれる人間もいないほどに。食い扶持が必要なのはご理解いただけると嬉しいのですが」
「困るのに、止めなかった」
批判的な私の視線をものともせず、ラドゥは返した。
「お分かりいただけなかったようですね。わたくしは、この国で人知れず死ぬかも知れないと自覚しながら、テウ様のやることに口を挟まなかったのです」
強い言葉でラドゥは反論してきた。それでもやはり何故としか思えない。そうやって意地を通すよりも、阻むべきだった。
「――そもそも口添え出来る身分ではございません。テウ様のことを、確かに無防備な方だと内心笑いましたが。それでも、主人の決定に従わないわけにはいかない」
神経質そうな顔を歪めて、ラドゥは続ける。
「テウ様とわたくしでは身分が違います。だからこそ、テウ様は貴女の言動に突き動かされる。貴女は、王族ですから」
爪で、その澄ました顔をひっかきたくなる。八つ当たりだということは理解している。けれど、だとしてもテウがまた死にたくなったときに、こいつでは止められないのだ。
二人の主従関係は上手くいっていると思ったが、それは表面的なものに過ぎないのだろうか。互いに不可侵の場所があって、それに触れないから仲良く出来るのではないのか。
「お姉さん、ラドゥとの話は終わった? 俺の傷、もっときちんと手当てをして」
甘えるように、テウの頭が膝に乗ってきた。こてんと首を傾げて傷跡を見せる。
ラドゥは目を伏せて、わきまえている使用人に戻ってしまった。
消毒液に再びガーゼを浸して押し付ける。テウはやはり眉一つ動かさず、されるがまま手当てを受けた。
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