どうやら私はバッドエンドに辿りつくようです。

夏目

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第三章 嫌われた王子様と呪われた乞食

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「はあ」

 大きなため息を吐きだして、クロードは寝台の上に横になった。
 あのあと、リストはイルの言っていたことが本当であるかを確かめるために帰って行った。
 また来ると言っていたが、具体的な日にちは言わなかった。イルの報告が本当であったら、忙しなくなるからだろう。
 クロードが帰ってきたのは、日が暮れた頃で、私は帰って来たと先触れが来るまで寝台で横になっていた。
 ……足を踏まれている。重い。嫌がらせで私の上に乗っているだろ、この男。

「お前、俺を悩ませるのがこの頃の流行りなのか。頭が痛い。明日、王宮に行くのは取りやめるか?」
「う……ご、ごめんなさい。でも」
「口答えをするな。口を塞ぎたくなる」

 う、と小さく呻いて、クロードから逃げようとするが、意地の悪いことに、クロードは上から私の体を押さえつけてきた。

「逃げるなよ」
「お、お前が破廉恥なことを言うからよ!」
「破廉恥? また、初心なことを言うな。ここでお前の体が初心ではないことを教えてやろうか」
「な、ななっ、何を言っているのよ」

 クロードは再び、大きくため息を吐いた。

「リストに、成金男。それに庭師か? お前、男がいなければ生きていけない体にでもなったのか。俺だけでは足りないと?」
「な、何か誤解があるようだけど、私は客をもてなしていただけよ」
「ああ、聞いている。どいつもこいつも職務をほっぽりだして魔獣を観に行ったらしいな。おかげで、明日からメイド長は面接三昧だ。半分は人を変える」

 眉を顰める。やっぱり、想像通りになった。使用人達が馘首にされると思っていたのだ。

「紹介状は書いてあげるわよね? 職にあぶれた人間を出すのはよくないでしょう」
「職務を放棄した奴に、温情を? ……ご立派なことだな。だが、俺をその偽善者の列に入れないでくれ」

 激しい皮肉に、鋭い怒気を感じて、うなだれる。私にはやはりいまだに実感がないが、この男にとって私は妻なのだ。守るべき対象として見ているのだろう。だからこそ、こんなに怒っている。

「今回はお前に何もなかったからよかったものを、これでお前に何かあったら、どいつもこいつも馘首だけではすまなかった。むしろ、寛大な処置だと褒めて欲しいが。……少なくとも、今月までの給料は支給してやる。それ以上は優遇するつもりはない。不服そうな顔だな?」
「持ち場を離れたことは純然たる事実だから、情状酌量の余地はないのは分かっているのよ。……ただ一度の軽挙で、そんなにも責められなくてはならないもの?」
「――俺は使用人達をこき使っているつもりはない」

 クロードは私の上に手をついて、囲いをつくるように閉じ込めた。

「相応の対価を支払っているつもりだ。相応の働きをしてもらう権利があるだろう。そもそも、魔獣を見に行かなかった、きちんと仕事をした使用人達に申し訳が立たない。きちんとした罰は必要だ。年長のものや今までの仕事ぶりが良くないものを変えるつもりだ。魔がさしたような人間には降格や減給で手をうつ。……だが、本音をいえばきちんとしていなかった奴らを全員取り替えてしまいたい。あいつらはお前を軽んじた。それは俺を軽んじることと同義だ。俺を軽んじる奴らに、俺の屋敷は任せられない。なぜならばこの屋敷には俺の心臓が住んでいる。お前が死んだら、俺の心臓も止まる」

 淡々とした口調で、刻み込むようにクロードは言った。
 言葉を咀嚼していくと、どうにも顔が熱くなって仕方がなくなる。

「おいおい、こんなことで顔を赤らめるか?」
「お、お前は……お前っ……、いや、もう何も言わないで! 唇も、目も、頬も、全て熱い! 顔が燃えているようだわ!」
「へえ? こんなの言われ慣れてただろ。ギスラン・ロイスタ―はこの手の言葉ばかり口にしてたんじゃなかったのか」
「……突然、何」

 ギスランをあて擦るような言い方に眉を上げると、ハッと鼻で笑われた。

「お前、あの成金イルのことを知っていたんだな? ギスラン・ロイスタ―の剣奴だったと。驚いた。俺の前じゃあ、そんな素振りは見せなかったよな?」
「……そ、そうだったかしら」
「なんだ、子供のようにごまかすな。分かりやすく顔を引き攣らせて、笑えてくる」
「お、お前だって、イルがギスランの剣奴だったことを知っていたのね」

 詰められたら、困ったことになりそうだ。話を逸らすために、卑怯だと思いつつクロードを詰る。
 クロードは名前、と低く呟いて威嚇してきた。他の男の名前……!
 だが、話の流れ的にしょうがないだろう。目を瞑って欲しい。

「リストを殺しに来ていた奴だからな。知っているか、ギスラン・ロイスタ―は本気でリストを殺したがっていた。あいつは、暗殺者のようにリストの部屋に入ってきて、大乱闘していた。何度も、まるで繰り返される喜劇のようにな。そんな奴が、貴族だと言わんばかりに不遜な顔をしているのは、面白くはないか? リストにすました顔をしてご機嫌麗しゅうといっていると思うとな」

 嘲笑うように口元を歪ませてクロードが続ける。

「ああ、勿論、あんな野良犬が貴族の一員になったとは認めていないが。どれほど着飾っていようと、野良犬は野良犬だ」

 流石にイルをああだこうだと言われていい気はしない。眉間に皺を寄せているのが気に入らなかったのか、クロードの瞳が猫のように細くなった。

「なんだ、もう情が移ったのか。あれは野良犬だろう。人に戻る気もなさそうだ。飼い主が死んで、それでも帰りを待つようにわんわん吠えている。心の底から、性根が貧民だ。使われるもの。消費され、使い捨てられることを美徳としているような精神構造の男だ。俺はむしろ、ああいう男が、貴族ぶって人の頭を足で踏むような真似をしていると憐れに思えて仕方がない」

 言葉で喉奥で突っかかるように出てこない。私の知っているクロードらしい物言いだったからだ。王族として、上からの評価をして、それでも本質をついている。

「……はあ。お前のきょとんとした顔を見ていると、怒っているこっちがおかしいのかと思えてくる。もう二度と、あの男と話をするなよ。――次は、嫉妬に狂ってお前に何をするか分かったものじゃないからな。……リストともだ。あいつはこの頃、おかしい」
「おかしいって、普通だったわよ」

 少なくとも挙動が変だとは思わなかった。イルやハルに攻撃的だったが、もともとリストは貧民に対してはそういう態度をとる。高圧的で、線を引いて身分をきちんと知らしめるような。

「……じゃあ、お前の前でだけ、おかしくなくなるのかもな」
「え?」

 どういう帰結だ。意味が分からない。リストがおかしいという評価こそ、おかしいのでは?

「疲れた。明日は、王宮に行くんだ。さっさと寝るぞ」
「ちょ、ちょっと、ここで寝るの?」

 クロードがそのままごろりと寝台の上に横たわった。寝台の比重が少しだけ傾いたような感覚がした。

「手は出さんから、ここで眠らせろ。人肌が恋しい」
「そう言いながら、私を抱きすくめないで! 聞いている!?」
「はやく、記憶、取り戻せよ」

 懇願するように熱っぽい言い方をして、クロードが目を瞑った。

「お前を早くまた抱きたい」

 そうすれば何もかも解決するのだと言わんばかりに、クロードは私を胸の中にしまうように強く抱きすくめた。

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